第一話 蛍石は始まりを告げる④

 振り向くと、立っていたのは、珠里の他に注目を集めていた異国人の少女だった。

 背は低く、珠里の肩くらいの位置にフードをかぶった頭がくる。

 少女は顔を隠すように被っていたフードを外す。

 その下からのぞいたのは、街を歩けば衆目を集めそうな美少女だった。

 小ぶりな顔に輝く金色の髪。瞳はこうぎよくのような美しい赤だった。目元は気位の高さを示すようにり上がり、口元は負けん気の強さを示すように引き締まっている。身にまとっているのは西国の騎士服に長靴、男のような装いだが、少女の雰囲気には良く似合っていた。

 突然の介入者に、珠里も、目の前の二人の貴族もすぐに反応できず、ぼうぜんと視線を向ける。

「握りのところがり減ってる。よほどたくさんの輝石を彫り続けないと、そうはならない。それに、紋眼鏡は、直線と円があれば、設計図上はほとんどの形が彫れるわ」

 異国人の少女に、我に返った春琳が言い返す。

「そんなの、あくまで設計図上の話でしょう。そんなことができる彫刻師なんて、聞いたことがありませんわ」

 だが、金髪の少女は、聞こえていないように真っすぐに珠里を見つめていた。

「あんた、自分の夢のために、遠い場所から宮廷彫刻師になりに来たんでしょう。そのまま黙ってたら、あんたの夢は終わるわよ。あんた、それでいいの? あんたの夢を、あんたが守らないでどうすんのよ」

「それは、駄目ですっ」

 珠里は思わず、言い返す。

 さっき、どれだけがんばっても出なかった声が、なんの抵抗もなく出ていた。

 金髪の少女の言葉に、強く背中を押された気がした。

「私は、宮廷彫刻師になるために来ました。そこに、噓はありません」

 顔を上げ、名も知らぬ異国の少女に向けて告げる。

「だったら、さっさと推薦状を出してくださらない」

 再び口を挟んだのは春琳だった。金髪の少女に無視されたのがよほど不愉快だったのか、いらった視線を八つ当たりのように珠里に向ける。

「受験者の全員が推薦状を持っているわけじゃない。受験資格を得る方法は二つある。名門工房の推薦状をもらうか、聖学府に彫った輝石紋を送って審査してもらうか。後者の方が、各段に難しいとされる。この方法で受験する者は、毎年、一人か二人しかいないそうね」

 金髪の少女の言葉に、珠里ははっとする。

「それなら、あります。これが、審査結果です」

 珠里は、いつも大事に肩から下げているほそひもかばんを探って、一枚の丸められた紙を取り出す。

 名門工房の推薦状は、最低限の実力は必要だが、工房との利害関係や師弟関係などによるそんたくがある。だが、聖学府に輝石を送って評価してもらうのは、純粋に技術のみを厳しく審査される。並外れた実力がないと受験資格はもらえないはずだった。

 春琳は、珠里が開いた審査結果を見つめ、本物であることを確認すると、面白くなさそうに顔をらした。

「そういうことなら、もったいぶってないでさっさと言ってくださらない」

 白けたように言いながら去っていく。梨寧も、慌てたようにその後に続いた。

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