第5話

十二月三十日。

今日はいよいよすゞや岱子が参加する女相撲大会当日。

「それじゃ、いってらっしゃい。私も見に行きたかったな」

 葵残し、他の三人で出発。

 すゞは恥ずかしいからと、いつも葵には見に来ないように言っているのだ。

金沢駅前で岱子と佐々美に落ち合い、そこから臨時無料送迎バスで会場へ。五人が到

着した頃には、既に会場内につくられた土俵の周りに、女の子がいっぱい集まって試合の準備運動も兼ねた稽古をしていた。寄せ太鼓も鳴り響く。

ちなみに龍華は例の戦地へ出陣中。

「これはその名の通り、女だらけの相撲大会だよ。力士も行司も呼出も審判も女の子だけ。県内各地から集まってるの。観客に関しては男の人の方が圧倒的多数だけどね。でも残念、女相撲では上着着用。意外とわたしみたいにちっちゃい子や痩せ型の子も多いでしょう。お相撲やってるからってみんながみんな太ってるわけじゃないよ。山○山みたいな極端な大型体格の子なんて一人もいないでしょう」

「こうゆうのって普段からの練習、すごく厳しそうだねえ」

「いやいやいや~、すご~くゆるゆるなんだよ。みんなほとんど遊び気分で楽しみながらやってるよ。普通は取組前の準備運動として四股を踏んだり、てっぽうしたりするんだけど、ほら、あっちの方を見て。お菓子食べてたり、携帯ゲームしてたり、サッカーなんかしてたりしてる遊んでるしょう? 本気で相撲やってる人たちがこんな光景目にしたら、このあまりにもの怠慢っぷりに大激怒しそうだよ」

そこには、ワイワイキャッキャとはしゃぐ十代前半少女たちの姿が数多く見られた。

「ほんとだぁ。みんなとても楽しそう」

「女子中学生なら誰でも気軽に参加できるよ。服装何でも自由。ぶっちゃけて言えば全裸でも。まあそんな子はもちろん一人もいないけど。藤太郎くんも年齢性別偽っちゃったらOKよ」

「でっ、出るわけないでしょ!」

「ワタシ、この大会に喉から手が出るほど出場してみたいですとら」

 強い出場意欲を見せたカプアス。

「もちろん飛び入り大歓迎だよ。この相撲はお遊びだから楽しんでやってね。じゃ、三人とも登録してくるね」

選手登録も済み、カプアスは一番下の東序ノ口六枚目に新たに加えられた。

 すゞはこの相撲大会の仕組みを簡単に説明する。

「大関から小結まで東西に必ず配置して少なくとも二名、大関は今五名いるけど。前頭は東西五枚目まであって十名。十両は六名、幕下十六名、三段目二十名。序二段三十名、序ノ口十名と、さっきカプアスちゃん増えたから今十一名、そして横綱は今二名いるんだけど稀に不在の場合もあるよ。この地域には全部で百名以上の女相撲力士が在籍しているの」

「意外にいっぱいいるんだね。女の子にも相撲好きな子が多いんだなあ」

「さすがは日本の伝統的スポーツ、武道、神事ですとら」

「この大会は大相撲と同じ二ヶ月に一度行われてるよ。こちらは偶数月だけど。開催場所は今回含め金沢で年三回。それ以外では、二月小松市、六月かほく市、十月輪島市になってるよ」


【それではこれより序ノ口の取組を行います】

 会場アナウンスが告げられた。

「さ、カプアスちゃん、トップバッターだよ」

「カプアスちゃん、頑張ってね」

 佐々美はカプアスの手を握りしめた。

「緊張していますが、精一杯頑張りますですとら!」


【ひがあああああああしいいいいいいい、ななおおおおおおおうおおおおおおおお、ななおおおおおおおうおおおおおおおお、にいいいいいいしいいいいいいい、ぼるねえええええおおおおおおお、ぼるねえええええおおおおおおお】

