第2話

次の日からマリンによる厳しい指導が始まった。

夢二の宮廷での生活は、マリンによる厳格で辛辣な指導の連続だった。特に、ネクタイを結ぶ技術において彼は大きな苦労をしていた。

「夢二様、それではいつまで経っても宮廷にふさわしい紳士にはなれませんよ。そんな下手な手つきでは、ただの農夫にも劣ります」とマリンは鋭く言った。彼女の冷たい目は、夢二の不器用さを厳しく非難していた。

彼女は夢二の手を取り、彼のネクタイを正しい位置に持っていきながら指導を続けた。「こうしてネクタイの広い部分を持ち、狭い部分を長く下げます。この基本もできないなんて、どうしようもないですね。」

彼女はさらに厳しい口調で続けた。「広い部分を狭い部分の上にかけ、一回裏側に回すのです。それくらいのこともできないなんて、情けない。」マリンの手つきは確かで、彼女は一つ一つのステップを完璧に実行していた。

夢二が自分でネクタイを結ぶと、マリンは冷たい声で言った。「そんな不器用な手つきでは、いつまでたっても宮廷の笑いものです。もっと集中してください。」

「こうしてループを作り、広い部分を通します。そして、きちんと引き締めるのです。ここまで教えてもらっても、まともにできないなんて、本当に救いようがありませんね。」

夢二がようやくネクタイの結び目を完成させると、マリンは一歩後ろに下がり、夢二の作業をじっと見つめた。「まあ、それでも少しはマシになりました。少なくとも、恥をかかずに済みます。ただし、まだまだ宮廷に相応しいレベルには程遠いですが。」

夢二は鏡に映る自分を見て、マリンの厳しい言葉に心を痛めながらも、わずかな達成感を覚えた。彼はマリンの指導に感謝しつつ、宮廷生活において求められる高い水準を痛感した。彼は自分がまだ宮廷生活に適応するための多くの努力が必要であることを実感し、改善のために努めることを決意した。


「夢二様、そのような食事の仕方では、ただの無作法者と見られてしまいます」とマリンは言った。彼女の長いまつげが不承認の表情でわずかに震えた。「スープを飲む際の音は、宮廷のマナー違反です。もっと礼儀をわきまえてください。」

マリンは夢二の手を取り、スープの正しいすくい方を教えた。「こうやって、静かにスプーンの側面ですくい上げます。そして、口に運ぶ際には、音を立てないように…」彼女の細長い指が器用にスプーンを操作し、夢二は彼女の手の動きを注視した。

夢二がスープを飲む際にわずかな音を立てると、マリンは即座に叱りつけた。「宮廷での食事は単なる食事以上のものです。あなたの振る舞いは、宮廷の名誉にかかわります」と彼女は憤慨し、その鋭い目つきが夢二に突き刺さった。

「すみません、マリンさん。気をつけます」と夢二は謙虚に答え、再度スープを静かにすくった。彼の動作はまだ完璧ではなかったが、マリンの指導を真剣に受け入れていた。

マリンは彼の努力を認め、「少しは良くなったようですね」と言いながらも、「まだまだです。宮廷では細部にまで注意を払うことが求められます」と厳しく忠告した。彼女の言葉は優雅さと冷徹さが含まれていた。マリンは決して食事会場では注意しなかったが、その時でもさりげなく夢二の食事作法を見ていたのであった。

「夢二様がきてから食事の味わいというものを感じられなくなりました。私が味を感じられるよう早くマスターしてくださいね。」


夢二は朝からマリンの徹底的な指導によって午前中に既にもう一日を過ごしたかの様な疲れがどっと襲ってきたのであった。

またあくる日、夢二は宮廷の図書館で本を選ぶ際にマリンから文学作品の選び方についてアドバイスを受けた。

「この作品は宮廷の歴史について詳しく書かれています。読むことで、貴族としての知識を深めることができます」とマリンが推薦した。夢二は彼女のお勧めの本を手に取り、読むことを決めた。


ある朝、夢二が朝食をとっていると、マリンが隣から。彼女はいつものように厳しい表情で、「今日は図書館で詩の朗読会があります。エルシオン宮殿での文化生活に触れる良い機会ですので、参加することをお勧めします」と告げた。

夢二は少し驚いたが、新しい経験に興味を示し、彼女の提案に同意した。彼はこのような上品な文化活動に触れるのは初めてだったので、何を期待していいのか分からなかったが、心のどこかでわくわくしていた。夢二は日本で生きていた時から仏教などの文化には興味は持っていたが金銭的な面からあまり文化的な活動はできなかったのだ。

