最終話
朝を迎えた。
「今ならきっと出来るとら」
カプアスは動物園で買ってもらったぬいぐるみに祈りを込めてみた。
「……ああっ、ダメでしたとら。昨日のはまぐれでしたとらか。やはりこれからもどんどん修行を重ねていくのみですとら」
三歩進んで二歩戻る。こうしてカプアスも少しずつ成長してゆくのである。
四人揃って食べる最後の朝食。今日は七草粥の日だ。
朝食をとり終えると、みんなでお寺へと向かった。
「酉之助和尚さん、ついにエビフライ女さんの姿を目にすることが出来たよ」
「エビフライ女の姿を遂に目撃したのか? ワシも今宵、やつの声は聞いたがや。どんな姿であったか? 姿が分かれば狩りをしやすくなるがや。早くこの町からやつを追い出さねばならんがや」
「お坊さん、エビフライ女さんのことを受け入れてあげて。本当はね、と~っても良い子なんだよ」
「ボクからもお願い」
「ワタシからもですとら」
「しっ、しかしがや……この妖怪は昔からこの地にいるものではないがや……」
酉之助は困惑した表情を浮かべた。
「エビフライ女さんはね、戦争でとても悲しい出来事があったの……」
葵は、その他いろいろエビフライ女の事情を酉之助に話した。
「……そ、そうだったのか。そして實子サンという本名もあったのか。本当に戦争は悲しいことがや。ワシ自身は幸いにも戦争の被害は受けておらんが、戦地に赴いた旧友を何人も失っておるから気持ちがよく分かるがや」
「それにカンコお婆さんがこの地域で悪さを実際にしたって確証はないでしょう。噂が立っているだけで。酉之助和尚さんはどんな人や動物にもフレンドリーなお方でしょう? なのに、この妖怪さんだけ受け入れてあげられないなんておかしいよ!」
「ワタシも昔は普通の人間のみなさまからやはり奇異な目で見られ、迫害されていましたとら。ですが接していく内に、徐々に打ち解けていけるようになりましたとら。ここ日本に飛来してからワタシがお会いしたみなさまには全くの初対面で、しかも普通の人間ではないワタシにも、とても優しく接していただきましたとら。酉之助和尚さまもそうではございませんとらか?」
葵とカプアスは強く言い放った。
「……よ~く考えれば、確かにそうじゃな。悪い噂に惑わされてずっと間違った考え方をしておったがや。昔からこの地にいる伝統的な妖怪さんだって、はじめは皆、新参者だったのだから、實子さんだけをのけ者にする理由なんて一切無いがや」
「そしてこれはね、カンコお婆さんから別れ際に戴いたお土産なの。もしかしたらって思って……」
葵はその何枚かの白黒写真を酉之助に手渡した。
酉之助はそれにじっくり目を通す。
「こっ、これは……、ワシが誤って川に落として流されてしまい、もう手にすることは永久に出来ないと諦めていた写真の数々。ワシの戦争で失った旧友たちと遠足で撮った唯一の写真をはじめ、たくさんの思い出が詰まったワシの大事な宝物がや。また出会うことが出来るなんて……。これらの写真を見つけてくれた實子サンも神様がや。今まで疎外してきて本当に、本当にすまなかった……」
酉之助は涙をポロポロ流した。もう實子のことを嫌う気持ちなど、自身の心の内から完全に消え去ったのだ。
「こちらの写真で酉之助和尚さんの隣に写っている女の子は初恋の相手ですか? 酉之助和尚さん照れていてかわいいです」
「そうがや。ワシも若かったからの。これは、ハルちゃんの写真がや」
「え? それって……お婆ちゃんの名前と同じだ」
「そうがや。葵サンにすゞサン、それに藤太郎サンのお婆サンと同一人物がや」
「そうだったんだあ。私、お婆ちゃんの若い頃の写真なんて初めて目にしたわ」
「おバアちゃんの若い頃の写真だって?」
「ボクにも見せて、見せて」
「ワタシも喉から手が出るほど見たいですとら」
他の三人も駆け寄ってきて、みんなでその写真を眺めた。
「これがボクのおばあちゃんの若い頃なんだあ。とっても美人だ!」
「かわいいーっ。微妙にわたしに似てるかも」
「大和撫子とらね」
「お婆ちゃんは若い頃の写真は一枚も無いって言っていたけど……」
