1/26 携帯アプリの日

「洗脳アプリ?」


 高校生の少年、高田は新しくしたスマホを手に、そう呟く。

 面倒くさい初期設定をし終わり、いざ使おうとした時、アプリ一覧に異様な文字が浮かんでいた。最初から入っていたのか、はたまた間違えてダウンロードしてしまったのか。胡散臭さを感じながらも高田は興味本位で画面をタップしていた。


『洗脳アプリ 貴方の願い事を入力してください』


 真っ暗な画面にどぎついピンクの文字が卑猥だった。

 眉唾ものだが、しかし本当なら……。思春期の男子だ、その魅力に抗うことは出来なかった。

 妄想が膨らむ。例えば学校一の美少女とお付き合いをして、その後あんなことやこんなこと――。お世辞にも品がいいとは言えないが、本人の指はそれを叶えるべく動いていく。

 その時――。


「なにしてんの?」


「うわっ!?」


 高田の背後から肩越しに少女、花木の顔が伸び出ていた。咄嗟にスマホを隠したせいで怪しさが如実に現れ、強引に指をこじ開けられると新品のスマホを奪い取られていた。

 幼馴染の花木は運動部のエース、特に何もしていない高田には腕力で敵う相手ではなかった。


「か、返せっていうかなんでいるんだよ!」


「漫画読みに来たんだよ。それよりなにこれ、こんなのに興味あんの?」


 見咎められ、高田顔が茹でダコのように赤くなる。


「『一番最初に見た人を好きになる』ねぇ。面白そうじゃん、押してみてよ」


「今?」


「今」


 指か食い込むほど強く肩を掴まれ、高田は渋々頷かされていた。

 願い事を込めたテキストボックスの下にある送信のボタンを押す。押してから、あれこれどうなるんだと気付くが、なにかするよりも早く画面が白に変わっていた。


『そもそもあなたはその人が好きなのですか?』


 はいといいえが選べるようだ。高田が目線を花木に向けると、いいからと強引に指を掴まれ、はいに合わせられる。


『努力はしたのですか?』 ……はい。

『本当に?』 ……はい。

『努力したのにこんなアプリに頼って虚しくならないのですか?』


「うるせぇ!」


「はっはっは」


「なんでこんな説教されなきゃならないんだよ!」


「そりゃそうでしょ。良くない方法なんだから」


 真顔で言われ、高田は閉口する。

 ……馬鹿らし。

 どっと疲労が押し寄せて、高田はスマホを置いてベッドに身体を投げ出していた。


「もーやんないの?」


「やらない」


 投げやりに答える。ふーんと花木が鼻を鳴らすと放置されたスマホをいじっていた。


「……あっ」


「……なに」


「いやぁ……どうしよっかなぁって」


「何が?」


「とりあえずアンインストールしとくわ、このアプリ」


 えっ、と高田は顔をあげる。ジョークアプリかもしれないが消されるとなると何となく惜しく思えていた。


「まっ――」


「このアプリ本当なのかもね」


 止めようと起き上がったところで高田は花木と目が合う。向けられた画面には『洗脳完了』という文字が表示されていた。

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