 呼出から四股名を告げられると、カプアスは土俵に上がり四股を踏み始めた。所作も先ほどすゞから教わったのだ。

【東方、七尾魚、西序ノ口五枚目、七尾市出身、一年生。西方、渤泥婆羅、インドネシア・ボルネオ島出身、三年生。こちらのとってもトロピカルでプリティな女の子、遥々南の島から駆けつけてくれました】

続いてアナウンサーから四股名、出身地、年齢と、簡単なコメントが添えられる。

四股名は大相撲の力士と同じく、自分の名前や出身地から付けられる場合が多いのだ。

何度かの仕切りを繰り返して、制限時間いっぱいとなった。

【さあさあ、お二人さん、待ったなしがよ。きちんと仕切り線の内側に手を下ろしてね。これがホーム上なら通過するサンダーバートに吹っ飛ばされちゃうよ。はっけよい、のこった!】

 カプアスは相手のマワシを掴みにいこうとしたら、あらまびっくり、相手が先に自ら膝をついてしまったのである。

【ぼるうううねおおおおお】

キョトンとしながらも礼儀正しく右手で手刀を切って行司から勝ち名乗りを受けるカプアスであった。

【ただいまの決まり手は、相手側のつきひざにより、墺太利の勝ちです】

 続いてアナウンサーから決まり手が告げられる。

 カプアスは花道を通り抜け、観客席へと戻ってきた。

「なんだかワタシ、よく分からないうちに勝ってしまったようですとら」

「たまにこういうラッキーなことで勝っちゃうこともあるよ。運も勝負のうち」

 一人で三名(十両以上は五名)と対戦する。その成績によって次の大会での番付が決ま

るのだ。負け越しならば当然番付は落ちるが、大相撲と異なりたとえ全休したとしても

据え置きなのだ。

 全ての取組が一日で行われる。序ノ口の取組が午前九時ごろに始まり、横綱の取組まで終え、そして幕内最高優勝が決まって表彰式も終了するのが午後六時頃と、大相撲での一日の取組日程とほぼ同じになる。

《二回戦目》

【東方、蛸島キリコのキコリ姫、西序ノ口四枚目。珠洲市出身、三年生。西方、渤泥婆羅、東序ノ口六枚目、インドネシア・ボルネオ島出身、三年生】

「すゞちゃん、東方、なんかユニークな四股名だね。それにウェディングドレスなんか着てるう。本当にお姫様みたいだーっ」

「そりゃ四股名も服装もフリーダムだからね。奇抜なものでも何でもOK。でもわたしも岱子もそうゆう変なのは付けないようにしてるよ」

「出世出来ないってジンクスがあるからがね」

 相手力士、蛸島キリコのキコリ姫はカプアスよりもさらに小柄で、まるで枯葉のような女の子だった。

【時間だよ。待ったなしだからね、手を下ろしてね、キリコちゃん、仕切り線かなりはみ出てるよ。カプアスちゃんもちょびっとね。でもまあいっか。はっけよい、のこった!】

 これでも立ち合いは成立する。この大会はそれだけお遊びモードなのだ。カプアスは相手にマワシを与えず一気に電車道、相手を土俵の下にまで押し出した。

 わずか二秒。渤泥婆羅の完勝。

【ただいまの決まり手は、押し出し、押し出しで渤泥婆羅の勝ち】

「カプアスちゃん強い! 連勝だーっ。やれば出来るじゃない」

 褒めるすゞ。

「で、でも、何かちょっと複雑な気分ですとら。お相手の方に悪い気がしますとら」

 蛸島キリコのキコリ姫は、負けたショックからかしばらく土俵上でエンエン涙を流していた。ちなみにこの子、すゞの話によれば大会に出て一度も勝てたことが無いらしい。

《渤泥婆羅、三回戦目》

【東方、カンブリッツ、西序ノ口筆頭、お隣富山県は氷見市に生まれ、中学入った時に現在住んでいる能登町に引っ越してきました一年生です。西方、渤泥婆羅、東序ノ口六枚目、インドネシア・ボルネオ島出身、三年生。全勝がかかります】

