見せかけのエルシオン

清水 京紀

第1話

夢二が目を覚ましたとき、彼は見知らぬ天井を見上げていた。彼の視界はぼんやりとしており、徐々に周囲の豪華な装飾が鮮明になってきた。彼が横たわっているのは細工の込められた天蓋ベッドで、部屋は金箔と絹のタペストリーで飾られていた。窓からは柔らかな日光が差し込み、部屋全体を温かく照らしていた。

「ここはどこだろう…?」夢二は困惑しながら呟いた。彼の記憶は断片的で、最後に覚えているのは電車の中で音楽を聴いていたことだった。

部屋のドアが静かに開き、深紅のドレスを身に纏った美しい女性が現れた。彼女はリリアーナと名乗り、その目は秘密を秘めた深い青色で輝いていた。彼女の姿はまるで古い絵画から飛び出してきたかのようだった。

「やっと目覚めたようですね」とメイドの一人が言った。

「私から話してみます」と一番豪華な服装をした銀髪の青い目をした女性が言った。彼女は夢二の方に歩み寄り、「体調はどうですか?」と尋ねた。彼女の手には白いシルクのグローブがはめられており、その光沢が目を引いた。

体調?いやさっきまではっきりとした記憶があるぞ、たしか電車で音楽を聴きながら、ネットニュースを見ていたらとつぜん長髪の女が無言でさしころしてきたような。それから意識がなくなって。あっここは夢かもしれない。そもそも今見ているものが夢で殺されたのは夢のまた夢?よくわからなくなってきたな。このような一通りの思考を夢二は一瞬で巡らせたのであった。

夢二はまえの美女をひとつも気にすることなく思考にふけっていた。

「あなたは選ばれし者。エルシオンに新たな希望をもたらす者です」とリリアーナは静かに語った。何言ってるんだ、この美女は。それから刺激の強い興奮を催す甘い香りがする。

夢二は混乱を隠せないままで、疑問を素直に口にした。「選ばれし者…ですか?どういうことですか?」

リリアーナは優雅に微笑んだ。「あなたには特別な力があります。それがこの国を救う鍵となるのです。」夢二はそんなことは意味が分からずリリアーナのしている白いシルクのグローブに見とれていた。あれはいくらするのだろう。「この人話ちゃんと聞いてないし、聞く気もないのでは?」といった。そのメイドの言葉を聞き夢二は小さなお人形みたな黒と白のロリータファッションしているメイドの方に視線をやりその視線を上にもっていくと、ちょっと機嫌の悪そうな美女の顔が目に入った。


夢二が目を覚ましたことをメイドの一人が伝えに行くと、赤と黄色の装飾が目立つ剣士のような体格のいい男が部屋に入ってきた。彼の堂々とした立ち姿と自信に満ちた表情は、一目で彼が高い地位の人物であることを示していた。

「この人が神に近しい能力を持つとされている者か」と男は夢二をじっと見つめながら言った。

夢二はその剣士の言葉に動揺し、ベッドから体を乗り出して自分の姿を確認した。彼はいつもの小さな体躯と貧弱な腕を見て安堵した。自分の顎を触りながら、アデノイドであることも確認し、「ああ、よかった。容姿は変わっていないようだ」とつぶやいた。

リリアーナはその場にいたメイドたちに一瞥を投げ、「彼はまだここにいる世界を理解しようとしているのです。時間をください」と静かに彼らに告げた。

夢二は剣士とリリアーナの間で交わされる言葉に耳を傾けながらも、まだこの新しい世界と自分の役割について混乱していた。彼は心の中で、「一体、これからどうなるのだろう」と自問していた。

夢二は急に眠気がさしてきた。どうやら時差ぼけのような転生による負荷が今になって起きたのであった。

リリアーナは夢二が目を覚ましてからワクワクしていた。大司教にここ最近で野力者がこの宮殿内に現れると聞いていたのだ。


夢二が再び目を覚ました時、彼はエルシオン宮殿の別の、より質素な部屋にいた。彼が突然眠りについてから一週間が経っていた。窓からの光がやわらかく部屋を照らし、彼は少し落ち着いた気持ちで周囲を見渡し、自分の置かれた状況を理解しようとした。部屋には誰もおらず、夢二はこれを散策の絶好の機会だと考えた。

