卒業式とゲーセン【KAC2023②ぬいぐるみ】

 隣の女子が歌いながら泣き始め、涙声の合唱の輪が広がっていく。

 保護者席でもハンカチで涙を拭う姿が見られるが、かく 弥生やよいの親は参列していないので関係無い。

「春休みに遊ぼう」などと突然誘ってきた桃野ももの 美月みつきを、そっと振り返る。名字のごとく頭にも花が咲いてしまったかのようなクラスメイトだ。

 さぞグズグズに泣いているだろうと思いきや、意外にも彼女はまっすぐに前を向いて、晴れ晴れとした顔で歌っていた。


 弥生と美月が通った私立高校は、毎年3月の第一土曜日が卒業式。よって、参列する保護者も来賓もめっぽう多い。

 長い来賓祝辞と、教室に戻ってからの担任の号泣挨拶を経て、ようやく出てきた玄関では下級生がフラワーシャワーで待ち構えていた。


「先輩、ボタン下さい!」

「えーっ、もうそでのしか残ってないって」

 それでもいいからと食い下がる後輩と、にやけ顔の卒業生の間を、弥生はわざわざ「すいません」と割って通過する。

 

 大学の結果発表後にも登校しなければならないというのに、制服の袖からボタンをちぎってしまってどうするのか。

 こっちでは家族で写真撮影、こっちでは部活の先輩に色紙プレゼント、遅々として進まない人の波に苛立つ弥生の肩が、ポンと叩かれた。

「やっと追いついたぁ。おっ、弥生くんはボタンを死守したんだね」

 からかうような口調の美月のブレザーは、見事に金ボタン3つが無い。ボタンをねだられるのは男子限定ではないのか、新時代の幕開けであった。


「しょうがないなぁ、私が第二ボタンをもらってあげよう」

 ひょいと出して来た手のひらを無視して、弥生は無理やり歩調を早める。

「お気遣い無く」

 えー、と美月は不満そうに声を上げた後で、再び弥生の肩を叩いた。

「じゃあ代わりに、遊びに行こうよ」

 なんの代わりだよと呆れた少年は、あまり邪険にすると美月の保護者に見とがめられるかもしれないと素早く計算して、なるべく穏やかな声を出した。

「ご両親が待ってるだろ、行った方がいい」


 振り返った美月の前髪に、小さなピンクの花びらが乗っかっている。ポカンとした顔と相まって、本当に頭に花が咲いているようだ。

「弥生くんのご両親、来てたの?」


 立派なレンガ造りの校舎と学校ご自慢のカフェテラスが目に入る。家族が鼻で笑った、華やかな私立高校。

「来るわけない」

 灰色の3年間を凝縮したような低い声に、美月のまつげが震えたように錯覚する。しまったと思った瞬間、少女はぱあっとほほ笑んだ。

「うちも!」




「リズムにのってー、ドン、カッ、ドンドン、カッカッ」

 バチを握った美月から指導の声が飛ぶ。

「はぁ!?」

 ふざけた太鼓のキャラクターがアンニュイな顔で寝そべっていて不快だ。美月の画面からは200コンボなんて景気のいい声が聞こえてくる。


 一瞬の心の隙に付け込まれて、弥生は2駅先のゲームセンターに連れ込まれた。

 音ゲーとかいうやつに、ボロボロにされた少年は意気消沈してベンチに座り込んでいる。

「はい、次はこれ。メダル勝負ー」

 銀色のメダルが入ったカップを渡されて、弥生は眉をしかめる。

「僕はゲームセンターに来たことが無いって言ってるだろ、勝負にならない」

 いいからいいからと、美月は弥生をメダルゲーム機の前に引っ張っていく。

「どれでもいいからメダルを増やせそうなので遊んでみて、30分後にさっきのベンチに集合。メダルが多かった方の勝ちだよ!」

 

 全くこちらの話に聞く耳を持たずに、走っていった少女に頭痛をこらえつつ、弥生は一巡りした後でコインプッシャーの前に座る。

 要は入射角だろう? 

