第6話
十二月三十一日。大晦日。いよいよ今年最後だ。
午前十時半頃。
「やった、冬休みのワーク全ページ完了! 頭抱える宿題今年中に片付いちゃった」
「思ったより早く終わっちゃった。カプアスちゃんのおかげだね」
「そんなあ、日本の冬休みの宿題というものをやらせていただいて、感謝するのはこっちの方とらよ」
やがて夕方になった。次に外が明るくなるのは新年だ。
大晦日の今年最後の夕食は、やはりこれ。
「カプアスちゃん、これが年越し蕎麦というものよ」
「これが日本の年越しの風習とらね」
「大きな海老天が最高よ。さて、いよいよ今日で今年最後、今年もいろいろあったね」
「今年も早かったね」
「ワタシの今年一番の思い出は日本に初到達できたこととら」
「ボクは生まれて初めてここのおウチに来られたことだよぉ」
「わたしは横綱になれたこと」
みんなそれぞれ今年の思い出にふけっている。
食後、今年最後の風呂へ入った。
二十三時。普段はもう寝る時間だが、新年に変わる瞬間を迎えるため、みんな大晦日恒例の歌番組を見ながら頑張って起きている。
やがて、除夜の鐘の音が聞こえてきた。
「何かゴーンゴーンと音がしているとら」
「これは除夜の鐘といって近くのお寺で鳴らされているのよ」
「ここのお坊さんはとても面白い人だよ。一応お坊さんとか和尚さんの愛称で呼ばれてるけど、神主さんや神父さんも兼業してるの。神社のお祭りを盛り上げたり、クリスマスを楽しんだり、宗教にとらわれずオールラウンドに活動してるよ」
「秋祭りとかで神輿を担ぐ時は先導を切ってわっしょいわっしょい叫びながら楽しんでいるのよ。町内会長もしているの」
「愉快な人だなあ。一度会ってみたいなあ」
「ワタシもそのお方に興味津々ですとら」
「初詣のついでに会いに行くつもりよ」
実は、このお坊さんこそ、あの時のサンタクロースの正体だったのである。
葵とすゞは事前にこのお坊さんにお願いしていたのであった。
歌番組も見終わり、みんなテレビの正確な時計を眺めている。
ついに二十三時五十九分を回った。
刻々と秒数が刻まれていく。
いよいよあと十秒。みんなでカウントダウンを始める。
『……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、零!』
その瞬間、一月一日午前零時に。
『新年明けましておめでとうございます』
カプアスも含め、みんなは日本語で新年の挨拶をした。
「ワタシの生まれ故郷、ボルネオ島でも、あと一時間で新年を迎えるとら。インドネシア語での新年の挨拶は『Selamat Tahun Baru!』と言いますとら」
三人はさらに、インドネシア語での一から十までの数字の数え方を教わった。
日本時間一月一日午前零時五十九分五十秒を回った。
『スプル(十)、スンビラン(九)、ドゥラパン(八)、トゥジュ(七)、ウナム(六)、リマ(五)、ウンパッ(四)、ティガ(三)、ドゥア(二)、サトゥ(一)、ノル(零)!』
そして日本時間一月一日午前一時。
『Selamat Tahun Baru!』
今度はみんなインドネシア語で挨拶。ボルネオ島時間でも新年を迎えた。
こうしてようやくみんな床に就いた。
*
元旦の朝を迎えた。葵は三人が起きてくると、
「藤太郎君、カプアスさん、すゞ。お年玉があるわよ」
そう言ってお年玉を手渡した。
三人は早速大喜びでお年玉袋を開ける。
「伊藤博文さんが一、二、三、四枚。岩倉具視さんが二枚。わあーっい。合計五千円も入ってるう」
「わたしも同じーっ」
「葵お姉さま、ワタシ、日本の硬貨と紙幣をこんなにいただいて嬉しいとら」
カプアスも同じ額。
「これだけあればお菓子やおもちゃがたくさん買えるね」
「アニメのDVD一本くらいはなんとか買える。いや、ちょっと足りないかな」
「みなさん、あんまり無駄遣いはしないようにね」
「ワタシは大切にコレクションしておくとらよ」
今朝は、葵は二時間半ほど、他の三人は三時間ほど普段より遅く起きてきたので朝食と昼食はまとめてとる。