重い足を引きずりながら、彼は広い部屋にある荘厳な茶色のドアへと歩いていった。ドアを開けると、背丈の低いが重厚な鎧を身に纏った騎士、ギルバートが立っていた。

「あなたはエルシオン宮殿の新しい来訪者ですね」とギルバートは言った。「どこへ行かれるつもりですか?」

「ちょっとトイレに」と夢二は答えたが、実際にはトイレに行きたいわけではなかった。彼は単に宮殿を探索したいだけだった。しかし、ギルバートは夢二の言葉を真に受け、「そうですか、トイレはあちらです。ついていきましょう」と言った。

夢二は困惑しながらもギルバートに従った。彼の心には物欲がほとんどなく、ただ性欲と承認欲求が存在していた。宮殿内を歩きながら、彼はこの新しい世界の豪華さと自分の過去の生活との隔たりを感じていた。

「では行きましょう」とギルバートが言い、二人は宮殿の廊下を進んでいった。夢二はギルバートから宮殿の構造や日常の様子について聞きながら、この新しい世界での自分の位置を探ろうとした。

廊下を歩きながら、夢二はギルバートにこの世界について質問を始めた。

「エルシオン宮殿はいつから存在しているのですか?」夢二が尋ねた。

ギルバートは「エルシオン宮殿は数百年の歴史を持ち、この国の象徴です。数々の王や女王がここで治めてきました」と答えた。

夢二は興味深く聞き続けた。「この国の人々は、どんな生活をしているんですか?」

ギルバートは少し考えてから、「貴族と農民の間には大きな隔たりがあります。貴族は豊かで権力を持っていますが、多くの農民は日々の生活に苦労しています」と語った。

夢二は次に、「この国にはどんな問題があるんですか?」と質問した。

「最近では、農民の間に不満が高まっています。税の問題や土地の所有権に関する争いが原因です」とギルバートは答えた。「それに、貴族たちの中には変化に抵抗する者も多く、国内は緊張しています。」

夢二はこの新しい世界の複雑な社会構造を理解しようとしながら、ギルバートの話に耳を傾け続けた。夢二はエルシオン王国の現状を把握したいのはもちろん自分がただ興味があったからであり、この世界がどうなろうとどうでもよかった。それを得意の空気を読むという日本人の性質によりなんとか話を続けることができたのであった。

そして無駄に広々としたトイレに誘導され、陶器に向かっておしっこをしようと試みたが、まったくでなかった。そしたら隣で用を足すギルパートが真面目な顔で「トイレ行きたかったのではなかったのですか?」と聞いてきた。


夢二はトイレに行った後、この宮殿を散策したいと正直にギルバートに伝えてみたが、その話はあっけなく却下されてしまい。その理由がリリアーナに起きたら伝えるよう頼まれていたのと、リリアーナが夢二と話したいからであった。夢二は部屋に戻り、娯楽のない部屋に戻ってやることもなくぼーっとしていた。これはある種の諦観であろう。


すると廊下から派手なハイヒールのコツコツとした足音が聞こえてきた。「ああ、きやがった。」と夢二は思った。美女と話すのは無駄に緊張するから夢二は嫌だったのだ。

ドアが開き、リリアーナが入ってきた。彼女は彼に向かって微笑みながら言った、「あなたの特別な力についてお話ししましょう。

ドアが開き、リリアーナが華麗な姿で入ってきた。彼女は彼に向かって優しく微笑みながら言った、「あなたの特別な力について、少し詳しく話しましょう。」

リリアーナは夢二の前に座り、彼の目をじっと見つめながら、静かに言葉を紡ぎ始めた。

「夢二さん、あなたの持つ特別な能力について、もう少し詳しく話しましょう。この情報は私が直接、宮殿の最高位の聖職者から聞いたものです。」

夢二は少し緊張しながらも、リリアーナの言葉に耳を傾けた。

「あなたの能力、それは他人の感情や記憶を読み取ることができるというものですが、一つ重要な制約があります。」リリアーナはゆっくりと言葉を選びながら説明した。「それは、対象の人物の手を握ることが必要なのです。物理的な接触がなければ、能力は発動しません。」

夢二は驚きとともに理解を示した。「手を…握るんですね。それだけで、人の心が読めるんですか?」

リリアーナは頷きながら続けた。「はい、ですがこの能力には注意が必要です。特に、感情や記憶を読み取った際の影響は、あなた自身にも及びます。深い感情を共有することは、あなたの心に大きな負担をかけることがあります。」

