1/22 カレーの日

「ふーん、ふふーん」


 キッチンから鼻歌が聞こえてくる。

 今は午後の四時。妻が愛する夫のために夕食の支度していた。

 慣れた手つきで食材の下拵えをしていく。豚肉、人参、じゃがいもと一口大に切り分けて、オリーブオイルで炒めていた。

 白濁の液体で煮込み、仕上げは市販のルーを入れる。


「いたっ……」


 たまの失敗はご愛嬌。あとは夫が帰ってくるのを待つだけだ。



「ただいま」


「おかえりなさい」


 帰宅した夫を玄関で出迎えた妻はジャケットを受け取る。シワにならないようハンガーにかけ、ポケットからいつものように名刺を取り出しておく。薄く鼻腔にひろがるのはお酒の匂いと香水の香りだ。


「ご飯にします?」


「あぁ、頂くよ」


「今日はカレーです」


 席に着いた夫の前に手早く盛り付けられた器が置かれる。

 茶色よりは濁った白さが目立つカレーを見て、夫は首を傾げていた。


「カレーだよな?」


「隠し味を入れたの。当ててみて」


 にっこりと笑う妻に、怪しみながらもスプーンを手にする夫は、ルーを混ぜて柔らかいものをすくい上げる。


「……パイナップル?」


「正解。みかんも入ってるけど」


「変わった隠し味だな」


 そう言って口に運ぶと、自然と頬が綻んでいた。


「うん、美味い。フルーツが入ってるってどうかと思ったけど結構行けるな」


「まだ隠し味はたくさん入ってるわよ、当ててみて」


「……牛乳かな?」


 色合いから判断すると妻は笑みを濃くして、


「正解。でも豆乳も入っているの。あとは林檎とバナナ、チョコレートにコーヒーと――」


 矢継ぎ早に羅列する妻を夫は止める。


「わかったって。木を隠すなら森の中って言うけど隠し味でやられるとは思わなかったよ」


「でも一番気づいて欲しいものはまだ当てられていないわよ」


「……」


 夫は熟考する。何度か口に運んでみても分からず、眉を顰めるばかりだった。


「分からない? 量が足りなかったかしら」


 妻はそういうと、指に巻いていた絆創膏を剥ぎ取る。滲んできた血液を指ごとカレーに入れて、飛び散るのを構わずかき混ぜていた。

 突然の行動に目を疑う夫は、震える手で妻の腕を掴んでいた。


「どうしたんだよ、いかれてるぞ」


「これ」


 エプロンのポケットから取り出したのは数枚の名刺。どれもキャバクラのものだ。

 夫はそれを見てため息をつく。


「仕事の付き合いだって言っただろ。勤めているとこういうこともあるんだって」


「じゃあこれは?」


 取り出されたのは写真だった。そこにはホテルに入る二人の男女の姿があった。

 思わず閉口する夫に妻は優しく微笑んでいた。

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