1/20 甘酒の日

 甘酒が好きだった。

 お母さんの作ってくれる甘酒は、酒粕と砂糖をお湯に溶かすだけのものだ。その安っぽい味が好きだった。



 二十歳もすぎ、専門学校を出る歳になっていた。必要な資格も取り揃え、ゆっくりとした師走を過ごしていた。

 その折、母が死んだ。交通事故だった。父とはまだ幼い時に離婚をし、祖父母共に既に他界している。他に身寄りのない母は天涯孤独の中、私を育てていた。

 喪主を務める私は、母の遺品の携帯から、父にも連絡を入れていた。葬儀場に現れた彼はすっかりと年老いて、それでも記憶の片隅にあった思い出と重なっていた。


「これからひとりだろう、大丈夫なのか?」


 父は既に再婚していて、私よりも小さな子供もいる。それでも心配してくれるのは体面からなのか、罪悪感からか。


「残してくれたお金もあるので大丈夫です」


 他人行儀の礼をして、彼との会話を切る。もう二度と会うことはないいだろう。

 気付いたころには葬儀が終わっていて、私に残ったのは小さな壺に入った遺骨と位牌だけ。やけに広くなった部屋の中で人形のように年を越していた。


 ゴーン……ゴーン……。


 テレビもつけない部屋に響いたのは除夜の鐘だ。毎年初詣している近所のお寺のものだった。

 私はいそいそと外出用の服に着替えていた。本当は良くないのだろうけれど、行かなければいけない気がして。

 細かい雪の降る道を、とぼとぼと歩く。空の右手がやけに冷たい。

 鳥居の前で一礼をして、中に入る。賽銭を投げて、ただ手を合わせることだけはばかられた。

 帰り道、神社の方々が甘酒をふるまっていたので一杯頂いた。なかば押し付けられるように手に納まった紙コップは、かじかんだ指にひりひりとした痛みを与えていた。

 ゆっくりと口をつけながら帰路につく。こぼした吐息に舞い上がった湯気が、眼鏡を薄く曇らせる。



 甘酒が嫌いになった。生姜の入った甘酒は大人の味がしたから。

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