わたしが人を好きになることなんてないと思っていた

奇蹟あい

第1話 ホントのわたし

 わたしは人を観察するのが好きだ。


 人の心はおもしろい。

 その人が何を想い、何を大切にしているのか想像してみる。そしてその衝動のままに動くとその人の本質が見えてくるのだ。



 わたしは人が好きだ。


 でもわたしは決して人を好きにはならない。


 なぜならわたしにとって、人は観察対象であって恋愛対象ではないのだから。



 台本を読み、その人物の背景を想像していく。

 どんな親から生まれ、どんな幼少期を過ごし、どんな思春期を過ごしてきたのか。

 性格は? 交友関係は? 好きな教科は? 嫌いな教科は? 運動が得意? 靴下はどっちの足から履く? 箸の持ち方は? 道端にゴミが落ちていたらどうする?


 1つずつ頭の中でその人物像を組み立てていき、最後にはわたしがその人物になり替わる。


 作り上げられた人物ではなく、それはもうわたし自身だ。



 わたしは演技が好きだ。


 だけど、演技をしていない元のわたしはどこにいるんだろう。

 仮面をかぶりすぎて、元のわたしが思い出せない。


 そもそも元のわたしなんてものは存在するのだろうか。



* * *


 彼と出逢ったのは映画の撮影現場だった。


 わたしにとっては普段通りの仕事の1つ。

 監督もスタッフも、これまで何度もお世話になっている人たちだから、若干やりやすさはある。でも、ただそれだけのことだ。別に新しい現場だったとしても、やることはさして変わらない。


 彼は役者ではなく、新人アイドルの付き添いできただけのマネージャーだった。

 わたしよりも若いマネージャーなんて初めて見たかもしれない。そのことが一瞬だけ心に引っかかった。


 監督の指示で、わたしがそのマネージャーの世話をすることになった。

 あの監督の無茶ぶりは今に始まったことではないし、とくに気にもしてはいない。気に入った相手を自分のアシスタントに任命する。いつもそうだ。わたしもそうやって引き上げてもらった1人なのだから。



 わたしは変わった人の世話が好きだ。

 また新しい役の引き出しを開けられるから。

 役者以外で、自分より若い人と話す機会はそうそうないし、ちょっと興味が湧いたのも事実。



 とりあえずどんな人物なのか観察してみようと思う。

 

 まずはお試し。

 いつものように伊達メガネを外して素顔を晒してみたら、彼はかなり動揺して二度見してきた。


 こういう反応をされるのはよくあることだ。まあ、想定通りね。

 

 わたしは自分で言うのもなんだが、容姿もスタイルも非常によく整っている。

 顔は若手女優の命だ。命よりも大切な商売道具と言っても言い過ぎではないだろう。

 人はだれしも、その役者の演技よりも前に、容姿やスタイルが目に入るもの。

 これは変えられない事実だ。


 そこでマイナス要因を背負って、演技で勝負する必要なんてまったくない。

 顔よし、スタイルよし、演技よし。

 すべてを押さえて多くの人の支持を得ればいいのだ。



 わたしの顔を二度見したあとの彼の行動が、わたしにとってはひどく新鮮だった。


 彼は驚きつつも、あきらかにわたしの容姿に対して多大なる好感を持っていた。おそらく一目惚れされた、そう確信めいたものを感じた。

 そうした場合、その人物の行動はたいていパターン化されていて決まっている。

 

 ・容姿を素直に褒める。

 ・出逢えたことに感謝する。

 ・次につなげるための話題を展開し、連絡先を交換しようとする。

 ・シンプルに口説いてくる。


 いずれかに近い行動を取るはず……だったのに、彼が取った行動は――。



「看板女優がなぜ雑用をしているのか?」という質問だった。



 俄然興味が湧いた。

 いろいろな可能性に対する考えが頭に浮かんでは消える。


 もしかしたら、婉曲な質問から入ることで親しみやすさを演出して一気に距離を詰めてくる意図がある?

 受け身っぽく見せて、庇護欲をくすぐる作戦?

 それとも単に口説く度胸がないだけ?


 でも、この人は、あきらかにわたしに好意を抱いているはずだ。

 それは間違いないというのに、何のアプローチも、それに付随する行動も取ってこない。


 なんか悔しい……。

 これじゃ、わたしが負けたみたいじゃないの。


 絶対好きだって言わせたい。



 定番の色仕掛けから入ってみたけれど、それもするりとかわされていく。

 それどころか、彼がぼそりぼそりとつぶやく1つ1つの質問ごとに、わたしの演技の仮面がはがされていくのを感じる。


 わたしが主導権を握られっぱなしに……。

 新人アイドルのマネージャーなんかに。


 なぜ。


 悔しい。

 

 自分のことは話さずに、わたしのことばかり聞いてくる。わたしに興味があるのは間違いないのに。

 

 さっさと連絡先を聞いてきなさいよ!

 早く好きって言いなさいよ!



 気づいたら自分から、名前を呼び捨てにするように懇願していた。



 やっちゃった。はずかしい……。



 でも彼は、顔を真っ赤にしながらも、わたしのことを呼び捨てにして呼んでくれた。


 うれしい。

 うれしい。

 うれしい。


 半ば無理やり、親友認定してみた!

 でも否定してこなかった。


 役以外で誰かに「友だちになろう」なんて言ったのは初めてかもしれない。



 わたしに初めて親友ができた……。



 思い切って「わたしのどこが好き?」って聞いちゃった♡


ふ~ん。「似たニオイを感じるところ」か~。わたしたちって似てるんだ。まだ観察が足りなくてピンとこない。


 ああ、初対面の人に容姿と演技以外を誉められたのは初めてだ……。



 不思議な人。



 顔も普通。スタイルも普通……なんならお子様体型。身長はチビだし。

 でも言葉や行動の端々に思いやりが見られて、雰囲気がとても温かい……。


 スカウトの時は一生懸命で、ちょっと仕事が軌道に乗りだしたら、現場にもついてこなくなったどこかのマネージャーとは大違い。



 でもどこかひっかかる――。


 

 この人は普通っぽく見えるけれど、どこか普通じゃない。

 まだわたしには見えていない何かを隠し持っている。


 それだけははっきりと嗅ぎ分けられる。



 それが何なのか知りたい。



 今まであったことのない人。

 わたしの初めての親友。



 ああ、虜になったのはわたしのほうか……。


 これも彼の作戦?

 わたし、まんまと罠にはまったのかな……。



 でもそんなことどうでもいいか。


 あ~あ、理屈じゃないんだな~。



 だってわたし、もうこの人が好きになっちゃったんだもん。



 やあ、ひさしぶり。

 こんなところにいたんだね、ホントのわたし。



 なんだ、わたしってば、案外かわいい乙女じゃん♡

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしが人を好きになることなんてないと思っていた 奇蹟あい @kobo027

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