1/18 いい部屋の日

 がやがやとした喧騒の中、二人の男性が相向かいに座っていた。いくつもあるテーブルはどれも二人がけの小さなもので、収容率を上げるために人が行き交うスペースもない。格安で水っぽい酒を提供する居酒屋らしい光景だった。


「なあ」


 一人の男が言う。周囲の騒音に紛れぬよう声を少し張り上げて。


「ん?」


「部屋を模様替えしたいと思ってるんだけどさ」


「ほう、話してみ」


 向かいに座る男性は箸でつまんだ餃子を口の中に放り投げて言う。すると最初に話した男性が狭いテーブルに乗った皿を端に避けて、すっかり乾いてしまったおしぼりを広げる。

 そこにふたつに折りたたんだ割り箸の袋を置いて、


「まずここにバーカウンターを置くだろ」


「なんで?」


「雰囲気だよ。良さげだろ」


 言われ男性は適当に相槌を打つ。

 すると彼はおしぼりの角を指さし、


「ここにはでかいスピーカーを置いて音楽を流す。んでプロジェクターと天井からスクリーンを垂らす。もちろんしまえるやつな」


「それは大事だな」


「んで、ソファーをここに置く」


 そう言ってビールが半分ほど入ったジョッキをおしぼりの上に置いた。


「……でかくね?」


「比喩だよ。でも今のソファーって広げるとそのままベッドになるんだぜ」


「生活感ないな」


「いいんだよ。趣味みたいなもんなんだから」


「で、もう完成してるのか?」


 尋ねるが返事はない。それどころか酔っ払いの笑い声を上げて周囲の目を引いていた。

 そして真正面を向いて赤らんだ頬を下げ、


「こんな部屋に住んでも持て余すだけだろ。キッチンとは別にバーカウンターあってもめんどくさいし、映画も見ねえ。そもそもカクテルなんか作れないし、俺は布団派だ」


「……今なんの話してたん?」


「模様替えの話だろ」


 当然のごとく言われ、そうだよなぁと思いながら首を傾げる。


「あ、トイレ行ってくるわ」


「おう」


 男性は断りを入れ席を立つ。

 幸いなことに個室に先客はなく、少しだけ静かな空間で一人ため息をつく。

 そしてぽつりと呟いた。


「……あれ、俺の部屋じゃん」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る