1/19 空気洗浄機の日

 とある会社に営業へ来た男がいた。

 応接室に通され、その会社の部長と名刺を交換した男は意気揚々と商品の説明に入る。


「我社では画期的な空気洗浄機を販売しておりまして、ぜひ御社で使っていただきたいと考えています」


「なるほど。最近は感染症対策も必要ですからね、どれだけすごい商品なのですか?」


「一台でどれだけ広い部屋でも空気を洗浄できるんです」


「それはすごいですね。でもうちの場合出入りも激しくて入口を開けっ放しにしているんですよ。それでもちゃんと機能しますかね?」


「ええ、全く心配はありません。どれだけ広くとも、窓が全て空いていてもしっかりと機能しますよ」


 自信満々に語る男へ、部長はなるほどと頷く。

 あまりに都合のいい話へ疑惑もあったが、本当なら経費削減になる。それを期待して否応にも乗り気になっていた。


「それで、肝心の性能ですが、花粉や埃は当然としてウイルス等にも効果はあるんですよね?」


 部長が尋ねると、男は小首をかしげ、否定する。


「いえ、この空気清浄機にはそう言った効果は一切ありませんよ」


「ん? でも空気清浄機なんですよね?」


「はい、悪い空気を一掃してくれる画期的な空気洗浄機です」


 そう言うと男は身体を前に乗り出して、気まずそうに囁いた。


「……大変申し訳ないのですが、御社の社内や現場は重苦しい雰囲気があふれているようなんですよ。うちの商品はそういう悪い空気を洗浄する、画期的な商品となっているのです」


「はぁ……」


「仕事をする上で、暗いより明るいほうがいいじゃないですか。他にはない空気洗浄機、お得だとは思いませんか?」


「……」


 部長はしばらく口を閉じて考えた後、彼に答えを告げた。




「あら、お客様はもうお帰りになったんですか?」


 応接室にコーヒーを持ちに来た事務員の女性が言う。既に来客の姿はなく、疲れたように半笑いしている部長が深々と椅子に身を投げていた。

 彼はコーヒーを受け取り口をつけると、眉を押さえてつぶやいた。


「葬儀屋にはいらない商品だっただけさ」

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