1/23 花粉対策の日

「びえーっくしょいったぁ、ちくしょー」


 この世のものとは思えない、えげつない程に汚いくしゃみが野外に響く。

 大学と駅とを結ぶ道を二人の生徒が歩いていた。鼻から水を垂らし目を腫らしているのは髪を赤茶色に染めた、ありがちにも見える青年で、もう一人、激しいくしゃみにも眉ひとつ動かさずに歩く青年は上下ジャージに眼鏡と、なんとも垢抜けない格好をしていた。


「……ティッシュ」


「はいよ」


 赤髪の青年が手を出すとほぼ同時に、眼鏡の青年がポケットティッシュをそこに乗せる。

 鼻をかみ、残ったティッシュを自分のポケットに突っ込んだ青年は、涙でぼやける目を薄く閉じて、


「花粉なんて絶滅しろ」


 独りごちる。


「無理言うな」


「だってよぉ、くしゃみに目が痒いわ、頭もぼおっとするしでいいことねえんだよ」


「風邪だろ、そうなったら」


 眼鏡の青年は足を止めると、もう一人の青年の腕を掴む。振り向いた彼の額に手を当てて数呼吸、考え込むように表情を険しくした後にぽつりと呟いた。


「熱は……ないな」


「花粉症だって言ってんじゃん」


 苦情を入れた直後、また大きくくしゃみをする。


「くっそ……なー飯作りに来てくれよぉ。だるくてやる気でんわ」


「一人暮らしだもんな。実家はいいぞ」


「ならお前ん家の子になるから泊めてくれよ」


「こんなでかい弟はいらん」


「兄貴でもいいぞ」


 それを聞いて、青年はこれみよがしにはぁと大きくため息をつく。


「……わかったから。なんか食べたいものあるか?」


「焼肉」


「家庭料理にしろ、バカ」


 苦情を入れるが反論がない。違和感に思い横を見た青年は、相方が辛そうな表情でいつもより歩みが遅いことに気付いて、その手を握っていた。


「頑張れ、な?」


「ん、ありがと」




 近所では噂の二人だった。その後ろ、いや前と言わず全方向から見つめる目があった。


「……尊い」


「……いいよね」


 その地域のティッシュの売れ行きは好調のようだ。

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