春休みはじまる【KAC①本屋】

 桃野ももの 美月みつきは、ずっとフンフンと歌っていた鼻歌を、書店の自動ドアが開くのに合わせてミュートする。


 自己採点の結果、第一志望の大学に合格間違いなし。

 3月1日の今日、ロッカーの整理がてら教室へ行ったのを最後に、明日から3年生は自由登校になる。

「この新刊待ってたんだよー。あっ、こっちも新刊出てる! これから毎晩、夜更かしし放題なんて嬉しすぎるぅ」

 コミックを次々と胸の前に積み上げれば、上機嫌な独り言もこぼれるというもの。


 あとは、夜食のお菓子とジュースのために、コンビニにも寄る必要がある。

 昨日量った体重計の数字から、今夜摂取してよいカロリーを求めなさい。

 やや受験モードを引きずっている頭から、設問を追い出してレジへ向かう。その途中で、同じ学校の制服を見つけた美月の足がピタリと止まった。


 姿勢の良い立ち姿に、天使の輪っかの光る黒髪。

 参考書の棚の前にいるクラスメイトを見て、美月は目をぱちぱちさせてから近づいた。

弥生やよいくん! 参考書なんか見てどうしたの? 合格確実なんじゃなかったの?」

 ジロリと音がするように、開いていた本から視線を移した少年は、どうみても彼女の登場を歓迎していない。

「合格確実だから、大学で使いそうな参考書の下見してるんだけど。桃野さんは……違うみたいだね」

 漫画の表紙を冷たく見下ろして、メガネのツルを押し上げる。


「もう次の勉強のこと考えてるの? さっすが、学年イチは違うねぇ」

 美月は心の底から感心してそう言った。

 かく 弥生やよいは、どうしてこのレベルの子がうちの高校にいるんだろうというような秀才で、3年間学内のあらゆるテストで1位を取り続けた男だ。

 かわりに運動がからきしで、バレーボールは顔面で受けるし、マラソン大会では後で出発した女子の最下位組より遅かった。 


 せっかく声をかけてくれた可愛いクラスメイトを無視して、弥生は再び参考書を読み始める。

「ねーえ? もしかして自由登校になっても学校に行く人?」

 終わったと思っていたのに、再び話しかけられて少年は眉間にシワを寄せた。今度は目も上げないで返事をする。

「何のために?」

「勉強好きそうだから、自由って言われても行きそうな気がした!」

 はー、と遠慮ないため息を吐き、パタンと本を閉じる。


「行かないよ」

 その硬い声音に秘められた「あんな学校ところに」という意図をくみ取れるほど、美月はさとく無い。だから、彼女はニコっと笑った。

「じゃあ、この長い春休みに何して遊ぶの?」


「遊ぶ?」

 聞き慣れない言葉のように、弥生は問い返す。

「そう。友達とどっか行くとか、何か食べるとか、お泊り会して徹夜で語り明かすとか!」

 美月の提案を、くだらないというように首を振って却下する。

「いや、そういうのには興味が無い」

「あー、そっかゴメン。弥生くん、友達いないもんねぇ」

 美月の悪気の無い痛恨の一撃に、グッと少年の喉が鳴った。

 教室に居る時は常に読書、話しかけられても基本塩対応の弥生には、確かに友達と呼べるようなクラスメイトは居なかった。

 

「遊ぶ?」

 今度の問いは、美月が発した。

「は?」

 意味の分からなさと、これまでの少女の無遠慮な発言から、弥生の返しにも余裕が無い。


「私と、春休み一緒に遊ぶ?」

 わたしと、あなたで。

 美月の指先が、桜色の自分の唇を指してから、ピタリと弥生の胸元へ突き付けられる。

「な……何のために?」

 今度の弥生からの声は、かなり弱かった。

「だって4月からは別々の大学なんだから、クラスメイトでいられるのって3月で終わりなんだよ? 最後の高校生活の思い出作ろうよ。今のうちに遊んどこう?」


 少年が何か言う前に、美月はポケットから携帯電話を取り出して画面を見ると、ヤバと小さくつぶやいてから耳にあてた。

「あっ、ごめんもう帰るから。食べるから待ってて。やだやだ、私の分のお豆腐とっておいて!」

 じゃあねとヒラリと手を振って、コミックをかかえてレジへ小走りに進み、会計が済むとまだボサっと立ち尽くしていた弥生に、もう一度手を振って書店から出て行った。


「何を、勝手なことを……」

 取り残された少年はうめく。

 長くて短い高校3年生の春休みは、始まったばかりだった。


==コメント==

浅川瀬流様

2023年9月18日 9:03


美月ちゃんのグイグイ感良いですね!弥生くん、絶対振り回されそう…(笑)


作者からの返信

浅川瀬流様

グイグイくる美月に、ヤヨイがぐるんぐるんに振り回されたり、振り回されまいと抵抗したりする短編連作です。

迫りくる〆切に、泣きながら書きました!