 すぐにコツをつかんだ少年は堅実にコインを増やしていく。


 すると、ボーナスタイムに入ったあたりで弥生の隣に美月が立った。

 しょぼんとした彼女の顔、軽そうなカップ、自分の腕時計。順に見た弥生が、コインを一枚押し込むとおもしろいように下の受け口に銀貨が溜まっていく。

「まだ15分しか経ってないけど?」

「……って、…………もん」


 入り乱れて聞こえるマシンの音楽で、美月の声が聞こえない。

「え?」

 すすけた赤い長椅子の少し空いていたスペースに、美月が身を寄せて腰かけ、耳に息がかかるような距離で話しかけてくる。

「だって、もう無くなっちゃったんだもん。弥生くん、少しちょうだい?」


「ばっ……全部、もとは、キミのものだらっ!」

 飛び跳ねるように椅子から立ち上がった弥生に、美月は「あは、噛んだ」と無邪気に笑った。


「ねー、笑ってゴメンってば」

 ぱたぱたと後ろから追いすがってくる美月に、今度こそ振り返ってやるものかと弥生は出口へ一直線に進む。

 クソビッチという生涯口にすることは無いと思っていた下品な単語が、胸中で渦を巻く。

「次はさ、弥生くんの得意なところに遊びに行こうよ」

「今日で高校は卒業だ。次は無い。3年間ありがとう、さようなら」

「冷たい冷たい。まだ3月は始まったばかりだよ」

 かろやかに美月に回り込まれた弥生は、もう付き合い切れないと、黙って美月を横に押しのけた。


 入り口のドアまであと数メートルというところまで来て、弥生の歩調が遅くなる。あれきり美月の声がしなくなった。

 さすがに今のはひどかったか。もしかして、後ろで立ち尽くして泣いているのではないか。

 捨て台詞の後でカッコ悪い、けど。しばらく悩み、ついに弥生はそろりと後ろを振り返る。


 美月はすでに通路には居ない。

 慌てて周辺を見回すのと「やったぁ!」という明るい声がしたのは同時だった。

 

「弥生くーん、見てー、可愛くない?」

 ぬいぐるみが詰まったクレーンゲーム機の前で、両手に何か持ってピョンピョンしている少女に、弥生の全身から疲労感が溢れ出る。

 もう嫌だ、どうにでもなれよという気分で、少年はそちらへ向かって歩き出した。


「よし、弥生くんにはオスをあげよう」

 目の前につきつけられた青いぬいぐるみを受け取った。美月の右手にはピンクのトリケラトプスのぬいぐるみが握られている。

「アパトサウルス?」

 首の長い造形を見て弥生が尋ねると「わかんない、怪獣!」と美月から元気な返答。恐竜と怪獣がごっちゃにされるのは本当になげかわしい。


「青だからオスって、ジェンダーに抵触するよ」

「ん? だって、書いてあるよ」

 雌雄を表記してあるぬいぐるみなんて珍しい。美月の指さすところを見ると、腹のあたりにひらがなで「おす」と書いたシールが貼ってある。


「…………」

 弥生がぬいぐるみの腹を押すと、中に仕込まれているであろうスピーカーから「ギャオオーン」と音が鳴った。

「そう言うなら、そっちのピンクもオスだよ」

 美月の手に握られているぬいぐるみの腹も押してやると、全く同じ「ギャオオーン」が流れる。

「あ、あははは……やだ。恥ずかしい」

 笑いながら美月の顔が真っ赤になって、それを隠すようにうつむいてしまった。


 いたたまれない空気に、思わず弥生は口を開く。

「ぬいぐるみのお礼したいから、あと一回。……あそ……ぶ?」

 何を言い出してしまったんだと、最後が質問調になってしまった。

「うん! 遊ぶ!」

 美月は即座に返事をした。

 まだ、真っ赤なままのほっぺたで。


==コメント==

綾森れん様@『男装の歌姫』👑第二幕開始!

2023年3月15日 03:00

編集済


入射角、と秀才っぽいこと考えるのがいいですね。

頭で分かったからってその通り動くとは限らないですが笑


女の子なのにボタンをねだられた美月、さすが。

いかにも同性からもモテそうです。


次回の約束にいたるとは!


作者からの返信


綾森れん様

頭でばかり考えて、どうにかしようとし、どうにもならなくなるのが弥生クオリティです。


ところで、今でも卒業生からボタンをもらう文化ってあるのでしょうか。

もう死に絶えた風習なのではないかと思いつつ書いてしまいました。


上田 直巳様

2023年3月13日 07:06


運動センス0の弥生くんに音ゲーはキツい…笑

このチョイス、さすが美月ちゃんですね。


作者からの返信


上田 直巳様

太鼓くらい誰でも叩けるだろうと思ったのでしょう。

運動神経の良い子というのは、えてしてそういうものです。

昔流行った、流れてくる矢印を踏むゲーム、難しかったナァ……。


あまくに みか様

2023年3月8日 08:55


いいですね〜青春!