「はい、お雑煮よ。おモチを喉に詰まらせないように気をつけてね」
金沢風のすまし汁に角餅を煮て入れたシンプルなお雑煮だ。
お雑煮を食べた後はおせち料理を食べる。和風、洋風、中華風と選り取り見取り。
能村家では代々、和のおせち一筋であったが、今年からはそれももちろん含め、バラエティーに取り入れることにしていた。
「これは金沢のお菓子よ」
砂糖菓子の一種『金華糖』、和三盆ともち米から作った『長生殿』、水アメのような『じろ飴』など地元名産のお菓子も卓袱台に並べられた。さすがにこれらのおせち料理とお菓子は、近くの料亭で作られたものであった。
みんな一旦食べ終えたが、まだまだたくさん残っている。夕飯はこれの残りだ。
午前十一時頃、葵は郵便受けに年賀状をとりにいく。
「すゞ、年賀状がたくさん来たよ」
葵はすゞに年賀状の束を渡した。
「ボクのところにも岱子ちゃんからあけおめメール届いたよ」
「ワタシにも来ていましたとら」
「岱子とメアド交換もしてたんだね」
葵には二十枚、すゞにはあの三人組を含めて十五枚ほど届いていた。
「それじゃ今から神社とお寺に初詣に行くわよ」
「マレーシアにも仏教寺院はあるとらが、日本のお寺も拝見させていただきますとら」
みんなパジャマから着物に着替えた。着付けは葵が担当したが、なんとカプアスも着付けの仕方を知っていたのであった。
ちなみに藤太郎も他の三人と同じく女の子用。すゞに無理やり着せられた。
まずは神社の方からお参りしに行く。鳥居をくぐり、雪が積もって歩きにくい石段を上がり切って本堂に辿り着いた。
「それじゃ、みんなで祈願しましょう」
賽銭箱に五円を投げ入れ、鐘を鳴らし、二礼二拍一礼。
カプアスも神社の参拝の仕方を知っていたのだ。
「立派な和菓子職人になれますように」
「ボクの将来の夢が叶いますように」
「声優さんになれますように」
「ワタシの能力がもっと高まりますよう日本の八百万の神様にお願いしますとら」
みんなそれぞれの願いを込めた。次に巫女さんからおみくじを買い、みんなでドキドキしながら開く。
「あ~ん、わたし末吉だーっ」
「ボクは中吉だったよ」
「私も藤太郎君と同じだったわ。可も不可もなくってとこね」
「ワタシは大吉が出ましたとら」
「おめでとう、カプアスさん」
「カプアスちゃん、今年一年きっといいことがあるよ」
「羨ましいなあ、わたしのと交換して欲しいものだよ」
この後、定番だが縄に結びつけた。
続いて加賀獅子舞を見物。演技が終わった後、観客席を周り見物客の頭を噛んでいく。
藤太郎は怖がって、すゞに抱きついたりもしたが、ともかくみんなの厄払いが出来たのである。
「さて、今度はお寺にお参り行くわよ」
「いよいよ例の面白いお坊さんに会えるよ~。ここの神社の神主さんでもあるけどね」
神社の石段を降りて、さらに五分ほど歩くとお寺の境内に辿り着く。
途中、屋台も数多く出ていた。
「ほほう、これが日本の寺院とらか」
参拝した後、カプアスは本堂の回りを徘徊していた。
「カプアスちゃん。この人だよ」
例のお坊さんが本堂の中から出てきた。カプアスはすゞの呼び声がした方へ駆け寄る。
「あけましておめでとうございます。葵サンにすゞサン。おやおや、今回はもうお二方おいでるな」
「初めましてお爺ちゃん。ボクの名前は藤太郎といいます」
「ワタシはカプアスとら。ボルネオ島から空を飛んで来ましたとら」
「ワシの名前は塗師酉之助がや。藤太郎サンは女の子かと思ってしまったがや」
「名前から分かるように男の子よ。いとこなの」
「ほほお、ワシも長年生きておるが、ここまで美しい男の子は初めて見たがや。カプアスサンという外国のお方は空を飛んで着たと言っておったが飛行機かい?」
「カプアスちゃんの正体はアカエリトリバネアゲハっていう蝶々さんなの」
「そうか。蝶々サンか。菜の葉に止まれ」
酉之助は手をパタパタさせて蝶々か鳥か分からないような滑稽なポーズをとった。
「カプアスちゃんは日本の伝統的な物が大好きなのよ」