「あーっ! 大きな寒鰤さんの着ぐるみだあ。半漁人だーっ。あれ、中の人がいるんだよね。ボク、ちゃんと知ってるよ。暖かそうだなあ」

「しっ! 藤太郎チャン、それは禁句がね」

 岱子が笑顔で優しく注意。

その刹那、会場内から『寒鰤のうた』の大合唱も始まった。と、同時に笑い声も巻き起こる。

【時間よ。カンブリッツ、いつもながら手を下ろしにくそうね。はっけよい、のこった!】

 開始一秒、あっさりと勝負が付いた。カプアスが相手の体をポンッと押すと、すぐにバランスを崩し、あっけなく甲羅を土に付けてしまったのだ。

 この瞬間、合唱もぴたりと止んだ。

驚くべきことにカンブリッツ、この取組が今大会初黒星、二勝一敗と勝ち越し来場所の序二段昇進を確実としていた。今までどうやって勝てたのかは謎である。

【ただいまの決まり手は、突き倒し、突き倒して渤泥婆羅の勝ち。おめでとう!】

 これにてカプアス、見事本割三戦全勝を果たした。しかし他にも同じく序ノ口に三戦全勝がいた。賜杯の行方は優勝決定戦にもつれ込む。


《序ノ口優勝決定戦》

【東方、幽フォー、東序ノ口二枚目、羽昨市出身、一年生。幽霊の存在は信じていますがUFOは信じていないそうです。西方、渤泥婆羅、東序ノ口六枚目、インドネネシア・ボルネオ島出身、三年生。これより優勝決定戦でございまーっす。果たしてどちらが賜杯を手にするのか。手に汗握る展開です。ご観覧の皆様、ぜひ応援してあげて下さいね】

 緊張の仕切りが続く。

【さあ、ついにお時間ですよ。手を下ろして下さい。はっけよい、のこった!】

 両者がっぷり四つに組み合う。そしてすぐに投げの打ち合いが始まった。

 互いに決まらず両者とも土俵際へ、そしてその際は幽フォーが投げを打った。決まったのか両者縺れるように土俵下へ転落。次の瞬間、東溜り勝負審判がサッと手を上げた。

「物言いがついたね」

 勝負審判五人は土俵に上がり、協議を行う。

「ボクは同時に落ちたように見えたけどなあ」

「引き分けなのでござるかな?」

協議中『アンコール! アンコール! アンコール!』と男性陣が頻りに大声で叫びまくる。言っておくがここは声優のイベント会場ではないぞ。

 一分ほどで協議が終了した。果たして勝敗の行方は?

【みんな聞いてーっ。ただいまの協議についてこの私がご説明するよーっ。行事軍配は東方有利と見てあげたんだけどね、幽フォーの体が落ちるのと、渤泥婆羅の体が落ちちゃうのとが同体ではないかなーって物言いがついて、微妙な協議の結果取り直しと決定しちゃいまーっす。ファンサービスだよ】

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!』

 正面審判長から告げられ、会場から大きな歓声が巻き起こる。

【それではこれより取り直りの一番を行います】

 幽フォーの方は息を切らし、疲れが見えている。これはカプアス有利か。

 再度仕切り。

【時間フルになったよ。きちんと手を下ろしましょうね。二人とも二番続けて取ってくれたご褒美にあとでヤシの実ジュース、ご馳走するからね。はっけよい、のこった!】

 取り直しの一番、カプアスは出だしからいきなり相手に叩かれてしまった。が、それを逆に利用して相手の膝のあたりをうまく掴むことができ、幽フォーをよろめかせ手をつかせた。

