五 デロス帝国の地質学者

「なぜ負弦の記憶を隠し通せたんだ?教えてくれ」

 俺は神殿に戻りながら巌鉄に訊いた。いまだに巌鉄と呼んでいいか、負弦と呼んでいいか、俺は迷っていた。


「巌鉄の記憶が強烈だったのさ。感情的記憶は私の知的記憶にくらべ、あまりに強烈だったため、探査光が捕捉した記憶を宇宙艦の人工知能は解析できず、ロデム総統は私の記憶を読み取れなかったのだ。ロデム総統とはあの宇宙艦から降りてきた歳食ったディノスだ。この地を収める総督だ。

 君と巌鉄の記憶が強烈なのはなぜだ?」


「負弦が巌鉄の記憶をたどれば解るはずだ。

 俺も巌鉄も神殿の戦士だ。神殿だからと言って教祖はいない。この神殿そのものが俺たちに智を与える。

 ところで負弦はなぜ追われてる?なぜ逃げてる?」


「話したように私は地質学者だ。この地に来て観測し、地下資源の宝庫だと知った。観測結果を有りのまま報告すれば、母国のデロス帝国はここに侵略して既存の生物を駆逐する。

 それを避けるため、私はデロス帝国の戦略計画を盗んでグリーゼ国家連邦共和国に売り渡すと見せかけて逃亡した。そうすればこの地の地下資源は母国に知られない」


「なぜ、そこまでするんだ?負弦とこの地の関係は何だ?巌鉄に食われるのを予知していたんじゃなかろうに?」

「予知していた。巌鉄は食欲の塊だ。私が捕まれば食われるのは予測できた。食われれば身体は巌鉄で意識は私だ。妻には解らない」


「巌鉄の妻を知ってるのか?巌鉄は妻を娶ったばかりだぞ。しかもその妻は懐妊してる。

 もしかして子どもの親は負弦か?いや、そんな事は無い。我らヒューマとディノスは交配できない」

「そう言われているだけで確かめたヒューマもディノスもいなかった。これが盲点だった」



 負弦がそう言っている間に神殿に着いた。

「ヒューマとディノスは交尾した事がないと言うのか?そんな事はないだろう?」

 俺はヒューマとディノスの関係を聞き返した。交尾できるはずだ。

「交尾した者はいない。ヒューマにもディノスにも尾は無い。交接と言うが交尾とは呼ばない。それに慣習があるから、交接した者がいても、交接したことを公表しない」

 負弦は、公にはしていないがヒューマとディノスは交接可能で、実際にヒューマとディノスは交接している、と言いたいのだ。

 


 負弦が話しているあいだに神殿の牢獄に戻った。

「ここに居るのは私たちだけか?他に戦士は居ないのか?」

 負弦は静まりかえった神殿を気にしている。

「戦って負けた戦士は巌鉄に食われた。奴はいつも腹を空かせてた。奴が食わなかったのは自分の家族と、負けた戦士の家族と、俺のように親しい者たちだけだ。

 だから、この地域でこの神殿に居る戦士は俺と巌鉄だけだ。そして戦士の家族はそのまま残ってる。戦士を食われた家族は戦士が食われた事実を納得してる。それが掟だからな」


「悲惨な掟だな。ところで、送信機はあるか?グリーゼ国家連邦共和国まで交信できる代物だ?ここにあるだろう?」

「このヘリオス星系内しか交信したことがないが、送信機はある。何をするんだ?」


「私は地質学者だが、デロス帝国軍をここから遠ざけて、グリーゼ国家連邦共和国へ侵攻させる作戦を実行する。協力してくれ」

「わかった・・・」

 俺は負弦に協力するしなかった。

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