第一話 蛍石は始まりを告げる⑤
周囲から向けられていた絡みつくような視線が、ふっと軽くなる。
空いていた隣の椅子がひかれる。振り向くと、先程の金髪の少女が移動していた。
戸惑っていると、金髪の少女はぶっきらぼうな口調で言ってくる。
「あーもうっ、目立ちたくなかったのに。あんたがあんまり情けないから思わず余計な口挟んじゃったじゃない。まぁ、あんたの隣なら、あんたが周りの視線を引き付けてくれるでしょ、責任とってよ」
珠里は吸い込まれるように、隣に座る少女を見つめた。
近くで見ると、さらに美しさが際立つ。特に目を引きつけるのが、紅玉を思わせる
「なに、じろじろ見て。外の国の人間と話すのは初めて?」
「いえ、二人目です。私の先生も外の国の人でした。あなたと同じ金色の髪でした」
珠里は、頭の中に、幼い頃の自分に輝石彫刻の基礎を教えてくれた恩人の姿を浮かべる。それだけで、なんだか目の前の少女にも好感が湧いてくる気がした。
「あっそ。で、私、あんたの名前を聞いてないんだけど?」
「珠里です」
「私はファーネリア。ファーネって呼んでいいわよ」
「ふつう、先に自分が名乗ってから聞きませんか?」
「なに? 文句あるの?」
「いえ、ありませんけど」
周りからは依然として遠巻きな視線を感じるが、ファーネはまるで気にしていないようだった。
「いっとくけど、年上だなんて理由で敬ったりしないわよ。入学したら同じ学年なんだから」
ぶっきらぼうな言い方だけれど、その言葉は、周りから異物のような視線を向けられ続けていた珠里を安心させる。
「ありがとう、ございます」
「礼をいうところじゃないでしょ。で、あんたは、輝石科目?」
「はい、そうです。私、宮廷彫刻師になりたくて」
「そう。私は金属器の方だから、私たちは敵同士じゃないわね」
「金属器専門の科目もあるんですね」
「
ファーネはそう言うと、右手で前髪を耳にかける。ファーネの服の
「あんたが宮廷彫刻師になりたい理由って、やっぱり輝石管理の法なわけ?」
「そうです。生まれ育った村で輝石紋を売って生活していたのですが、あの法のせいでできなくなってしまって」
珠里の故郷・灰丹は、貴耀国の最北端にある村だった。
輝石鉱山があり、かつては鉱山の村として栄えたが、輝石が
珠里は、廃坑同然の鉱山に潜り、わずかに残された輝石を掘り出しては輝石紋を刻んで行商人に売る生活を続けていた。母親が十年ほど前に他界してからは天涯孤独の身の上だったが、大好きな輝石に没頭できる暮らしには満足していた。
だが、半年ほど前に法律が変わり、宮廷彫刻師の資格を持たない者は、鉱山から輝石を掘り出すことも、輝石紋を彫ることも禁じられた。禁を破ったものは極刑も有り得るという。
それまで出入自由だった鉱山の入口は役人が張り付くようになり、今まで珠里が彫った輝石を買い取ってくれていた行商人には「もう資格の無い者とは取引できない」と断られた。さらには、突然、家に役人たちがやってきて、彫りかけの輝石や、これまで二十年に
珠里の輝石に没頭できた生活は、突如として奪われたのだった。
「資格がなくても、宮廷彫刻師の工房に入れば輝石は作れるはずでしょ。わざわざ聖学府を受験しなくても、北部にも宮廷彫刻師がやってる工房くらいあったんじゃない?」
「あちこちの工房に雇ってもらえないか相談にいきましたが、どこにいっても身元の確かな者しか工房には入れないって追い返されました。私の彫った輝石紋すら見てもらえませんでした」
「そっか。輝石技術って、既得権益の塊だものね。貴族と名門工房が技術を独占してる。田舎で無資格で輝石彫刻をやっていた平民なんて入れてくれるわけないか」
「ならいっそ、宮廷彫刻師の資格を取ろうと聖学府に受験を申し込んだら、さっきの審査結果が届いたので、もうこれに
「思い切ったわね。もう帰る場所もないってわけ。好きよ、そういうの」
「国王様も、なんであんな意地悪な法を作ったんでしょう」
「あんたは、どういう理由だって聞いてるの?」
「灰丹の役人は、未熟な者が輝石紋を彫ると、輝石内の魔力が暴走して周囲に危険を及ぼすからだとか言ってました。まぁ、私も、何度も輝石を暴走させたことはありますけど──だからって、あんまりです」
「それは表向きの理由ね」
急に、ファーネの声が冷たくなる。
「『
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