【ただいまの決まりは足取り、足取りで渤泥婆羅の勝ち。カプアスちゃん、なんと初出場にして見事優勝しちゃいました。みなさん拍手ーっ】

 この瞬間、渤泥婆羅の序ノ口優勝が決定。この地位はやはり一年生がほとんど、さすが三年生の意地を見せ付けた。

会場内からも男性陣中心に「渤泥婆羅は俺の嫁」、「Viva! 渤泥婆羅」、「カプアスちゃん、好きだ、好きだ、大好きだああああ、うおおおおおおお!!!」などとありがた迷惑な大声援が飛び交った。

 負けた幽フォーはご褒美も受け取らずさっさと退場。まあアレだしな。カプアスは二人分を喜んでいただいていた。

「カプアスちゃん、優勝おめでとう!」

「カプアスちゃん、よくやった! 感動したよ。わたしも頑張らなきゃ」

 カプアスはヤシの実ジュースを一口飲むとすぐにすゞに手渡し、あいた両手を高く挙げてバンザイし大喜び。

「序ノ口の取組からこんなに盛り上がったのは前代未聞でござる。三人のご活躍のおかげでござるよ!」

この後、序二段、三段目、幕下。十両と取組が続く。

 その間にお昼ご飯。葵特製のお弁当、すゞの分には、ワサビたっぷり超巨大おむすびが。これを食べて燃える魂注入。

 ちなみに岱子はコンビニで買った千キロカロリーは余裕で超えているであろう超特大弁当。

【これより、幕内の取組を行います】

 前頭から順に取組が始まる。二人の出番はまだまだ先。次々と繰り広げられる取組を楽しみながら観戦していた。

「藤太郎くん、次の取組はとっても面白いよ」

「藤太郎チャン、あっちを見てみるがね」

 急に会場内が大いに湧いた。選手入場口から入場してきたのはなんと、

「えっ、ええええええええーっ!?」

 藤太郎は目を大きく見開いて叫んだ。

「やっぱ驚いた? 本当に誰でも参加、出場できるからね」

「人間じゃなくても“性別が女”であれば何でもありやなんがね。あの子はメスのツキノワグマだし」

 それは花道をノッシノッシと練り歩いてゆく。

「……」

 藤太郎は唖然としている。こんな光景突然目にしたら当然の反応だろう。

「こっ、これは、実に興味深い取組ですとら。人間と熊さまとのお相撲は、金太郎さまのお話を思い浮かべてしまいますとら。目の前に日本の昔話ワールドがリアルに広がっていますとら! 果たしてどんなバトルが繰り広げられるのでしょうかワタシも興味津々ですとら」

 カプアスは自身も蝶々に変身できるからなのだろうか、初めて目にしても別に不思議に思っていなかったようだ。

【東方、小結、加賀月の輪、白山連峰出身、推定十四歳。人目に付かない山の中で密かに特訓中。西方、能登殿ノート、東前頭二枚目、輪島市出身、二年生】

「いっ、いくらなんでもクマとやるなんて、どう考えても危ないよ。戦う相手の子が大怪我しちゃうよ」

「まあ見てて欲しいがね。おもろいから」

 いつの間にか制限時間いっぱい。

【クマちゃんは元々手が下りている状態なので見合って、見合って、はっけよい、のこった!】

 軍配返され、能登殿ノートはすぐに上着の下に隠し持っていたエサである鮭の切り身(マヨネーズで味付け)パックをすばやく取り出し封を開け、土俵の外にポンッと投げつけた。すると、加賀月の輪は、エサをとりに、まるでフリスビーを取りにいくワンちゃんのように相手力士には全く見向きもせず一目散に走り去り、自ら土俵の外へダイブ。おまけに柱に頭をゴッチン。

【のとどののおおおとおおお】

 勝ち名乗りを受ける際、勝った能登殿ノートは蹲踞姿勢をとらず立ったままで「どんなもんだい!」と言わんばかりに両手を高く上に上げ、バンザイポーズをとった後、中腰で自信満々に懸賞(ここではお菓子や化粧品など)を、右手を使ってはいるが奪い取るようにすばやく受け取っていた。大相撲の世界ではこのような受け取り方はNGだが、ここではノープロブレム。

