第2話

 大盛り上がりの体育祭も終わって、今は帰り道。

 私は水島くんと一緒に、並んで歩いていた。


「すごいよ水島くん。あれから逆転して一位をとるなんて!」


 今思い出しても、まだ興奮する。

 あの後水島くんはどんどん追い上げていって、ついには一位の選手とデットヒート。

 勝負の行方は最後の最後までわからなかったけど、ほんの一瞬だけ水島くんが先にゴール。

 私たちのクラスは、見事優勝したの。


「言ったでしょ。嫌な気持ちのままで終わらせはしないって」

「うん。ありがとう」


 水島くんは、スポーツもできるのはもちろん、すっごく優しい。当然、女の子からの人気もすごいんだけど、どういうわけか今は私と付き合ってる。


 突然好きだって告白されたんだけど、正直、私のどこを好きになったのかわからない。

 私は、顔も頭も平凡だし、運動は得意だけど、さっきみたいに肝心なところで大失敗する。

 一応、これは人とは違うぞってところはあるにはあるけど、それは水島くんも知らないこと。っていうか、絶対秘密にしなきゃいけないことだしな。


「私、水島くんの彼女でいいのかな…」

「えっ?」


 思わず漏れてしまった声を聞いて、水島くんが、目を丸くする。


「どうしてそんなこと言うんです?」


 寂しそうな目で私を見つめる水島くん。

 どうしよう。水島くんを不安にさせるつもりなんてなかったのに。

 だけど、一度言っちゃったものは取り消せない。


「ご、ごめんね。ただ、私ってなんの取り柄もないし、今日だって失敗したでしょ。なんだか、迷惑ばっかりかけてる気がして──」

「そんなことありません!」


 私が全部言い終わらないうちに、水島くんが叫ぶ。


「山野さんには、何でも一生懸命っていう、すごい取り柄があるじゃないですか。さっきのリレーだってそうです。ビリになって、みんなにごめんって謝った時、泣きそうになってました。それって、それだけ本気で、一生懸命にやってたからじゃないですか?」

「だって、リレーはクラスのみんなから選ばれた人たちが、協力して走るものでしょ。そんなの、一生懸命やらなきゃダメじゃない」


 そんなの、とても褒められるようなことじゃないよ。

 そう私は思ったけど、水島くんは首を横に振った。


「それじゃ、僕はダメなやつですね」

「えっ?」

「だって僕、山野さんがあんなに悔しがってなかったら、本気で走ろうなんて思いませんでしたから」

「そうなの?」


 意外。

 いつも優しくてみんなを気遣うような人だから、リレーだって手を抜かずにきちんとやるものだと思ってた。


「けど、山野さんは違う。他の人が走ってる時だって、誰よりも声を出して応援してたし、普段の学校生活だって、誰よりも全力で楽しんでるって感じがします」

「そ、そうかな……?」


 学校を楽しむなんて、それも私にとっては当たり前のこと。

 ううん。これは、当たり前とは違うか。


「学校はなんて言うか、私にとって夢みたいなものだったから」

「夢?」

「うん。えっと、その……とにかく、私は好きでやってるだけだから」


 いけないいけない。このへんのことは、詳しく話せないんだよね。例え、大好きな水島くんであっても。

 ううん、大好きな水島くんだから。


「僕は、そんな風に好きなことに全力になれる山野さんだから好きになったし、自分も、何かに一生懸命になってみたいって思えたんです。今日のリレーだってそう。みんなは僕が活躍したって言ってるけど、その力をくれたのは、山野さんです。そんな山野さんには、これからも僕の彼女でいてほしいんですが、ダメですか?」


 そう言って水島くんは、ちょっと困ったような顔で、首を傾ける。

 それを見て、私の心臓は、バンって爆破したような音を立てた。


「だ、ダメじゃないです……」


 そんな顔するのはズルいって! 破壊力が凄すぎる!

 こんなの、こう答えるしかないじゃない!


 そこで水島くんはようやくまた笑顔になって、一歩だけ、私の方に近づく。

 たった一歩。だけど元々近くにいたから、今はもう、ほとんど密着するくらいの超至近距離。

 さらに、今の水島くんは、どこか熱を帯びているような気がした。


(こ、これはまさか!)


 私の脳内に、少女マンガで読んだことのある、あるシーンが浮かび上がる。

 恋人同士がムード満点の時にする、キで始まってスで終わる、あの行為。って、そのまんまだよね! 全然ぼかせてない!


 実は私たち、恋人同士ではあるけれど、まだ一度もそれをしたことがないの。

 今まで何度かそんな雰囲気になったことはあったけど、全部未遂に終わってしまった。

 主に、私の抱えるある事情のせいで。


 だけどこれは、ついにこのその時が来たのかも。


 そっと目を閉じ、背伸びをして、ほんの少しだけ口を開く。

 あとは、私たちの間にあるわずかな距離を埋めるだけ。

 そう思ったその時だった。


「ふぎゃっ!」


 これまでのムードをぶち壊すような、変な声が出ちゃった。

 それだけじゃない。私の体の中を、力がめちゃくちゃに駆け巡ってる。


「山野さん?」


 急に様子がおかしくなった私を、水島くんは怪訝な顔で見る。


 そりゃ、変に思うよね。さっきまでさあキスするぞって雰囲気だったのに、いきなり「ふぎゃっ!」だよ。何もかもぶち壊しだよ。


 だけどごめん。何が起きたか、話すわけにはいかないの。


 そのかわり、私は突如スマホを取り出し、画面を見ながら言う。


「あぁーっ! お母さんからメッセージだーっ! お母さんのおじいちゃんの従兄弟の再従姉妹の斜向かいに住んでる人がぎっくり腰になって、今すぐ行かなきゃ大変なことになるんだって! ということでごめん、急いで帰らないとーっ!」


 それだけ言って、あとは一目散に走り出す。もう、全速力で一心不乱に走る。

 もしかすると、さっきのリレーよりも早いかも。


 実は、さっき読んだお母さんからのメッセージってのは、全部デタラメ。

 本当はそんなの来ていなくて、一刻も早くあの場を離れるためのウソ。


 それじゃ、なんでそんなウソをついたのかっていうと、それには水島くんにも言えない、私の大きな大きなおーきな秘密が関係あるの。


「どこか、どこか人目のつかない所に行かなきゃ!」


 そう叫びながら、建物と建物の間にある隙間に身を隠す。

 その瞬間、私の体はピカッと光って、その姿を変えた。


 光りが消えた後、そこにいたのは一体の狐。

 私、山野洋子は、狐になっていた。

 ううん。正確には、本当の姿である狐に戻っていた。


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