夢二は深く考え込みながら、リリアーナに質問を投げかけた。「この力を使って、本当にエルシオン王国を助けることができるのでしょうか?」

リリアーナは優しく微笑み、「あなたの力は大きな希望です。しかし、その使い方には慎重になる必要があります。あなたの能力で民衆の不安や貴族たちの本心を理解し、対話を促進することで、より良い解決策を見つけることができるでしょう。」

夢二はリリアーナの言葉に心を動かされ、彼女の支援のもと、自分の能力を試すことを決心した。「まずはためしてみたいのですが、、」というと「まずは私でためしてみて」とリリアーナは手を差し出してきた。

夢二はリリアーナの手を握り、集中を深めて彼女の内面へと意識を向けた。彼の心はリリアーナの感情の海に静かに浸かり、彼女の真実を探った。 彼がリリアーナの心の中で見たのは、夢二に対する強い嫌悪感だった。「この人の手を握るなんて…。こんなにも汚らしくて、不快な感触。」リリアーナの心は夢二の触れた手に対する反感で満ちていた。 「べとべとして、脂っぽくて…」彼女の内面の声は、夢二の物理的な存在に対する不快感を露わにしていた。彼女は夢二に肉体的な嫌悪を感じており、その感情は彼女の心の奥深くに根付いていた。 さらに、リリアーナの心の中では、「いつになったらこの瞬間が終わるのだろう…」という思いが渦巻いていた。夢二とのこの短いやりとりが、彼女にとってどれほど不快なものであったかが明らかになった。 夢二はリリアーナの手からゆっくりと自分の手を引き離し、目の前の彼女の顔を見つめた。彼女の表情は変わらず穏やかだったが、夢二はリリアーナの心の中の真実に深く傷ついていた。 「リリアーナさん、ありがとうございました」と夢二は静かに言葉を返した。声にはわずかな震えがあった。 リリアーナは夢二の変化に気づかず、「大丈夫ですか?何かおかしなことがありましたか?」と尋ねた。 夢二は内心で疑問を抱いた。リリアーナが自ら手を差し出したのに、なぜ彼に対するこんな感情を持っていたのか。彼は強い困惑とともに、「いえ、大丈夫です。少し疲れただけです」と答え、無理に笑顔を作った。 しかし、彼の心はリリアーナの本心を知ったことで揺れ動いていた。彼はこれからどう自分の能力を使いこなすか、自分のメンタルが耐えられるのか、それとそんなに人の手を握って感情を読み取る機会があるのか疑問に思った。「疲れたって、そりゃあなた何日も飲まず食わずだったでしょう?」ああそういえばこちらに来てから夢二は何も食べた記憶がないことに気づいた。またなぜかお腹がすかなかった。「よかっら、一緒に食事しない。宮殿のひとたちとで食べましょうよ。」夢二はリリアーナの提案に、一瞬ためらいを見せた。「ええと、実は一人で静かに食事を取りたいんですが…」

リリアーナは驚いた表情で夢二を見つめた。「一人で食事ですか?ここではそれは珍しいことですよ。普段、私たちは皆で集まって食事をします。聖職者や貴族、さらには剣士や上級のメイドたちまで。それは宮殿の伝統なのです。」

夢二はしばらく沈黙した後、静かに答えた。「はい、分かっていますが、少し静かな時間が必要なんです。」

リリアーナは苦笑しながら言った。「一人で食べるなんて、ここでは少し変わった行動と思われるかもしれませんよ。まるで精神病者のように見られるかもしれません。それでもよろしいですか?」

夢二は一瞬ためらい「はい、それでも構いません。自分のペースで過ごしたいだけですから。」言った。夢二の言葉に、リリアーナは納得がいかない様子で、その瞬間、夢二の手首をシルクの手袋でぐっと掴んだ。彼女の握る力は意外にも強く、夢二はその力に圧倒されてしまった。「さあ、行きましょう。」リリアーナの声には、断る余地がないという決定的な響きがあった。

夢二はリリアーナに引かれるようにして、エルシオン宮殿の食事会場へと向かった。部屋に足を踏み入れると、そこはまるで異世界の宮殿のような豪華さで満ちていた。重厚なシャンデリアから落ちる光が、金と銀で飾り立てられたテーブルを輝かせていた。テーブルには様々な種類の料理が並べられており、その華やかさに夢二は目を奪われた。