綾森れん様@『男装の歌姫』👑第二幕開始!

2023年3月15日 2:48


あらあら弥生くん、ウブですねえ~


失礼しました!

これから二人のラブコメを楽しませていただきます!


作者からの返信

綾森れん様

ウブな高校生二人を主人公に据えてみました。

これからフワフワと進んでまいります。


これと比べると、ジュキくんたちの短編は、もう熟練夫婦の空気感でした。圧倒的安心感です。


上田 直巳様

2023年3月13日 6:57


人物名やシーンに、季節感があっていいですね!二人のこれからが楽しみになります。春は来るのか…!?


作者からの返信

上田 直巳様

名前はサクッと決まった二人です。

「桃野さん」とか名字だけでもう、カワイイに決まってますよね。


下東 良雄様

2023年3月2日 23:10


コメント、失礼いたします。


弥生くん次第ですが、ステキな春休みになりそうですね。

終わり良ければすべて良し。

本屋から始まる高校生活最後の春休み。

この後のふたりの楽しげな様子を勝手に妄想してしまいました。

(困り顔の弥生くんを笑顔で引っ張っていく美月ちゃん)


作者からの返信

下東 良雄様

お読み下さってありがとうございます。

結構頑なな雰囲気の弥生ですが、ちゃんと美月ちゃんに引っ張られて、楽しい春休みを過ごせるでしょうか。


カイエ様

2023年3月1日 23:54


他の方が書いてるのを読んで「角 弥生」のネーミングの秀逸さに気づきました 笑。

大学受験が終わったら、たとえ友達がいなくても百人が百人とも遊び狂うもんだと思ってました。

ちゃんと遊ばないと立派な社会人になれませんよ!


作者からの返信

カイエ様

えへへ。困った時の和風月名です。

大学受験が終わっても、遊びもせずに辛気臭い顔で本屋に通う弥生は、ちゃんとこの一カ月で遊び狂って立派な大人になれるでしょうか。

ご期待下さい。


谷地雪様

2023年3月1日 23:34


KAC3月……(笑)

すみません、つっこまずにはいられなくて……!

ここから始まるボーイミーツガール、楽しくなりそうですね。


作者からの返信

谷地雪様

気付いて下さってありがとうございます。

ネーミングに困ると、睦月、如月……とやりがちな私です(笑)

これだけみんなが一気に短編を書いたら、どこかで「角 弥生」に会えそうじゃないですか?

見かけたら教えて下さい。


ハマハマ様

2023年3月1日 22:50


めっちゃ続き読みたくなるヤツww


美月の豆腐は守られたのか!?

献立は一体なんだったのか!?

湯豆腐か!?はたまた肉豆腐か!?


興味は尽きませんね!(違う)


いやおふざけ無しに普通に続き読みたい!


作者からの返信

ハマハマ様

めっちゃ続き書きたくなる、続き書きたくなる……(自己催眠)


夕飯メニューで「お豆腐とっておいて!」って、なかなか叫ばないセリフですよね。

何だろう、鍋……かな?


山田とり様

2023年3月1日 22:15


弥生くん、いろいろ拗らせてますよね笑

すぐに連絡取ってあげないと、からかわれたと思って落ち込むだろうな……。

美月ちゃんの天然ぽさと、うまく組み合わさりそう。なのに大変だ、もう卒業ですって? がんばれー!


作者からの返信

トリ様

拗らせてますでしょ。

こういう頭の良さを鼻にかけていて、クラスにあえて溶け込まなかったんです系の陰キャ。

当時はなんだアイツと思っていましたが、この年になるとカワイイー!


K-enterprise様

2023年3月1日 22:10


公立高校は今日卒業式で参列してきました!

みんな良い笑顔でした(´∀`)


三月末までは高校生。

弥生くんは残り一カ月でどう変わるのか楽しみです。


高校デビューは、遅くない!


作者からの返信

K様

(お子様の?)ご卒業おめでとうございます。

……K様のじゃないですよね?


マスク無しで晴れ姿なんてニュースも見て、もう高校生は卒業なのかと気づき、本作の主人公たちが決まりました。

私は取材できるリアル高校生が身の回りにおりませんので、色々とファンタジー高校生になると思いますが、高校デビューのラストチャンスをぜひ弥生につかんでほしい!

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