第一話 蛍石は始まりを告げる⑥
「いえ、ないです」
「法改正は、そいつのせいよ。貴耀国を根城にしている正体不明の輝石彫刻師が、闇市場に高度な輝石を流している。それは
「それと、法改正になんの関係があるんですか?」
「各国が調査をすすめているけれど、『災禍の彫刻師』の正体はわかっていないの。わかったのは、貴耀国から輝石が流れているということだけ。貴耀国王は、他の国々から輝石管理をさらに厳格化するように迫られ、仕方なく法を変えたのよ」
「その人のせいで、私はこんな大変な目に遭っているんですか。許せないです」
「ええ、許せないわね」
ファーネは
講堂に入ってきた衛士が「金属器の科目を受ける者は、移動する。ついてきなさい」と告げる。
ファーネは立ち上がると「がんばんなさい。合格したら、また会いましょう」と言って去っていく。自分は合格することを
三分の一ほどが講堂を出ていく。出ていった者の多くは男だった。
金属器技師には体力が必要なため、男の志望者が多い。逆に、輝石彫刻師は女性がなれる数少ない社会的地位の高い職業であるため、女性の志望者が多かった。
金属器科目の者たちが去って辺りが静まると、先程の春琳と梨寧の二人が、珠里の方に近づいてくる。
今度はなにを言われるのかと警戒していると、春琳は視線を逸らしながら言いにくそうに口にした。
「さっきは申し訳ありませんでしたわ。あなたの話もよく聞かず、一方的に疑ってしまって」
「いえ、気にしないでください」
「お
「知りません。まったく」
「でも、今年の試験はなにをするかわかっているわ。試験官が、
「そうなんですか?」
「なにも彫られていない輝石を一つ渡され、時間内に好きな輝石紋を彫ること、それだけですわ。筆記試験も細かな技能試験もない」
「わかりやすい、ですね」
珠里にとっては朗報だった。恩師に基礎を教わってからは、ほぼ独学で輝石を彫ってきた。そのせいで、知識が極端に偏っている。輝石の歴史や文化について問われれば、ほとんど答えられない。
「ここまでは誰もが知ってる話、ここからが助言ですわ。蒼元さまは、複雑な輝石紋を嫌うそうです。この課題が出たら、第一紋をできるだけ丁寧に彫ることをお勧めしますわ」
輝石紋はその難易度によって階位分けがされており、難易度が高いほど数が増える。つまり、第一紋とは、もっとも基礎的な輝石紋を示していた。
「ありがとう、ございます」
大講堂の扉が開き、試験官の男が入ってくる。
背の高い美男だった。彫刻のように整った顔立ちに
首飾りに腕輪に指輪、至る所に身につけた輝石の装飾品が目を引く。歳は二十代後半から三十代前半、珠里よりも少し上くらいだろう。
蒼い瞳の男は講堂を見渡すと、冷たい声で、先ほど春琳が口にしたのと同じ課題を告げる。
「蒼元だ。これから輝石を配る。
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