紋の国の宮廷彫刻師

瀬那和章​/KADOKAWA文芸

第一話 蛍石は始まりを告げる①

 この世界は、キセキとカタチでできている。


 キセキ。輝石。それは、この世界に数多あまた存在する、魔力を秘めた石のこと。

 カタチ。形。それは、輝石に刻むと、秘められた魔力を使って様々な事象を発現させる紋のこと。


 しゆは、初めて訪れた王都の大通りを駆けていた。

 視界を流れる景色には、これまで教本の中でしか見たことのない輝石と紋が次々に現れては通り過ぎていく。

 輝石に含まれる魔力は、あかりや調理具のような生活必需品から医療具や武具まで、あらゆる物の動力源となっている。

 街灯に収められている光を放つせきもん。露店のなべについている熱を生み出す輝石紋。すれ違う衛士の剣のつかに埋め込まれたやいばの切れ味を増す輝石紋。

 足を止めてゆっくり見る時間はない。それでも、走りながら目に飛び込んでくる景色は、刺激と感動に満ちていた。

 すごい。すごい。王都はやっぱりすごい。

 街全体が、キセキとカタチであふれてる。

 走りながら、ほんの一瞬だけ体をひねって、この街の一番高い所にある王宮を見る。

 王宮の中央には白い塔がそびえており、壁面には太陽と三日月を重ねたような紋様が描かれていた。

 輝石紋の歴史の中で、初めて彫られたといわれる紋様。紋の銘は『きんぎん』。

 特別な効果のある紋ではないけれど、装飾職人が輝石になにげなく太陽と月を彫ったところ、急に発光し、魔力が含まれていることが発見されたという逸話がある。

 歴史的な始まりの紋を国の象徴として掲げているだけで、この国が、いかに輝石を重要視しているかがよくわかる。

 これが──『もんくに』。

 耀ようこくは、小国でありながら優れた輝石技術を持ち『紋の国』という二つ名で呼ばれていた。

 この場所にこれてよかった。ここで、宮廷公認の輝石彫刻師、宮廷彫刻師になってみせる。

 珠里は必要以上に腕を振り、全力で坂道を下る。

 輝石彫刻師とは、輝石を磨き、輝石紋を刻む職人のことだ。

 掘り出されたばかりの輝石からは、魔力を取り出すことはできない。輝石を丁寧に削り、磨き、美しく形を整えた後で、輝石紋を刻む。そうすることで、石に込められた魔力は、世界に事象として発現する。

 珠里が王都にきた目的は、宮廷彫刻師となるための登竜門である『せいがく』の入学試験を受けるためだった。

 ひざも腰も心臓も、全身がもう無理だと悲鳴を上げる。それでも、足を止めるわけにはいかない。

 必死で走っている理由は、王都に着くのが予定外に遅れたからだ。

 受験を決めた珠里はまず、旅費を稼ぐために家財をすべて売り払った。

 それでも、なんとか乗ることができたのは、行商人がついでにやっている乗合馬車だった。

 本来なら、二日前には到着しているはずだったが、商売の都合や悪天候で遅れに遅れ、十二日間の旅の果てに王都の門をくぐったのは、ついさっき──試験当日の朝だ。

 少しでも遅れたら試験は受けられない。そのため、珠里は生まれて初めて訪れた王都を駆けていた。

 幸いだったのは、目的地が、初めて街を訪れた者でも迷わない場所にあったことだ。

 湖に面した王都・えいらくは、北側に向けて緩やかに傾斜している、斜面に築かれた都市だった。王宮は街のもっとも高い場所にあり、受験会場である聖学府は、もっとも低い場所に建てられている。

 つまり、とにかく坂道を下り続けていけば、目的地に辿たどりつくはずだ。

 昨夜から、ずっと不安だった。

 間に合わなかったらどうしよう、すべてをけてここまできたのに受験さえできなかったらやりきれない。宮廷彫刻師になれないなら、死ぬのと同じだ。

 目の前に、聖学府の門が見える。

 門は閉じられ、剣を携えた衛士たちが警護をしていた。その周囲には、受験者と思われる若者たちが集まっている。

「よかった、間に合った。死なずにすんだよ」

 珠里は、胸の奥深くからつぶやいた。

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