夢二はリリアーナと一緒に歩きながら、周りの緊張感を感じ取っていた。貴族や聖職者たちが座るテーブルの周りには、形式ばった雰囲気が漂っていた。それぞれの服装は地位を示す豪華な装飾で飾られており、彼らの間には威厳があふれていた。

リリアーナは夢二に「食事を楽しんでくださいね」と言い残すと、彼女は会場の奥にある、より格式の高い席へと向かった。そこには真珠のアクセサリーや色とりどりの羽飾りが施された帽子をかぶった、より高い階級の貴族や騎士たちが座っていた。彼らの間には親しげな雰囲気が漂っており、リリアーナも彼らと自然に会話を交わしながら華憐に席に着いた。夢二はぼーっとしてどこにすわればいいかわからずあたふたしていたら、以前見かけたことのある茶色髪の茶色の目をしたメイドが少し不機嫌な顔をしながら、こちらにあゆみより、「席をご案内します。」といわれ夢二はついていった。

夢二はテーブルの真ん中より少し手前の案内してくれたメイドのそばを案内された。夢二はこの食事するメンバーの顔面偏差値の高さに驚いた。これがまさに階級社会という奴かと思った。夢二は自分の出っ張っている歯とアデノイドがここだと余計に目立ってしまう気がした。メイドに常対態度をとられるのも自分の外見が醜いからだと思い込んでいた。

夢二はナイフとフォークを手に取り、料理に手をつけた。彼は一口食べるごとにその豊かな味わいに驚きながらも、心の中では食事のマナーに自信がなく、周りの貴族たちの動きをちらちらと盗み見ていた。

隣の席に座った若い貴族が夢二に話しかけてきた。「初めての宮廷の晩餐会ですか?」

夢二は少し緊張しながら答えた。「ええ、そうです。少し緊張しています。」

貴族は微笑んで言った。「ご心配なく、私たちも最初は皆そうでした。この料理はいかがですか?」

夢二は食事を続けながら答えた。「美味しいですが、正直、こんなに豪華な食事は慣れていません。」

会話はそこで途切れ、夢二は再び食事に集中した。彼はナイフとフォークを使って慎重に料理を切り分け、周囲の貴族たちの洗練された振る舞いを見習おうとした。

食事の間、彼は貴族たちの会話に耳を傾けたが、話題の多くは彼には縁遠いものだった。夢二はテーブルの周りで交わされる会話に耳を傾けた。

隣の席の貴族が話し始めた。「最近の舞踏会では、カウントの娘が驚くほど華麗なダンスを披露したそうですね。」

別の貴族が笑いながら応じた。「ええ、彼女のダンスは宮廷中が騒然となりましたよ。」

「宮廷の芸術展示会も素晴らしかったですわ」と、別の席の若い女性が加わった。「特に、新進画家の作品が目を引きました。」

夢二はそっと口を開けた。「芸術はいいですね。でも、私はあまり詳しくないんです。」

「そうですか?」と前の席の貴族が驚いた顔で言った。「興味があれば、ぜひ私がご案内しますよ。宮廷には素晴らしい作品がたくさんありますから。」

夢二は微笑みながら「それはありがたいですが、私はもう少し庶民的な芸術に興味がありますね。市場の人々が描く生活の風景とか。」

会話は一瞬静かになった。

食事が進むにつれ、夢二はますます周りとの距離を感じ、自分の出っ歯とアデノイドが余計に目立つような気がして落ち着かなくなった。彼は食事を終えると、すぐにその場を離れることを考えていた。夢二はみなに食べつスピードを合わせた。それでもこの宮殿の人たちはみなかなりゆっくり食事を味わう。それは現代日本と違っていた。夢二には味わって食べたという記憶がない。隣のメイドは肉のきりかた、ソースの絡め方、口への持って生き方すべてが洗練されていた。あまりに見つめるものだから、メイドは夢二の冷たい目線でにらんだ。