【ただいまの決まり手は送り出し、送り出して能登殿ノートの勝ち。クマちゃん哀れですね】

 アナウンサーが告げる。釈然としないが、こんなやり方で勝つと決まり手は“送り出し”になるらしい。

敗れた加賀月の輪は、自ら会場隅の方にある救護センターへとトタトタ向かい、氷枕で冷やしてもらったようだ。

「あっさり勝っちゃった……」

「あの子、最高位は横綱に一番近い東大関なんだけど、最近すっかり弱くなっちゃったね。最初出てきた頃はみんな怖くて逃げ回ってたから。優勝経験も何度かあるし。けどだんだんみんな戦い方、攻略法が分かってきたみたいで……、今回も負け越したら来場所平幕に落っこちちゃうのよ」

「あの子、もう人間に懐いちゃってるし、襲うこともないようだから舐められてるような気もせんでもないでござるがな」

 すゞの心配通り、加賀月の輪は二勝三敗と負け越してしまった。

「あ~あ、残念。でもあの子は弱くなってからの方が人気出るようになってきたの。最近はみんなから『カ~ガちゃん』の愛称で親しまれるようになったんだよ」

 加賀月の輪が花道を抜けて退場する際、客席から、「カ~ガちゃん、俺と結婚してくれーーーっ!!!!!!!」、「カ~ガ天下を目指せーっ」、「十両に陥落しても絶対やめないでねーーーっ!!!」、などと、特に男の人からの声援が凄まじかった。

「グッズもたくさん出してるよ。等身大フィギュアにぬいぐるみ、キャラソンCDやイメージDVD・BD、風呂に貼れるポスターなどなど」

「あともう一人ユニークな力士が出場するから楽しみに待ってて欲しいがね」


                  *


【ただいまの決まり手は、送り出し、送り出して黒宝達の勝ち】

 関脇、宝達志水町出身の黒宝達は、きちんと一礼して勝ち名乗りを受け土俵から下り、照れ屋さんなのか速足でカサカサカサッと花道を通り抜けてゆく。特注サイズの金箔で彩られた黄金マワシが、アーモンド色に輝く彼女のプリティーさをより一層際立たせていた。

「カプアスちゃん、藤太郎くん、この相撲、面白かったでしょう? あの子また圧勝だ」

「はい、すゞお姉さま。一寸の虫にも五分の魂というものがひしひしと伝わってきましたとら! 小さい体で懸命にお相撲を取るそのお姿、ワタシも強く共感できましたとら」

「私、あのお相撲さん大嫌い」

「……ほっ、本当に何でもありなんだね……」

 藤太郎はあっけらかんとしていた。

「さあ、いよいよ次があたしの出番がね! 一発かましてきますがね」

 座布団席でその取組を見届けた岱子がスクッと立ち上がった。

いよいよ大関戦の開始だ。

「岱子、頑張ってねーっ」

「張り切ってくがね!」  

 岱子はやや緊張しながらも、どっしりとした足どりで土俵へと向かった。


【東方、大関、千代岱子、金沢市出身、十五歳。西方、小結、兼ろくろ首、金沢市出身、二年生。同郷対決、非常に面白い取組が見られそうです】

 岱子が土俵上に上がると、客席からかなり盛大な拍手が送られた。彼女の四股名が書かれた横断幕も掲げられた。近くの幼稚園の園児達や小学校の児童達も総出で応援に駆けつけてくれたのだ。

【タイムいっぱいよ。岱子ちゃん、さっさと手を下ろしなさいよっ、べっ、別にあんたの取組なんてこれっぽっちも期待してないんだからっ! はっけよい。のこった!」

 軍配返されそのわずか0.5秒後、岱子は相手よりも逸早く攻撃態勢に入っていた。ひょっとこのお面のように唇を尖らせながら、アフリカのサバンナでチーターがシマウマを襲う時ように。彼女の一生懸命頑張る姿がひしひしと伝わってくる。応援してあげたい。