弥生くん、まじめだから「入射角」とか考えてしまうところに笑ってしまいました!


作者からの返信


あまくに みか様

お題次第では、おもいっきり青春!って感じのエピソードばかり並べようかと思っていたのですが、楽しんでる若者には、つい次の苦労を与えたくなる鬼作者です。


入射角と、動く台座の速度を計算して……なんて、弥生の計算シーンもあったのですが、長くなりすぎたのでカットされました。


下東 良雄様

2023年3月7日 21:02


コメント、失礼いたします。


弥生くん、何だかんだと楽しそうで良かった!

高校時代、最後の青春。

たくさん楽しんでほしいな。


作者からの返信


下東 良雄様

自分が高校生だった頃、遊びに行くといえばゲーセンだったのですが、昨今の子たちは行くのかしら……とおもいつつ。

弥生ってば、嫌そうなフリして、結構楽しんでますよね。


カイエ様

2023年3月5日 20:50


えっ! もしかしてまだお題が発表もされてないのに、複数のお題で一つの物語を横断するつもりなんですか。

そんなことが可能なのか……人間の可能性って想像よりやばいですね……。


弥生君の冷たくし慣れてない感じがいいですね。

世界はけっして敵ばかりじゃないのだと、美月君が教えてあげてほしい。


作者からの返信


カイエ様

キャラクターが自動で動くなら、どんなお題を突っ込んでもキャラなりに消化してくれるんじゃないか説の実証実験です。

横断失敗の暁には、伊草様を巻き込んで泣こうと思います。


僕はひとりでいいんだと、クラスメイトから距離をとってきたせいで、人付き合いに不慣れな弥生です。

この先のお題で、世界はけっして敵ばかりじゃないという気づきが得られるでしょうか。


カフェオレ様

2023年3月4日 21:17


楽しそうでなによりです。

どうぞお幸せに。


作者からの返信


カフェオレ様

ああっ!カフェオレ様っ!

まずはコメントをありがとうございます。お読みいただけて嬉しいです。


以前カフェオレ様主催の「曲を聴いて小説を書いてみよう2」に参加させていただいた者です。

あの時の掌編を元に「金欠ローグと地下40階の迷宮」という長編を書きました。

ナルシルトヴァンパイアや、甘党のスケルトンが階層ボスとなって活躍するお話です。


カフェオレ様の素敵な企画で生まれた物語が、大きく膨らんで、これをきっかけに沢山の方と知り合うこともできました。

いつかお礼を申し上げたいと思いながら、押しかけてコメント欄に書くのもおかしいし……とウジウジしていたので、いただいたコメントへの返信で恐縮ですが、御礼申し上げます。

素敵なお題をありがとうございました!


山田とり様

2023年3月4日 20:10


これはヤバい。展開が早いぞ。

これ7回目までに結婚して子どもできてるかも笑


作者からの返信


トリ様

③告白④プロポーズ⑤子育てクライシス⑥離婚⑦そしてロマンスグレーの頃に再会する。

全7回で、老年期くらいまでいけそうです!(嘘)


葦空 翼様

2023年3月4日 18:12


うっふふふふ!ありますよね、「おす」!

まさかながら充分ありえる可愛い勘違いににやにやしちゃいました!

2回目の「ギャオオーン」が見事に空虚に感じられて、極上のコントって感じですw


しかし、月子さんは同じ設定/連作パターンで挑みますか!これ、お題によっては詰むやつですよね。出来れば二人が今後どうなるか、いい感じのラストが読みたいものですが……!

良いお題が来ることを祈ってます!


作者からの返信


翼様

うふふ。実はこのぬいぐるみ我が家に実在するんです。

横腹に「おす」って書いてあって、つまり一番最初に勘違いしたのは……(照)


無謀にも連作に挑戦中です。

どんなお題が来たら最高に困るだろうか、と真剣に考えています。

「ビーツ」とか来たら、カクヨム民の9割がボルシチを作るしかなくなりますよね。


どうか良いお題が来ますように!


ハマハマ様

2023年3月4日 17:49


続編!

ありがとうございまーす!


弥生くんと美月の距離感サイコーですねぇ(●´ω`●)

ぶっちゃけ強引でとぼけた美月みたいなんが弥生くんには合ってると思うな〜\(//∇//)\


作者からの返信


ハマハマ様

続編いかせていただきました。

お読み下さってありがとうございまーす!


ちょっと距離が詰まった感じと、次回につながりそうな終わり方になって、ホッとしています(無計画)

ちょっとした強引さって、大事ですよね。

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