「ハルちゃんは大の写真嫌いだったんがや。だから、若い頃の写真はこれ一枚だけしかないがや。この写真を撮る時にいい思い出があるがや。尋常小學校の卒業式の日にワシはハルちゃんからいきなり告白されての、一緒に写真に写って欲しいと言われたがや。いつもはカメラから逃げていたハルちゃんからそんな意外なこと言われてワシはとても嬉しかったがや。現像された写真はハルちゃんが自分で持っておくのは恥ずかしいからとワシに預けたがや。確かその時、『別に私はそんなのいらないから酉之助君もいらないのなら捨てちゃっても無くしちゃってもかまわないんだからねっ!』と照れ気味に言っておったが、実際に無くした時はハルちゃん大激怒しての、だから本心は自分で持っておきたかったんだと思うのがや。そんなわけでこの写真は葵サンに渡しておくよ」
「……そんなことがあったんですか? 私、この写真と出会えて、お婆ちゃんの若い頃のエピソードも聞けてとても嬉しかったわ。海に流された写真って普通はボロボロになっちゃうけど、きっとカンコお婆さんは不思議な力を使って元通りにしてくれたのね」
酉之助と別れを告げ、おウチへ戻ると葵は祖霊舎にその写真を新たに飾った。
「お婆ちゃん、エビフライ女、カンコお婆さんは悪い噂のとは違って、とても心優しい妖怪さんだったよ。この写真はカンコお婆さんからが見つけてくれたの。だから、お婆ちゃんもカンコお婆さんのことを好きになって受け入れてあげてね」
葵は静かに手を合わせた。
藤太郎は帰りの荷物をまとめた。(クリスマスプレゼントに貰ったぬいぐるみは大きすぎるので宅急便で送ることにしている)
「ワタシも蝶々の姿に戻ると荷物を持ち運べなくなるとらから、郵便屋さんに配送してもらうとらよ」
「これもお土産よ。十一日が鏡開き。その時に食べてね」
葵はいくつか飾ってあった紅白鏡餅の一つをカプアスにプレゼントした。
「小豆もあげる。ぜんざいにすると特に美味しいよ」
すゞも缶詰を手渡した。
「ありがとうございますとら。昆虫さまや鳥さま、そして学校のお友達と一緒にいただきますとら」
「これは藤太郎君とカプアスちゃんへのプレゼント。滞在中に撮った記念写真よ」
それは、二度と訪れることのないこの冬休みの思い出を、目に見える形として永久に残されることになるであろう。
アカカザリフウチョウの郵便屋さんは人間の姿で、今回は玄関のチャイムを鳴らして再びこのおウチを訪れてきた。
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(インドネシア語で会話中)
「Selama Pagi.」
「Selama Pagi.郵便屋のおじさま。日本観光旅行楽しかったですか?」
「もちろんだよ。滞在中はこの近くの兼六園や和倉温泉をはじめ、白川郷、東尋坊、善光寺などにも足を伸ばしたんだ。人々も親切で本当にどこも最高だった」
「それは良かったです」
「今まで以上に充実した休暇だったよ。さて、今日から仕事始めだ」
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カプアスから荷物を受け取ると、郵便屋のおじさんはアカカザリフウチョウの姿に変身して、来た時と同じように荷物を美しい羽に背負い、南へ向かって飛び立った。
昼食にハントンライス(一般的にはバターライスの上に薄焼き卵を敷き、その上に白身魚などを乗せ、タルタルソースをかけた金沢では有名な洋食である、今回はみんな大好きエビフライも乗せている)を食べて、いよいよ二人の帰宅時間が刻々と迫ってきた。
すゞと葵は金沢駅まで見送りにいく。
約一時間後、駅前に辿り着いた。そこにはすゞの友人三人組も待っていた。
「あ、岱子ちゃんたちだあ。あけましておめでとう!」
「みなさま見送りに来て下さって誠にありがたいことですとら」
「昨日携帯で知らせといたんだ」
「お二人にプレゼントがあるよ。これ、あたしたち三人で作ったドラ焼きがね」
「大きすぎるのでお二人で半分に分けて食べて下され」
龍華は大きな箱を二人の目の前に差し出した。
カプアスがその箱のフタを開けると、そこには直径が五十センチにも及ぶ、超巨大ドラ焼きがでで~んと姿を現した。
「Terima kasih.ありがとうですとら」
カプアスは荷物を運べないので、その場で大きく口を開いてパクリッと豪快に半分を食した。
「こんなすごいもの作ってもらえて、すごく嬉しいよ。ボクは電車の中で食べるね」