「岱子、ナイス立ち合い。そのまま突っ走れーっ」

「岱子ちゃん、強いなあ。すごい勢いで張り手が繰り出されてるう」

 高速船のスクリューのように、目にも留まらぬ速さで絶え間なく繰り出される強烈な突っ張り、瞬く間に相手を土俵際まで追い詰めた。兼ろくろ首非常に苦しい状況。

「おおおおおおお! 岱子お姉さま、あともう一歩ですとら」

「岱子、土俵際の逆転には気をつけてねーっ」

 兼ろくろ首の方も負けてたまるものかと意地を見せつけ俵の上で弓反りになって懸命にねばる。岱子は中々相手を土俵の外に出せない。そこで、

「あっ、この体勢は……、岱子。それはやっちゃダメーっ!」

 岱子は相手を叩き落とそうとして相手の肩を引いたのだ。

それがかえって相手を呼び込んでしまい、逆に今度は押し込まれてしまったのである。

 兼ろくろ首が一気の攻めで押し出そうとした時、岱子は咄嗟に横にかわして俵の寸前で変化、兼ろくろ首の側から見れば目の前に誰もいなくなった状態だ。その際岱子はジャンプしたが、着地時、足を滑らせ転倒。兼ろくろ首は何とか土俵を割ることなく俵の上に踏みとどまっていた。

