1/27 求婚の日
都内の一流ホテルにはフレンチを出すレストランがある。
夜、そこへ一人の女性が現れた。背が高く、品のいいドレスに身を包んでいる彼女は海外でも受賞歴のある女優だった。
人目をはばからず、堂々とした振る舞いで入り口にいるギャルソンまで一直線に向かう。
「予約はしていないのだけれど、大丈夫かしら?」
艶のある、凛々しい声にまだ若いギャルソンは驚きの感情を一瞬顔に滲ませた後、深く礼をして奥に案内をする。
用意されたのは個室。大きな一枚ガラスからは東京の夜景が宝石のように輝いていた。
「お任せで。あとワインを一本開けてもらえるかしら」
ギャルソンが引いた椅子に座るなり、女優はメニューも見ずに告げる。
かしこまりましたと、退出しようとしたギャルソンにちょっと待ってと一言告げるとブランド物のバッグから一枚の紙を取り出して、彼に差し出した。
「主治医が初めての店にはこれを渡すようにと。アレルギーがあるみたいなの」
「拝見します」
ギャルソンは中身を一瞥し、眉をひそめていた。しかしすぐに失礼します、と頭を下げて出ていったしまった。
一人になった女優は席から外を見つめていた。そこへ一人の男性が現れ、自分で席を引いて座る。
「待たせたね」
「……あなたっていつもそう」
「悪いとは思ってるよ」
少女のように唇を尖らせて不満を漏らす女優に、男性は苦笑していた。
丁度ドアが開き、ギャルソンがグラスをふたつとワインのボトルを持って現れる。テーブルにグラスを置き、ワインを注ぐとまた一礼して退室する。
「……いい店だね」
「お金持ちが好きそうだわ」
女優は吐き捨てるように言うとグラスを持ち、
「乾杯」
「乾杯」
虚空にグラスを掲げてから、一口含む。
その後、料理が次々と運ばれる。女優は会話を挟みながらゆっくりと食事を楽しんでいた。
「相変わらずよく食べるね」
デザート後の紅茶が運ばれてきている最中、男性が笑いながら言う。
「やめてよ、人がいる前で。女優だって体力仕事なの、食べられなくなったらやれないの」
明らかに不機嫌さをあらわにした女優へ、男性はごめんと軽く謝りながらその手を持つ。
「君と、今後も歩んでいきたい」
男性の手が離れると、指には大粒のダイヤの煌めく指輪がはまっていた。
女優は涙を流しながら、男性に近づいて、その唇を重ねていた。
ところ変わり、とある雑誌の編集部。
いわゆる飛ばし記事が多い見出しで目を惹くタイプの品の悪い三流雑誌を作っていた。そこへ若い男性がある記事を上司に見せていた。
彼は特ダネを持ってきたというように満面の笑みで語る。
「あの世界的に有名な女優が事故で亡くなった婚約者を思うあまり、夜な夜なレストランでその時を繰り返してるってネタ、最高じゃないですか」
それを聞いて上司は深くため息をつく。
「関係者全員知っている話を持ってくんな。あと病人を揶揄するのは禁止な」
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