騎士たちのテーブルでは、今後の訓練や任務についての会話が交わされていました。

「来週の騎士訓練、かなり厳しいものになりそうだ」と一人の騎士が言った。

別の騎士が答えた。「ええ、しかし、それが我々の技量を高めるためには必要です。特に、最近の境界地域の緊張を考えるとね。」

「そうですね。安全を守るためには、常に準備が必要ですから」と別の騎士が付け加えた。

一人の若い騎士が興奮して話し始めた。「しかし、来月の大会が楽しみです!去年は惜しくも2位だったから、今年は絶対に優勝したい!」

「ああ、その大会は毎年盛り上がりますね。我々も応援に行きましょう」と年配の騎士が微笑みながら言った。

彼らの会話は、騎士としての誇りと任務への献身を感じさせるものであった。


夕暮れ時、エルシオン宮殿の庭園は黄金色の光に包まれていた。夢二は、宮廷生活の緊張から逃れ、静けさを求めて散歩していた。その時、彼の目の前に、まるで絵画から抜け出したような女性が現れた。彼女は貴族の衣装を身に纏い、その姿は花々の中で際立っていた。彼女の長い金髪は夕日に照らされて輝き、青い瞳は穏やかさと知性を宿していた。その優雅な佇まいは、周囲の自然の美しさをさらに引き立てていた。

女性は夢二に気づき、柔らかな声で話しかけた。「こんばんは、静かな夜を楽しんでいらっしゃいますか?」

夢二は彼女の美しさと優しさに心を打たれ、答えた。「はい、少しだけ…。宮廷の喧騒から離れて、心を休めたくて。」

彼女は微笑みながら言った。「私も同じです。この庭園は、私にとって特別な場所なんです。」

「この庭園は本当に美しいですね。」夢二は感嘆の声を漏らしました。 ヘンリは微笑みながら答えました。「ええ、季節の変わり目ごとに違った顔を見せてくれるんです。」 夢二は周りを見渡しながら、「宮廷生活にはまだ慣れませんが、ここは心が休まりますね。」 「宮廷は初めは圧倒されます。でも、時間が経つにつれて、その魅力が見えてきますよ。」ヘンリが答えました。 夢二は考え込むように言いました。「宮廷の生活は、外から見るよりも複雑です。」 「それは確かにそうですね。でも、ここには私たちのように感じる人々もたくさんいます。」ヘンリの目は優しく輝いていました。

「すみません、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」夢二は少し緊張しながら尋ねた。

彼女は優しく微笑み、「もちろんです。私はヘンリと申します。」と答えた。

夢二は「ヘンリ様、美しいお名前ですね。私は夢二です」と返した。

ヘンリとの出会いは夢二にとって特別なものであり、彼女の優しさと美しさは彼の心を和らげ、宮廷生活への見方を変え始めていた。


夕日が庭園に和らげられた影を落とし、二人は散策を続けました。夢二は周囲の花々に見とれながら、ヘンリに尋ねました。「ヘンリ様、ここにいらっしゃるとき、何を思いますか?」

ヘンリは一瞬考え、優しい声で答えました。「私は、この美しい自然がどれほど多くの物語を秘めているかを想像します。そして、私たちの生活がこれらの美しいものにどう影響されているのかを考えます。」

夢二はヘンリの言葉に心を動かされました。「確かに、自然は私たちの生活に深く関わっていますね。」

二人はしばらく無言で歩き続けました。夢二はヘンリの側にいると、宮廷の複雑さから逃れることができるような安堵感を覚えました。彼女の存在は彼にとって、宮廷での生活における一筋の光のように感じられました。

「ヘンリ様、もしよろしければ、またこの庭園でお話しできないでしょうか?」夢二は思い切って尋ねました。

ヘンリは微笑み、「もちろんです、夢二様。ここは私たちの特別な場所になりそうですね。」

二人の間には、新しい絆と理解が生まれつつありました。


その日の夜夢二はなかなか寝付けなかった。夢二の心は興奮していた。頑張って寝ようとしたが、ヘンリの顔や匂い、会話までもが何回も頭の中で繰り返される。そのためこの広い寝室部屋の中でも孤独を感じることはなかった。


翌朝、まだ半分眠りについていた夢二の耳に、ドアがノックされる音が響いた。部屋には、いつも彼の世話をするメイドが入ってきた。彼女は夢二の目にはいつも冷たく、厳しい印象を与える女性だった。それは釣り目で、暗い栗色の髪はしっかりとまとめられ、服装はいつも完璧に整えられていたからであった。また夢二は彼女の名前すら知らなかった。

「おはようございます。」彼女の声はいつも通り、感情を削ぎ落としたような冷たさを含んでいた。「早く起きてください。これが今日の服です。」彼女は夢二のサイドテーブルに服を置くと、急いで部屋を出ようとした。「着替えたらすぐに食事会場に来てください。」