「ほほお、それは素晴らしいことがや。いいものを授けよう」
酉之助は本堂に何かを取りに行って戻ってきて、
「カプアスサン、これは虎の掛け軸がや」
そう告げ、それを広げた。
「わあ、格好良い虎が描かれているとら。嬉しいですとら」
こうして、カプアスの日本で手に入れた宝物がまた一つ増えたのであった。
「今から凧揚げをしましょう」
葵は出店で買った錦絵の描かれた凧をみんなに手渡した。
「今日は風も強いし、絶好の凧揚げ日和だね」
「高く飛ばすよーっ」
「電線には気をつけてね」
「引っかかったら電力会社に連絡しなきゃいけないしね」
「カプアスちゃんは凧揚げって知ってる?」
「はい、藤太郎お兄さま、ワタシ、テレビで見たことはありますとら。糸を持って走っていくとらね」
こうしてみんなの凧が大空へと舞い上がった。その後は羽根突きをして楽しんだ。結果、藤太郎とカプアスの顔は墨だらけになっていた。
みんなは酉之助と一緒にお正月の外での遊びを楽しんで、おウチに帰ってきた。
今度はおウチの中での遊びを楽しむことに。
「さあ、みんなで福笑いをしましょう」
「OK!」
「これすごく楽しいよ。これも日本の伝統的遊び」
「どうやって遊ぶのですとらか?」
「目隠ししてバラバラになっているパーツをきれいに揃えるの」
「頑張ってね、カプアスちゃん」
カプアスは葵に目隠しをされた。
「きれいに完成させますとらよ」
一応並び終えたので、目隠しを取ってみた。
「あ、全然ダメでしたとら」
「カプアスちゃん、目の部分とか惜しい所まで行ってるわよ」
「あと一センチくらいだったね」
「次はわたし!」
続いてすゞが挑戦。
自信満々に五秒足らずで一応全て並び終えた。
そして目を開く。
「あ~、わたしもダメだったーっ」
「すゞちゃんの、ズレ過ぎてピカソの絵みたいになってるう」
藤太郎はそれを指差してアハハと笑った。
「ひど~い藤太郎く~ん。次は藤太郎くんの番だよ」
すゞは藤太郎にきつく目隠しをした。
「いっ、痛いよ。すゞちゃぁん。福笑いってこうゆうのを楽しむのにーっ」
「藤太郎くんはきれいに完成できるよね? わたしのをあんなに笑ったんだし~」
「でっ、出来るよ」
藤太郎は精神を研ぎ澄ませ見事に完成させた。
「本当に出来ちゃった。すご~い、藤太郎くん」
「藤太郎お兄さま、完璧ですとら」
「藤太郎君お見事! 私も福笑い得意だけどここまできっちり合わせられないわ」
「お姉ちゃんの見せ場無くなったね」
続いてすごろく。そして最後は百人一首かるたで遊んだ。
カプアスは日本人ですらなかなか成し遂げられない百人一首の句を全て暗記しているという恐るべき実力の持ち主で、実際にこうしてかるたで遊ぶのは初めての経験だったが他の三人を圧倒した。
これらの遊びを通じて、カプアスは日本の伝統的正月気分を思う存分満喫した。
夕食を食べている途中、
「これからみんなでお酒を飲みましょう」
葵は酒瓶と徳利。さらに四人分のお猪口を持ってきた。
「ボクもすゞちゃんもカプアスちゃんも未成年だよぉ。葵お姉ちゃんもでしょぅ?」
「そうよ。私七月生まれだから二十歳までまだ半年以上もあるわ。でもお正月くらいいいじゃない」
「そうだよ藤太郎くん。わたしは飲むよ!」
「ワタシの故郷ではイスラム教の方も多いのでお酒を飲む人はあまりいないとらが」
葵は有無を言わせず藤太郎とカプアスのお猪口にもつるつるいっぱい(あふれるくらい一杯)注いで乾杯した。
「ボッ、ボクはもうだめぇ」
「ワタシもとら」
藤太郎とカプアスは舌でちょっとなめただけで早々とギブアップ。
葵とすゞはどんどん飲み干していく。
「すゞ、今回は負けないわよ」
「お姉ちゃ~ん、お顔がずいぶん赤くなって来たね。そろそろ降参した方がいいんじゃないの?」
「まだまだ大丈夫よ」
葵とすゞのお酒勝負一騎打ちとなった。意地と意地のぶつかり合い。
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。そろそろやめた方が……本当にお顔が真っ赤だよぉ」
