第一話 蛍石は始まりを告げる②


 安心すると、辺りを見渡す余裕がでてくる。

 門前の広場には、百人ほどの受験者が集まっていた。男女の比率でいえば、半々くらいだろう。

 珠里は改めて実感する。やっぱり、自分とは生まれも育ちも年齢も、まるで違う人たちだ。

 聖学府の受験資格を得るには、高い輝石技術が必要になる。輝石技術は上流階級に独占されているため、貴族や名門工房の跡取りがほとんどだった。

 誰もが馬車で門前に降り立ったようにれいな身なりをしている。過酷な長旅をしてきたような受験者は一人もいない。

 珠里は、自分の服装を見下ろす。

 身にまとうのは飾り気のない麻のじゆで、砂嵐にあったかのように汚れ、あちこちが擦り切れている。肩にはほそひもかばん、背中には長旅のための継ぎぎだらけの大きな麻袋を背負ったままだ。

 さらに、受験者のほとんどが十代の若者だった。

 珠里は、今年で二十七歳。聖学府は最短でも卒業まで三年がかかり、育成機関のため在学できるのは三十歳までという制約がある。つまり、今年が受験できるぎりぎりの年齢だ。

 身なりでも年齢でも、珠里は明らかに、一人だけ浮いていた。

 誰もが珠里を目に留めると、白兎の巣穴に黒兎が飛び込んできたような不快感を浮かべる。とりたてて危険はないけど気に入らない、という表情だ。

 珠里の心の中に、旅の間に聞いた数々の言葉が、呪いのようによみがえる。


「聖学府ってのは、お貴族様や名門工房の跡取り様が行くところだ。あんたみたいな田舎者の平民がいったって惨めな思いをするだけだぜ」

あきれたね、そんなことで家財をすべて売り払ったのかい。どぶに捨てたようなもんだね」

「自分の身の丈ってのをわきまえろ。夢を見るにも、限度ってもんがある」


 珠里は、せめて身なりを整えようと、鞄の中から手鏡を取り出す。

 鏡には、疲労がにじんだ顔が映る。毛先だけが色が抜けたように灰色になった黒髪、くすんだ灰色のひとみ。ほとんど人と関わらない引きこもりの暮らしを長らくしていたためか、感情があまり感じられない、古びた人形のようによどんだ表情だった。

 体を見下ろす。長旅で汚れた肌にせた体。普段から栄養のある物を食べていないせいか、周りの受験者よりも貧相に見える。

 珠里は、身なりを整えるのをあきらめ、手鏡を仕舞って自分に言い聞かせた。

 大事なのは、輝石技術だ。外見で審査されるわけじゃない。

 王都の中央から、の音が響き渡る。

 朝事の銅鑼と呼ばれる、王宮が開門され一日の仕事が始まる合図だった。銅鑼の音が消えると、衛士が門を開き「受験者は中へ」と声を張り上げる。

 門の向こうには、石畳の広場が広がり、その向こうに学舎があった。

 目を引くのは、純白の壁と濃緑のがわらに覆われ、四方に聳えている四重塔だ。四つの塔をつなげる回廊のように舎殿が造られ、学舎全体を形作っている。

 それは、珠里が旅の途中で見てきた地方都市の領主屋敷とは比べ物にならないほど大きく、荘厳な建物だった。

 これが……聖学府。やっと、ここまできたんだ。

 正式な名称は、きゆうていせきいんぞくがくいん。だが、学士も街の人々もこの名を口にすることは滅多にない。輝石はかつて聖なる石とも呼ばれた。そのため、聖なる石についてのまな、『聖学府』という呼び名が定着している。

 身なりがなんだ。歳がなんだ。周りからの視線なんて気にするな。とにかく、欲しい物に手を伸ばすんだ。

 珠里は、弱気になりそうになっていた自分を𠮟しつして足を踏み出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る