藤太郎は残り半分が入った箱のフタを閉め、両手で抱きかかえた。
「あの、これも、そっちじゃ使うこと無いかもしれないけど……」
佐々美は恥ずかしそうに藤太郎へ手作りのわらぐつをプレゼントした。
「ありがとう佐々美ちゃん。ボク、雪降らなくても毎日はくよ」
さらに荷物が増え、ドラ焼きの箱を片手で持つこととなり、藤太郎はかなり持ちにくそうだったが、もちろん喜んでいただいた。
佐々美の頬はますます赤く染まっていった。
藤太郎は乗車券と特急券、他の五人もお見送りのため入場券を購入して改札を抜け、ホームへと上がる。
定刻通り、大阪行き特急サンダーバートは到着した。雪や風もおさまって、列車も通常ダイヤである。
「さようなら。お姉ちゃん、すゞちゃん、カプアスちゃん、そして岱子ちゃん、龍華ちゃん、佐々美ちゃん」
藤太郎の目には涙が滲んでいた。
「さようなら、藤太郎くん、また来てね」
「元気でね藤太郎君。寂しいから時々お手紙やお電話してね」
「ワタシとここまで気の合う藤太郎お兄さまと出会えてとても嬉しかったとら」
「藤太郎チャン元気でねーっ、遠く離れてもあたしとの友情はいつでも携帯電話で繋がってるからーっ」
「藤太郎殿のおかげで最近スランプ気味だった拙者の同人誌創作意欲が再び上昇してきたでござるよ。ぜひとも再びこの地を踏んで下され」
「また来てね」
みんな当然、藤太郎との別れはつらい。
「また絶対遊びに来るよ!」
そう最後に告げて藤太郎が列車に乗り込むと、まもなく発車した。
他のみんなは、列車の姿がホームから完全に見えなくなるまで手を振り続け、藤太郎に別れを告げた。
駅から出て、続いてカプアスとも別れを告げる。お別れの場所はカプアスお気に入りの兼六園。
「岱子お姉さま、龍華お姉さま、佐々美お姉さま、葵お姉さま、すゞお姉さま。滞在中は貴重で楽しい経験がたくさんでき、多くのことを学びましたとら」
「私、カプアスちゃんのこと、ずっと忘れないよ」
「カプアスちゃん、絶対また来てね」
「たとえ赤道を越えても、あたしとカプアスちゃんとの友情は、いつでも携帯で繋がっているからねーっ」
「カプアス殿、ぜひとも故郷の国々に、もっと忍者文化を広めて下され」
「また、会おうね。イラスト交換もしようね」
「Sampai jumpa lagi、またいつか飛んで会いに来ますとらよ」
カプアスは祖国の言葉も交えて、庭園の中でアカエリトリバネアゲハの姿に戻り、故郷ボルネオ島へと飛び立っていった。
みんな別れを惜しむようにしばらくは空を眺めていた。けれども誰も寂し涙を見せるものはいなかった。だってこれはきっと、永遠の別れではないだろうから。
「それじゃ、すゞっち、明日学校でね」
「さようならです」
「お祭りで入手した戦利品の数々を持ってくるでござるよ」
「ちょっと岱子さん、あんまり過激な本とかを与えないでね。すゞが藤太郎君に送ったりすると困るから」
「わっ、分かっているでござるよ。葵殿」
「お姉ちゃん、そんな物は一切無いよ。偏見を持っちゃダメなんだよ」
(百パーセント十八歳未満が見ちゃいけないものだけどね)
友人三人組とも一旦別れを告げた。
「藤太郎君もカプアスさんも、近いうちにまた来て欲しいな。さあ、すゞ、おウチへ帰ったら三学期、そして高校生活へ向けて猛勉強よ。冬休み後半は宿題終わったからって結構サボっちゃったし、課題テストまであと二日しかないでしょう? お姉ちゃんが付きっ切りでみっちりしごいてあげるね。うふふ……」
葵は怪しい笑みを浮かべてすゞにそう告げた。
「あうーっ、優しくご指導してね。お姉ちゃん」
こうして、いろんな出来事があった冬休みは終わりを迎え、普段の日常が戻ってくる。
後日、エビフライ女(阿仁實子)は酉之助が神主を務める神社で妖怪の仲間として新たに祀られることとなり、次第に地域の人々からも他の妖怪と“共に”愛される存在へと変わっていった。
(おしまい)
2009年に金沢、能登半島を舞台にした作品を創作していたので、令和6年能登半島地震の復興を祈願して今、公開しました。初創作以来修正なし。 明石竜 @Akashiryu
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