夕方、マリンに導かれ、夢二は図書館へと向かった。部屋に足を踏み入れると、そこには貴族たちが静かに座っており、夢二はその場の緊張感に圧倒された。彼らは静かにお互いの服装を賞賛し合い、静かな雑談を交わしていた。その中にサラの姿があった。

朗読が始まると、部屋の雰囲気は一変し、聴衆は詩人の声に集中した。詩人は、愛や自然、そして英雄的な物語について情感豊かに語り、夢二は彼の言葉に魅了された。夢二は、詩の言葉が生み出す情景を想像しながら、その言葉の美しさに心を寄せた。

朗読の後、夢二は自分の感想をマリンに話そうとしたが、彼女は淡々と彼の考えを聞いていた。マリンは夢二に、「宮廷生活はこのような文化的な活動で成り立っています。これからも色々な行事に参加して、貴族としての教養を深めてください」と諭した。



リリアーナは夢二の部屋に珍しく訪れ、彼女の存在だけで部屋の空気が変わった。夢二は緊張し、彼女の姿に驚きを隠せなかった。リリアーナは優雅に椅子に腰掛け、夢二をじっと見つめた。

「お久しぶりね、夢二。」リリアーナの声は穏やかで、しかし何かを秘めているようだった。「多少はこの生活にも慣れたかしら。」

「はい、少しは慣れました。マリンに厳しく指導されていますから。」夢二は控えめに答え、マリンの方をちらりと見た。マリンはそれに対し軽くうなずいた。

リリアーナはしばしの沈黙の後、重要なことを伝えるかのように言葉を紡ぎ始めた。「夢二、あなたの特殊な能力は私たちにとって非常に価値があります。あなたがこんな豪華な生活を送れるのも、その能力が聖職者様によって見出されたおかげよ。」

夢二はリリアーナの言葉に緊張を深めながら、彼女の次の言葉を待った。

「私は、そんなあなたに特別な役割を担ってもらいたいのです。」リリアーナは深刻な面持ちで続けた。「あなたの能力は、ただの個人的な贈り物ではなく、エルシオンの未来に大きな影響を与えるもの。あなたは宮廷内外の人々の心情を読み取ることができ、私たちに必要な情報を提供することができます。そこであなたには、宮廷内外での内密の情報収集者として働いてもらいます。」


夢二は戸惑いを隠せず、「でも、私は…」と言葉を続けることができなかった。


この時、マリンが冷たく割り込んだ。「夢二様、これは大変な名誉です。リリアーナ様の直々の命令を受けることができるなんて、誰もが望む機会です。あなたの能力が宮廷のために役立つのですから。」


リリアーナは微笑みを浮かべながら続けた。「あなたの能力は、私たちの計画に不可欠です。あなたが集めた情報は、宮廷の未来に大きな影響を及ぼすでしょう。」


夢二は内心で様々な感情が渦巻いていたが、リリアーナの言葉に従うことに決め、「わかりました、リリアーナ様。私の能力でお力になれるのなら、全力を尽くします。」と答えた。


リリアーナは満足げに頷き、「それでいいのです。マリンがあなたのサポートをしますので、何かあれば彼女に相談してください。」


夢二はリリアーナの視線をそらし床を見ながら、しぶしぶうなずくようなそぶりを見せた。


「夢二、私があなたに求めているのは、単なる情報収集以上のものです。」リリアーナは続けた。「宮廷内に潜む、より大きな脅威を探り出すこと。」


夢二は緊張を隠せずに尋ねた。「どのような脅威ですか、リリアーナ様?」


リリアーナは一瞬言葉を選ぶように黙った後、ゆっくりと話し始めた。「私たちの国は現在、外部からの影響を受けやすい状況にあります。特に、隣国のスパイが宮廷内に潜入している可能性があります。」


「スパイですか…」夢二は重々しく頷いた。


「はい。」リリアーナは深刻な面持ちで続けた。「彼らは、私たちの政治や経済に影響を与えるために、情報を盗み出したり、私たちの貴族たちを操ったりしているのです。あなたの能力で、これらのスパイを見つけ出し、彼らの目的と同盟者を明らかにしてください。」


夢二はこの重大な任務に圧倒されつつも、リリアーナの言葉に従うことを決心した。「わかりました、リリアーナ様。私の能力で、できることなら試してみるだけ試してみます。」

リリアーナの言葉に従うと答える際、夢二の声は小さく、彼の言葉には確信が欠けていた。

リリアーナはそれでも満足そうに頷き、「それを聞いて安心しました。私たちの宮廷の未来は、あなたの手にかかっています。」と言った。

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見せかけのエルシオン 磯部 たつじ @kyouka29

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