夢二は彼女に感謝を伝えようとしたが、彼女はすでに扉を閉めて部屋を出てしまった。「ありがとう」と夢二は小さく呟いたが、その声は空虚に響いただけだった。

彼女の冷たい態度は夢二を困惑させたが、同時に彼は彼女の厳格さにある種の尊敬の念を抱いていた。夢二は着替えて食事会場に向かうと決め、彼女のことを考えながら服を手に取った。

夢二はメイドが置いていった服を手に取り、ゆっくりと身に着け始めた。彼の前に広がるのは、細かい刺繍が施された豪華な貴族の服装だった。服は繊細な手仕事で作られており、夢二はその美しさに改めて驚いた。しかし、彼は鏡の前に立ち、自分の姿を眺めると、内心では自嘲的な笑みを浮かべた。彼のアデノイドと出っ歯の顔が、この華やかな服と不釣り合いに見えたのだ。

「こんな服、僕には似合わないな」と夢二は自嘲的につぶやきながらも、服を着続けた。彼はこの宮廷での生活に適応しようと努力していたが、自分自身とのギャップに時折戸惑っていた。

着替えを終えた夢二は、深呼吸をして自分を奮い立たせた。「まあ、これも経験だ」と心の中で自分に言い聞かせながら、彼は部屋を出て食事会場へと向かった。

廊下を歩きながら、夢二は他の貴族たちの豪華な服装と自分を比べてみた。彼は彼らの中でどう見られているのか、と考えながら、自分の立ち位置を探ろうとした。彼はこの宮廷での自分の役割と存在感を確立することに、日々奮闘していた。

夢二は昨夜とは異なる様子の朝食会場に足を踏み入れた。長いテーブルは撤去され、代わりに6人が座れる円卓が複数設置されていた。部屋は活気に満ち、人数が増えたことで、よりにぎやかな雰囲気が漂っていた。これはおそらく、朝食では下級メイドや使用人も上級権力者と同じ空間で食事をすることが許されているからだろう。

夢二は周りを見渡し、リリアーナとヘンリが遠くの別のテーブルに座っているのを見つけた。彼らは彼の席からは距離があったが、彼の目はしばしばそちらに向けられた。

夢二がどこに座っていいかドア近くの使用人に尋ねると慌てて例のメイドが近寄ってきて、「案内します。」といった。彼女が冷たく「ここに座ってください」と言ったので、夢二は従った。同じテーブルには他に見知らぬ人々が座っていたが、彼らは挨拶を交わすことはなかった。

「昨夜のコンサートは本当に素晴らしかったですね」と、隣に座る貴婦人が話し始めた。彼女の声は興奮に満ちていた。

「確かに、あのヴァイオリンのソロは感動的でした」と、別の貴族が応じた。彼の目は、思い出される音楽の美しさに輝いていた。

その時、夢二の視線はテーブルの向かい側に座る貴族に引き寄せられた。彼はエリナに話しかけていた。「エリナ、先日の晩餐会のお料理の配膳は素晴らしかった。あなたの努力に感謝します。」

エリナは穏やかに微笑みながら答えた。「ありがとうございます、貴族様。皆様に喜んでいただけて、私も嬉しいです。」

夢二はその言葉に耳を疑った。彼はずっと彼女の名前を知らずにいたが、その瞬間にエリナという名前を知った。彼は彼女の名前を心の中で反芻し、彼女の存在がより身近に感じられた。

しかし、その一方で夢二は自分のコンプレックスと疎外感を感じていた。彼は貴族たちの豪華で上品な朝食風景に目をやり、彼らの無邪気な談笑に農民との摩擦が高まる現実との対比を考えた。

テーブルには新鮮なフルーツ、温かいクロワッサン、様々な種類のチーズが並んでいた。貴族たちは優雅にフルーツを味わい、クロワッサンを紅茶に浸して楽しんでいた。夢二はその風景を見ながら、自分の身の回りで起きていることに対する感情を抱えていた。

夢二は自分の小さな皿に少しずつ食べ物を取り、彼らの会話に耳を傾けつつ、自分の居場所を模索した。彼の心は複雑な感情で満たされていた。

その時、夢二は不注意で紅茶をテーブルクロスにこぼしてしまった。一瞬の静寂の後、周囲の貴族たちは冷ややかな眼差しで彼を見た。夢二は慌てて紅茶を拭こうとしたが、誰も助けの手を差し伸べようとしなかった。