 次の瞬間、会場内はドッと爆笑の渦に包まれた。このパフォーマンスに園児、児童達も大喜び。

「アハハハッ、面白いやあ」

「これは落語に匹敵する滑稽さですとら!」

「ワッハッハッ、岱子、今回もまた楽しませてくれてありがとう」

【ただいまの決まり手は叩き込み、叩き込んで兼ろくろ首の勝ち。岱子ちゃん、負けてもたけどめっちゃおもろかったでーっ、次の取組も楽しませてやーっ】

 岱子は悔しそうながらもさわやか笑顔で花道を引き下がり、四人のいる座布団席へと戻ってきた。

「初っ端から負けちゃったがね。これで優勝はもう無理がね」

「これでわたしとも戦えなくなっちゃったよ」

同じ中学出身の者同士は優勝決定戦にならない限りは対戦が組まれない。

「岱子ちゃんすごく惜しかったね」 

「本当に残念な取組でしたとら。Don‘t mind! 次の取組は頑張って“勝って”笑わせて下さいですとら」

「今大会初戦も『東海道中膝栗毛』並みに面白い取組でござったよ」

「もう、あそこで引いちゃダメだよ岱子」

「またついやっちゃったがね。墓穴掘っちゃったがね」

「岱子の相撲って笑えるでしょう? 勝っても負けても面白い相撲とるのが人気の秘密なんだよ。癒し系相撲って呼ばれてるの」

「これからも、高校入って一般の部になってからも、こんな風に観客のみなさまを楽しませる相撲見せてあげるから応援よろしくがね」

 岱子は弱点を治そうとは思わずに、これが自身の個性であると開き直っているようだ。

「さて、いよいよ、わたしの出番だ!」

 すゞはこぶしを握り締め、威風堂々土俵へと向かった。


【東方、横綱、すゞの里、金沢市出身、三年生。西方、関脇、くたくたクタニン。加賀市出身、三年生】

「うわぁ、体格差がかなり大きいよ。すゞちゃん勝てるのかな」

「相手方は177センチもあるからね。あたしなら無理がね」

「すゞちゃんならきっと大丈夫」

「全く問題なしでござろう」

「すゞお姉さま、一寸の虫にも五分の魂ですとら!」

 そんなお話しているうちに制限時間いっぱい。

【待ったは無しな。手を下ろして、はっけよい、のこった!】

 立ち合いは互角、両者がっぷり四つの体勢になった。

「よおし! 組んだでござるな。これでもう勝負ありでござる」

 次の瞬間、

「とりゃあああああああーっ!」

 と、すゞの叫び声。そして、


【ただいまの決まり手は櫓投げ、櫓投げですゞの里の勝ち】

 すゞは初戦を制した。その後も続々勝ち進め、四連勝。

 ちなみに岱子はその後難敵、黒宝達も下し三勝二敗で終えていた。

「すゞちゃん、あと一番だよ。とっても強いね。これで優勝も楽勝だね」

「いや、それが、今回ちょっとね……」

何かに脅えているような表情のすゞ。

その直後だった。会場内に法螺貝の音が響き渡った。この合図が最後の取組の始まりを告げるものである。

そして観客席から大きな声援が沸いた。入場口に目を向けた。

「あ! お馬さんだあ!」

「おう、平家物語の連銭葦毛なる馬とらーっ。生で初めてお目にかかりましたとら」

「うわーっ、やっぱ出やがったか。幻の西横綱、せっかく私、東の座を守ってたのに」

 嘆くすゞ。

「どうしたの? すゞちゃん。お馬さんとお相撲取れるんだよ」

「あいつ、めっちゃ強いらしいのよ。わたし、前の二月の時はまだ小結だったから対戦は初めて。五年くらい前から横綱の地位にいるらしいの。校庭で飼われてるから年齢とか関係なく中学生扱いだよ」

 ビクビク震えながら土俵へ向かうすゞ。

【ひがあああああああしいいいいいいい、すずのおおおおおさあああああとおおおおお、すずのおおおおおさあああああとおおおおお。にいいいいいいいしいいいいいいい、ほうすほおおおおおおおすううううううう、ほうすほおおおおおおおすううううううう】

 四股名が呼び上げられた。両者土俵の上へ。

【東方、横綱、すゞの里、金沢市出身、三年生。西方、横綱、鳳珠ホース、鳳珠郡穴水町出身、推定十八歳。今年もまた帰ってきたーっ。冬になると運動不足になるので十二月場所と二月場所だけは出場するというやる気あるお馬さんです。行司さん、勝負審判さん、砂被り席にお座りになられているお客様。大怪我なさらないように気をつけて下さいね】

 ついにやって来た本日のメインディッシュ。横綱同士の大決戦だ。

 鳳珠ホースは眼光を鋭く輝かせ、かなり鼻息を荒くしながらすゞを睨みつけ吠えかかっていた。

「なんか思ったより怖そうなお馬さんだね。すゞちゃん大丈夫なのかな?」

「あれは絶対暴れ馬とらよ。駄馬ですとら。競馬場で躾直した方がいいですとら」

「まあ、刮目して見て欲しいがね。すゞも相当な実力者だから」

「すゞ殿も初顔でござるからかなり緊張しているようでござるな」

七回目の仕切りで、いよいよ制限時間いっぱい。

【待ったなしがや、見合って、見合って、はっけよい、のこった!】

 軍配が返されたと同時に、パカンッと一発、乾いた音が会場中に響いた。

 

そして土俵下で仰向けに倒れているすゞ。

その間わずか一秒だった。

「ありゃりゃ、やっぱダメだったがね」

 すゞはあの間に前足で蹴られ、土俵外へ吹っ飛ばされてしまったのだ。むくりと起き上がって土俵に上がり、一礼して再び下り、花道を引き下がるすゞ。

【ほうすほおおおおおすううう】

 前足蹄で勝ち名乗り、懸賞を受け取る鳳珠ホース。顔には笑顔いっぱい。

【ただいまの決まり手は、突き倒し、突き倒して鳳珠ホースの勝ち。全勝同士決戦、一年の沈黙を破り、鳳珠ホースが制しましたーっ。すゞちゃん三連覇ならず、残念】

 この瞬間、鳳珠ホース、本割り対決を制し、五戦全勝。優勝決定戦進出。

「すゞちゃん、かなり吹っ飛んだけど怪我は無いの?」

「人間大砲のようでしたとらよ。きれいな放物線運動でしたとら」

「平気平気、わたししっかり受身取ったから。あ~ん、やっぱあいつには太刀打ちできなかったよ。怖かったあ」

 すゞはちょっぴり涙目になっていた。

弓取り式、打ち出しも終え、続いて優勝決定戦が行われる。

 横綱とは組まれない東前頭三枚目の地位でちゃっかり五戦全勝してしまった、白山市出身、牛首獄、二年生は先ほどの取組を目にして、相手を恐れてしまい棄権。これをもって今大会、鳳珠ホースの幕内最高優勝が決定した。