「葵お姉さまもすゞお姉さまも飲み過ぎには気をつけて下さいとらね」
「いや~ん藤太郎く~ん、カプアスちゃ~ん」
「私、まだまだいけるのにい――」
やがて葵とすゞは、ふらふらになってコタツで眠ってしまった。
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。風邪ひくよぉ。この前お世話になってるから今回はボクが介抱してあげないとぉ」
「アタシはお布団を敷いてくるとらね」
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん、ちょっと乱暴に扱ってごめんなさぁい」
力のない藤太郎にとって2人を背負うのは無理なので一人ずつ寝室まで両手で(寝室の隣の部屋の中はより強引に急いで)引きずって運び、布団に寝かした。
「ね~藤太郎くん、カプアスちゃん。見て見て~、ミノムシさんゴッコ~」
すゞは布団を使って丸まっている。
藤太郎とカプアスはあきれた表情で見ていた。
「藤太郎君、私おしっこーっ おトイレ行くのめんどいからもうここでしちゃえ」
藪から棒に葵からの衝撃発言。
「まっ、待ってぇ葵お姉ちゃん、今すぐトイレへ連れて行くからあ」
藤太郎は再び葵を引きずって大急ぎでトイレへ連れて行く。
トイレの前に辿り着き、葵は何とか自力で立ち上がれた。
葵は下着を脱いで足を広げ、和式便器に屈んだ。
「じゃぁボクはこれで……わぁ、危ない! 葵お姉ちゃぁん」
藤太郎は葵が前に倒れこまないように襟のところを持ち、必死に体を支えた。
葵は藤太郎の助けを借りてなんとか用を足し終え、トイレから出たものの、廊下で再び寝込んでしまった。
藤太郎は、葵をまた寝室まで引きずって運ばざるを得なかったのである。
大きないびきをかきながら眠るすゞと葵であった。
*
一月二日、午前九時過ぎ。ようやく二人が起きてきた。
「おはよう~藤太郎く~ん、おはよう」
「藤太郎君、カプアスちゃん、おはよう。あんまり記憶に無いんだけど昨日は迷惑かけたみたいね。ゴメンね」
「昨日あんなにいっぱい飲んでいたから無理もないよぉ。それでももうすっかり元通りだねぇ。二日酔いもしてないみたいだし」
「本当に、葵お姉さまとすゞお姉さまのお酒の強さには恐れ入りましたとら」
朝食を食べ終えて、今日も正月らしく過ごす。
「今日は書初めをする日だよ。書初めの宿題もあるの」
「ボクの所は美術選択だから出てないけどボクも書くよ」
すゞは習字道具を持ってきて卓袱台に半紙、硯、墨、筆の文房四宝を並べた。
「ワタシもお習字してみたいとら」
やる気満々。
「カプアスちゃんもぜひやってみてね」
お手本は『謹賀新年』。
「藤太郎お兄さま、とってもお上手ですとら」
「カプアスちゃんも漢字を書き慣れていないのにすごいよ」
「わたしのはカプアスちゃんより下手だ~」
「アハハハ、すゞちゃんのはミミズみたいだ」
「もう、ひどいよ藤太郎くん。わたしのはこんなだけど、お姉ちゃんの字はすごい上手なんだよ。書道展で何度も入選してるの」
「へぇ、ボク、葵お姉ちゃんが書くのも見てみたいなあ」
「ワタシもですとら。葵お姉さまの書写するお姿ご拝見させて下さいですとら」
「分かったわ。久しぶりだから、少し腕が落ちてると思うけど……」
奮い立った葵は、さらに難しい字を、しかも行書体で見事に書き上げてしまった。
「わぁ、すっごーっい」
「お見事な芸術作品ですとら」
それを見た藤太郎とカプアスは盛大に拍手した。
「私がここまで書けるようになったのも、酉之助和尚さんから教わったおかげよ」
「それもあの面白いお爺ちゃんなんだあ」
「本当に何でも積極的にご活動しているお方とらね」
「わたしもあのお坊さんからお習字習ったけど、全然上手くならなかったけどね。いたずらばかりしてたよ」
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