その時、エリナが彼の横に静かに近づき、「どじですね」と冷たく言いながらも、ナプキンでこぼれた紅茶を拭き始めた。彼女の声には厳しさが漂っていたが、その行動は予期せぬ優しさを感じさせた。

夢二は彼女の行動に驚きつつも、「ありがとうございます」と小声で呟いた。「もうどいてください。じゃまです」とエリナが後処理をしてくれたので、夢二はエリナの後をただ見守るだけになってしまったが、先ほどの食事中の気まずさが晴れたようで、またエリナの優しさに触れることもでき、自分が紅茶をこぼしたのはラッキーだと思った。しかしそれにくらべてこの他の貴族は冷たい視線をたびたびこちらに向けてくる。けっして何かを言わないが、これが無言の圧力というものだ。夢二はエリナの後処理が終わり、再び席に着くことが憚られたが、勝手に自分の寝室に戻るわけにいかないと思い、ナプキンを下で意地ってばれないように遊んでいた。そしてたびたびヘレンをチラ見した。貴族たちの会話は続く。

「昨日は夜なかなか寝付けなくってね、それで本を読もうと思いましたの、それがその本が面白くってね、悲劇的な恋の物語なの。」」

「そうですね、それに比べると、私たちの日常は少し退屈かもしれません」ともう一人の女性貴族が笑いながら付け加えた。彼女はエリナに向かって軽くうなずき、エリナは彼女に穏


やかに微笑んだ。

隣の男性貴族が会話に加わり、「しかし、宮廷生活にはその退屈さがまた魅力的なのです。予測不能な出来事がいつ起こるか分からないからこそ、興味深いですよ」と言い、夢二の方を見てぎこちなく微笑んだ。

夢二は軽く頷きながらも、彼らの会話に少し距離を感じていた。彼はメイドのエリナが静かに料理を配膳しているのを見て、彼女の存在がこのテーブルの雰囲気をさらに引き立てていることに気づいた。

「それにしても、最近の政治の動向は気になりますね」と、もう一人の男性貴族が言い出した。「特に、マーキュリー王の増税の話題は避けて通れないでしょう。」

「マーキュリー王が近々増税をするらしいですね」と一人の貴族が高慢に言い出した。「農民たちには厳しいかもしれませんが、国の財政を考えれば仕方がないですよね。」

隣の貴族が同意するように頷きながら言葉を続けた。「まったく、彼らはいつも不平を言っていますが、結局我々が経済を支えているのですから。少しは国のために貢献してもらわないと。」

「その通りです。彼ら農民はただでさえ国に負担をかけています。少しは我慢してもらうべきです」と、別の貴族が続けた。

「でも、さらなる増税は農民たちの反発を招くかもしれません」と、体勢を崩し偉そうに座っていた一人の貴族が慎重な口調で言葉を挟んだ。「不満が高まれば、結局は我々にも影響が及ぶかもしれませんよ。」

「反発だって?」いかにも性格の悪そうなひげで顔半分うめつくした貴族が嘲笑しながら言った。「彼ら農民が何をしようと、我々には影響しませんよ。彼らには我々の指導が必要です。自分たちの立場を理解させるのが先決です。」

「正にその通り。彼らには我慢することを学んでもらうべきです」と、テーブルの向かい側に座る女性貴族が言い、皮肉っぽく笑った。「我々が国を支えているのですから、彼らもその恩恵に感謝し、従うべきです。」

夢二の隣に座るエリナが静かに口を開いた。「確かに、増税は農民たちに厳しいかもしれませんが、国の安定のためには避けられない決断かもしれません。それに、長い目で見れば、農民たちも恩恵を受けることができるでしょう。」

この意見には周囲の貴族たちも同意するように頷き、夢二は自分の意見を述べることができずにただ多数派に同調するだけだった。「はい、その通りですね」と彼は静かに言ったが、内心では貴族たちの傲慢さと狭い世界観に疑問を抱いていた。

彼らの会話は続き、「我々のような貴族が、国の繁栄のために賢明な決断をすることが大事です」とひげずらが断定的に言い放った。「農民たちは、短期的な困難を乗り越えるべきです。それが彼らの義務ですからね。」

夢二はこれらの言葉を聞き、自分がこの社会の中でどのような役割を果たすべきか考えながら、静かにテーブルの上の残り少なくなった料理を眺めた。



夢二は部屋にもどりスマホがない生活の暇さに嘆いていた。20分ほどぼーっとして、やることもなくまた庭園にヘンリがいるかもしれないという淡い期待をもって散歩しに行くことにした。

