第6話
「明日はいよいよ誕生日だね」
「……うん」
「ん、なんか浮かないね。ああ二十一歳最後の日を惜しんでるのか。わかる。もし俺が当時生きてたら鎌倉幕府最後の日とか多分泣いてた」
「いやそうじゃなくて」
誕生日前日の夜。数也はいつものように私の家のソファでくつろぎながら漫画を読んでいた。
その横で私はもやもやとしていた。誰にも話さず、スマホのパスワードを変えてまで、彼は何を隠しているのだろう。
「じゃなくて?」
「あー、いや」
彼の秘密を知りたい。でも今はそれと同じくらい知るのが怖いという気持ちもあった。
それを知ってしまったら、私たちはどうなってしまうんだろう。
「ううん、なんでもない」
「嘘だね」
「え」
あまりの即答に私は彼のほうを向く。彼は漫画から目を離し、真っ直ぐにこちらを見ていた。
「なんでわかるのよ」
「告白のときと真逆の顔してるから」
数也はさらりとそんなことを言った。
「なにを隠してるの?」
「……隠してるのはそっちでしょ」
一瞬、彼は考えるようにして「ああ、あれか」と言う。
「あ、もしかして気になってた?」
「夜も眠れないくらい」
「よく寝てたよ?」
「うるさい」
彼は小さく笑って「そっか」と呟いた。
「じゃあ教えてあげる。今日はぐっすり寝てほしいからね」
ごくり、と私の喉が音を出した。構わず彼は話を続ける。
「俺には秘密が四つあるって言ったよね」
「うん」
「まず1つ目」
私が頷くと、数也は人差し指を立てた。
それからそばに置いてあった鞄の中から数枚の紙を取り出す。
「俺はとっくに就活が終わっていて、来年から東京に就職が決まってるんだ」
「えっ、そうなの」
「うん。これで遠恋は回避だね」
にやりと彼は笑って、今度は中指を立てた。
「それから二つ目」
数也は持っていたA4サイズの紙を私に差し出す。
「東京にはこれを探しに行ってたんだ」
「……え」
私は受け取ったものの内容を見て言葉を失った。
それは東京近郊の賃貸物件情報が印刷された資料だった。
「二人の職場へのアクセスを考えて、家賃や設備別に何パターンか用意した」
「家を探しに行ってたの?」
「そういうこと」
ぱらぱら、とその資料に目を通すと、彼の言う通り各種条件が違う物件が揃えられていた。
「本当はもっと候補があったんだけど、全部見て回って厳選したのがこれだよ」
彼から受け取った物件の数は六件だった。厳選した、ということはさらに多くの物件を見て回ったということだろう。
そして私は各物件の共通点に気付く。
それは、すべて二部屋以上ある間取りだということ。
「ねえ、これって」
「三つ目」
彼は薬指を立てる。
「東京に行ったら、一緒に住まない?」
彼の言葉を聞いて、私は震えていた。
握る手に力が入り、持っている資料に皺が寄る。
「……なにそれ」
バカだ。本当に。
私は本当にバカだ。
「なによ、それ」
そうだった。彼はそういう人だった。
人との関わりが苦手で、それでも漫研に入ってしまうくらい漫画が好きで。
パスワードに設定してしまうくらい鎌倉幕府が好きで。
寒がりのくせに降ってほしいと願うくらい雪が好きで。
自分のことを全部打ち明けてしまうくらい、私のことが好きで。
彼はいつでも自分の好きなものに対して真っ直ぐだった。
「……ごめんなさい」
そして彼のそんなところが、私は大好きだったのに。
「え、嫌だった?」
「ちがう。ちがうの」
彼のことを信じきれなかった。そんな罪悪感で圧し潰されそうだった。
できるなら今すぐこの家から飛び出したい。でも、そんなことしても何にもならないことも分かっていた。
それなら私にできることは。
「ありがとう、数也。大好き」
何も隠さない。私の心を真っ直ぐに送る。
それを受け取った彼は、へへへ、と嬉しそうに笑った。
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