【これより、各段表彰式を行ないます】

「カプアスちゃん、出番だよ」

「表彰台に上がれるなんて、夢のようですとら」

【序ノ口優勝は渤泥婆羅。成績は三戦全勝。右は女相撲大会金沢場所において成績優秀により賜盃にその名を刻し、永く名誉を表彰します。おめでとうございます。また参加してねーっ】

 カプアスは表彰状とトロフィー、そして祝福のキスを受け取った。

「Terima kasih.ワタシは今、とてもハッピーな気分ですとら」

 カプアスは優勝インタビューされる際、ちょっぴり嬉し涙も見せていた。その後、引き続き十両まで行われる。

そして最後に幕内最高優勝者の表彰式。当然のように一番豪勢に祝われる。

ここでの大関昇進条件は直前三場所合計十一勝以上。

 横綱昇進条件は大関で二場所連続優勝しなければならない。大相撲と比べ、取組数が三分の一と少ないので、優勝力士の成績は全勝がほとんどであり、さらにほぼ毎回決定戦にもつれ込む。厳しい戦い、狭き門を乗り越えた者だけに与えられる称号だ。

「そういやあたしんちに生息してる小学校高学年の頃からずっと引き篭りで美少女アニメ・フィギュア・ゲーム・ラノベ・雑誌・コミックばかり眺めている竜嗣お兄ちゃんは絶対逸材だと思うがね。大相撲って男だけのスポーツでしょ? うちのおかんはプロ入り出来なかったって悔しいって昔からいつも不満ばかり言って嘆いてたがね。そやから今ね、息子、つまり竜嗣お兄ちゃんに入門させて自分の叶わなかった夢を託そうと躍起になって説得してるのがね。身長186センチ、体重139キロ。かなり立派な体格がね? お母さんはすごく期待してて、あたしも絶対横綱になれると確信してるがね。竜嗣お兄ちゃん、大学に進学する気も全くないみたいがやし、このニート状態まま放っておくと才能発揮できず勿体無いがね」

「……絶対あの子入門したその日に逃げ出すよ。確信できる。この女相撲サークルの雰囲気と違って大相撲の世界は厳しいからね。ただ体が大きいだけじゃダメなんだよ。岱子も岱子のママも間違ってるよ……」

 すゞはそうアドバイスしたが、岱子は「竜嗣お兄ちゃんは絶対やれば出来る子やがね」と強く力説。全く聞く耳を持っていないようであった。おそらく母親に言っても同じであろう。彼女は竜嗣とも知り合いで、彼から度々ゲームソフト等を借りているという。

【表彰式に先立ちまして国歌斉唱。皆様ご起立願います】

 すると月琴、尺八、三味線など、多数の和楽器の演奏で前奏が流れ始める。これについては本場大相撲より和風ティストだ。

『きみが~よ~は♪……』

 そして会場のみんな、一斉に歌い出す。カプアスも口ずさんでいた。なんと日本の国歌の歌詞もちゃんと知っていたのだ。他にも外国人参加者は何人かいたが、歌えた者は皆無。

 幕内最高優勝者への景品には、高級和菓子セットに加賀友禅や九谷焼、金箔製品ななど、地元高級特産品が多数振舞われた。

「次は中学最後、あいつに勝って絶対優勝目指して頑張るぞ!」

「あたしも負けないがね! 優勝して中学最高の思い出にするからね」

来場所への意気込みを語る二人の姿であった。


おウチに帰ると、ご褒美にと葵からの美味しいご馳走が待っていた、とさ。

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