庭園を歩いていると、彼の前にヘンリではなくみつあみをした女性が現れた。彼女は色白で、目は小さく、鼻は低かった。彼女の口元は夢二と同じアデノイドであり、一見すると不細工に見えたが、彼女のまるまるとした額は何とも魅力的で、その個性的な容姿が彼女を特別な存在にしていた。

「エルシオン宮殿は本当に美しいですね」と、彼女は言いました。

「美しいといえばそうですが、こんなに無駄にきれいでもねぇ」と夢二は皮肉っぽく答えました。

「あら、珍しいご意見ですね」と女性は少し驚いた様子で言いました。「この宮殿には豊かな歴史がありますよ。」

「歴史は歴史、現在がどう生きられているかの方が私には興味深いですね」と夢二は続けました。

庭園を歩きながら、彼らはエルシオンの芸術や音楽について話し始めました。

「エルシオンは音楽でも有名です。宮廷楽団の演奏は素晴らしいと聞いています」と女性が言いました。

「音楽は素晴らしいでしょうが、演奏する人々の心がどれほど自由かはまた別の問題でしょう」と夢二は答えました。

女性は深く考え込むようにうなずき、「確かにそうですね。芸術は自由な心から生まれるものですから」と言いました。

「では自分の部屋に戻るんで」と夢二は軽くいって女性と別れた。


夢二は部屋に戻ると、メイドのマリンが彼の広々とした部屋で本を読んでいた。彼女の表情は厳しいままだった。

「遅いじゃないですか。どこに行ってたんですか?食べてすぐどっかに勝手にいかないでください。行くときはきちんと私に報告してください。さっきまでリリアーナさんがいてちゃんとあなたの専属メイドになったことを報告しようと思ったのに。」マリンは怒っているようだった。

夢二は驚きとともに少し困惑した。彼はメイドに対してほとんど関心を示さず、自分に専属メイドがつくことにもびっくりした。

「専属メイド?」夢二は反射的に言った。「私に専属のメイドがいるなんて、ちょっと信じられないですね。」

マリンは夢二の反応に苛立ちを隠せずに言った。「信じられなくても事実です。リリアーナ様の命令ですから、従わなければなりません。これからは私があなたの身の回りの世話をすることになります。」

夢二は内心でマリンの冷たい態度に嫌悪感を感じつつも、彼女の存在が自分の新しい生活にどのような影響を与えるのかを考えた。彼はマリンの存在が自分の宮廷生活をより複雑なものにすることを予感していた。

「わかりました、マリンさん。これからは報告します」と夢二はしぶしぶ応じた。彼はマリンが自分の部屋で読んでいた本にちらっと目をやり、その本のタイトルを確認した。

マリンは夢二の視線に気づき、「これはただの本です。あなたには関係ないでしょう」と冷たく言った。


しばらく沈黙が続いた後、マリンが静かに立ち上がり、夢二に向き直った。「夢二様、リリアーナ様からの命令ですので、私はあなたの世話をすることになります。ですが、それは私の仕事ですから、個人的な感情は関係ありません。ただ、命令に従うだけです。」

夢二はマリンの言葉に少し驚き、彼女の表情を見つめた。彼は彼女の冷たさの中にも、どこか義務感と責任感を感じた。彼女は夢二の専属メイドとしての役割を全うしようとしているようだった。

「分かりました、マリンさん。」夢二は静かに答えた。「ただ、あまり厳しい目で見ないでくださいね。私もこの宮廷生活に慣れるのに時間がかかるかもしれませんから。」

彼女は部屋を後にする前に、振り返って夢二に向かって言った。「夢二様、あなたはこの宮殿の新しい住人ですが、それは特別扱いを受ける理由にはなりません。忘れないでください、ここは厳しいルールと伝統が支配する場所です。あなたもそれに従わなければなりません。」

夢二は彼女の言葉に反駁しようとしたが、言葉が見つからず、ただ黙ってうなずいた。マリンの目は冷たく、彼女の知的な挑発は夢二のプライドを刺激した。

マリンはドアを閉める前に、もう一度夢二を見て、「あなたはここで学ぶべきことがたくさんあるでしょう。私はその一助を担うだけです。自分の限界を超える努力を惜しまないでください」と言い残した。

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