第2話「捜し物と裏の顔」



「不覚、お兄様から頂いた万年筆を落としてしまうなんて……!」


その日の勤務時間終了後、私は中庭に膝を付き探し物をしている。


机の周りにも、廊下にも、トイレも探したが見つからなかったので、ここしか考えられないのだ。









万年筆を探し茂みの中に入った時、バラの香水の香りが近づいて来ることに気づいた。


この独特の香水の匂いはエメリッヒ伯爵令息!


私は彼に会うのが面倒で、とっさに植え込みの影に隠れた。


「聞いたぜ、ワルフリート。

 お昼休みに木に登って仔猫を助けたんだって?」


「参ったな、もうそんなに噂になっていたのか」


どうやら彼は友人と一緒のようだった。


彼らは私が隠れている植え込み近くのベンチに座り、話し始めた。


万年筆を探せないし、香水の匂いでむせそうなので、どこかに行ってほしい。


「昼休みに同僚のブスが『木に登った仔猫が下りられなくなったの! お願い助けて!』って言いに来たんだよ。

 『鏡を見てから出直して来い! ブス!』って返してやりたかったよ。

 いつもならブスの申し出なんか聞かないんだけど、奴に話しかけられた場所が食堂でさ、周りには上司がいるわけ。

 ボクは貴公子で通ってるだろ?

 それでブスの話を無視できなくなった。

 だから、しょうがなく木に登って野良猫を助けたんだよ」


どことなく胡散臭い男だと思っていたが、彼は私の想像の斜め上をゆくゲスだった。


「今の話、女達には聞かせられないな」


「言ったところで誰も信じないよ。

 ボクは女性の前では爽やか好青年を完璧に演じてるからな」


「ひっでぇ。

 それで助けた猫はどうしたんだよ?」


「知らないね、あんな小汚い猫。

 その辺に捨てといたから、今ごろカラスにでも食われてるんじゃないか?」


「うっわ、可哀相」


「可哀相なのはこっちだよ。

 あの猫を触ってから、体が痒いんだよ。

 ノミがいたのかもしれない。

 誰も見ていないところで、あの猫を蹴り飛ばしておけばよかった!」


仔猫を蹴り飛ばそうという発想が出ただけで、彼の性格は終わっている。


「うわぁ、仔猫相手にそこまでするか?」


「ボクの服にノミを移したんだぞ! そのぐらいの罰は受けて当然だ!

 どうせ、仔猫なんか野生で一匹では生きていけない。

 あの場にいた皆そんなこと知っていたのに、誰も仔猫のその後の心配をしなかった。 

 あの猫はその程度の価値なんだよ」


彼の言葉が私の胸を抉られた。


木から降ろされた後も、仔猫の人生は続いていく。


それなのに、私は誰かが仔猫の面倒を見るだろうと思って、猫のその後を気にも止めなかった。


「まぁあの場にローレンシャッハ公爵令嬢がいたから、猫を許してやってもいいかな。

 仔猫を助けるボクの勇姿を、彼女に見せられたからね」


「彼女は宰相の娘だろ?

 一度交際を断られたのにまだ狙ってたのか?」


「当然だ!

 彼女は、容姿、スタイル、身分、親の職業、どれをとっても完璧!

 彼女はパーティーでボクを引き立てるいいアクセサリーになる!

 ややお転婆なのが気になるが、そこはボクがうまく調教するよ!」


身分や、お父様の役職に釣られてやってくる男には、碌な奴がいない!


誰があなたと付き合うものですか!


「そろそろ帰ろうぜ。雨が降りそうだ」


そう彼の友人が言い、彼らは席を立った。


「そういえば、昼休みにこの辺にダサい万年筆が落ちてたんだよな」


エメリッヒ伯爵令息が呟いた。


それって私が落とした万年筆!


「それで、その万年筆を拾って届けたのか?」


「まさか。持ち主が拾いに来ても見つからないように、植え込みの方に蹴り飛ばしておいたよ」


万年筆が中々見つからなかったのはあいつのせいだったのね!


「ひっでぇ。

 やっぱお前最低だわ」


「顔がいい男は何をしても許されるんだよ」


彼は高らかに笑いながら、去っていった。






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