第7話「強面先輩の独白」



それにショーン伯爵令息は、計画がうまくいったとしても、リンディーとの約束を守る気などなかっただろう。


卒業パーティで婚約破棄騒動を起こした者には、まともな縁談なんて来ない。


それどころか実家から勘当されて、住むところにすら困ることになる。


平民になった彼女が、伯爵家の嫡男である彼の正妻になれるはずがない。


ショーン伯爵令息はリンディーを利用するだけ利用して、用済みになったら捨てる気だったのではないだろうか?


リンディーは高飛車で、嘘つきで、嫌な女だ。


だがそれでも俺の幼馴染であることに変わりはない。


己の欲のために頭の軽いリンディーを利用して、計画が終わったら彼女を捨てる気だったショーン伯爵令息が許せない。


俺は知らずにショーン伯爵令息を睨みつけていた。


「無駄口を叩くな!

 さっさとこの二人を連れて行け!」


「「はいっ!」」


二人が「卒業パーティを卒業パーティで婚約破棄を叫ぶ奴から守る会」のメンバーに連行されて行く。


連行されるリンディーの頬は涙で濡れていた。


「恐らくショーン伯爵令息は彼女との約束を守る気はなかったのだろう。

 卒業パーティで婚約破棄騒動を起こしたら、男女ともに碌な縁談なんて来なくなるからな。

 それどころか実家から勘当されて平民に落ちる。

 平民が貴族と結婚できるはずがない。

 奴は彼女を利用するだけ利用して捨てる気だったのさ。

 酷い男だぜ!」


強面のOB先輩がドヤ顔で推理を披露する。


いや、先輩……その推理はさっき俺が頭の中でやったんで、お腹いっぱいです。


「先輩、俺も酷い男かもしれません」


「ん?」


「泣いてる彼女を見ても、一ミリも心が動きませんでした。

 まだ書類上リンディーは俺の婚約者で、彼女とは幼い時からの知り合いだったのに……」


「気にするな、あれだけ酷い仕打ちをされたら百年の恋も覚めるさ」


強面のOB先輩が俺の肩を叩く。


「オレの幼馴染にも五年間婚約した婚約者がいてな……」


強面のOB先輩が遠い目をして、過去を語りだした。


トイレでした話の続きかな? 長くなりそうだな。


「オレの幼馴染の婚約者は、胸がでかいだけの男爵令嬢に騙されて、『真実の愛を見つけた!』とかほざいて、卒業パーティで婚約破棄騒動を起こしたんだ」


パーティ会場の前に貼ってあった「婚約破棄阻止ポスター」に書かれていた、卒業パーティで婚約破棄を叫んだせいで転落人生を歩んでる卒業生Aくんの話かな?


「オレの幼馴染は献身的に婚約者を支えてたっていうのに。

 奴は公衆の面前で『嫉妬に狂って男爵令嬢を虐めていた悪女』とオレの幼馴染を罵り、婚約破棄を突きつけたんだ。

 まあ、後で彼女の無実は証明され、王太子……幼馴染の婚約者の有責で婚約は破棄された」


先輩、「王太子」って言っちゃってますよ。


「卒業パーティで婚約破棄騒動を起こした、幼馴染の婚約者は親から勘当され、窓のない塔に幽閉された」


卒業生Aくん=王太子。


俺は誰にも言えない秘密を知ってしまった。


「オレの幼馴染にはなんの非もないのに、婚約者が王族だったせいで、あれこれと言われてな。

 ほとぼりが冷めるまで修道院に送られた。

 そして五年たった今でも修道院で暮らしている」


その情報は初耳だ。


「婚約破棄するなら自宅の防音性能の高い部屋でやれっての!

 王太子が卒業パーティであんな騒動を起こさなければ、オレは失恋覚悟で彼女に想いを伝えるつもりだったのに……!」


先輩はその幼馴染さんのことが好きだったんですね。


でも王太子が問題を起こさなかったら、幼馴染さんは王太子の婚約者のままなわけで。


失恋覚悟とはいえ、王太子の婚約者に想いを伝えるのって不味くない?


「いや、何でもねぇよ。

 今の話は忘れてくれ」


強面のOB先輩、話の内容が重すぎて忘れられません。


「卒業パーティは想いを伝える最後のイベントだ。

 そんな神聖なイベントを身勝手な婚約破棄で汚す訳にはいかねぇ。

 オレは、過去のオレのように気持ちを伝えられず初恋を不完全燃焼で終わらせる奴を減らすため。

 オレの幼馴染のように、大衆の面前で婚約破棄されて一ミリも非がないのに修道院に送られる人間を減らすため。

 同士を集め『卒業パーティを卒業パーティで婚約破棄を叫ぶ奴から守る会』を発足したんだ」


強面のOB先輩にそんな過去があったなんて。


「柄にもなく昔話なんかしちまった。

 今日は王たい……幼馴染の元婚約者が人生を棒に振った日でな。

 奴が塔から逃げ出して学園のどこかで自害するという怪文書が学園に届いて、そっちに注意が向いちまったのさ。

 怪文書の内容は『婚約破棄防止ポスターの少年Aくんが……』としか書かれていなかったんだが、少年Aの正体を知ってる古参の先生方が大慌てしちまってな。

 そのせいで会場の監視がおろそかになっちまったのさ。

 まぁ厳重に監視されてる城の塔から逃げ出せる訳がないから、すぐにガセだとわかったんだがな。

 それでも会場には何人か会員を残しておくべきだったぜ。

 悪かったな、後輩。

 お前の人生を危うく棒に振らせるところだったぜ」


当時は王太子の婚約破棄騒動に対して、箝口令が敷かれたのかな?


後輩の俺たちが王太子の婚約破棄騒動を知らないってことは、そういうことなんだろう。


「いえリンディーの正体がわかりましたし、彼女との縁が切れたので結果的には良かったのかもしれません」


三年も婚約していた相手だが、全く未練はない。


結婚する前に彼女の正体がわかってよかったと思っている。


「オレはあの女の取り調べに行くが、あんたはどうする?」


「俺は会場に戻って友人に挨拶したら、家に帰ります」


会場で悪友と騒いでいる場合じゃなかった。


家に帰って今日あったことを家族に伝えて、リンディーとの婚約を一秒でも早く正式に破棄しないと。


図書室を出ると廊下は冷え切っていた。


「じゃあな後輩、お前はこっち側(『卒業パーティを卒業パーティで婚約破棄を叫ぶ奴から守る会』の会員)になるなよ」


強面のOB先輩は、そう言って足早に去っていった。


「アーベル先輩」


「何だ」


先輩は面倒くさそうに振り向いた。


「幼馴染に思いを告げるの、まだ遅くないと思いますよ」


王太子の婚約者だったときならいざしらず、彼女は今フリーだ。


強面のOB先輩が告白してもなんの問題もない。


むしろ思いを伝えるなら、先輩の幼馴染が王太子の婚約者だった五年前の卒業パーティより、フリーになった今だろ。


俺の言葉を聞いた強面のOB先輩は、少女のように顔を赤く染めた。


先輩めっちゃ動揺してるな。


「ガキが生意気なこと言ってんじゃねぇよ!」


先輩はそう言って踵を返すと、さっきより早足で逃げるように去っていった。





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