第4話

十二月二十六日。

今朝は葵が最初、藤太郎が二番目、そしてすゞが三番目に起きてきた

「お姉ちゃん、藤太郎くん、カプアスちゃんはぐっすり眠ってたよ」

「藤太郎君よりずっと長旅で疲れてたのね。朝食は日本食を作ってあげましょうか」

「いいねえ。カプアスちゃんきっと喜ぶよ」

 三人で朝食を作り、卓袱台に並べた。香りに釣られて、カプアスが起きてきた。

「おはようございますとら。いい香りがするとら」

「おはよう、カプアスさん。朝ごはんよ」

 朝食には納豆、沢庵などの漬物、味噌汁、ナスの味噌田楽、そしてお茶漬けが卓袱台に並べられている。

「わー、これこそ日本の朝食ですとら」

 カプアスは日本食に大絶賛だ。

「カプアスちゃんは納豆平気なんだね」

「はい、良い歯ごたえですとら。このカラシというものも最高ですとら」

「納豆は日本人でも苦手な子が多いけどね」

「お茶漬けも美味しいとらね」

「そうでしょう? やっぱ日本人ならお茶漬けよ。私は週に五回は食べてるわ」

「ボク、お茶漬けはサケが一番好きだな」

「お茶漬けはロボットみたいな動きをするお相撲さんも大好物だよ」

みんなで朝食を食べている途中、トントントンッと窓を叩く音が聞こえて来た。

「あ、荷物が届いたとらね」

「あ、あの鳥は!」

 そこには、とても大きな荷物を美しい羽に背負った鳥がいたのだ。

「極楽鳥、別名フウチョウ族の一種、アカカザリフウチョウだーっ。この鳥はニューギニア島周辺にしか生息していないはずなのに……」

その姿はまるで一日遅れのサンタクロース(鳥だが)のようであった。

その鳥は次の瞬間、肌は褐色で縮れた髪の毛、厚い唇などの特徴を持つパプア系のおじさんの姿へと変身してしまった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

(二人はインドネシア語で会話中)

「Selamat Pagi.(おはようございます)」

「Selamat Pagi.郵便屋のおじさま、遠い所からご苦労様です」

「ニューギニア島から飛び出して、日本へは生まれて初めて飛んで来たよ。とても寒い国だね。でも噂通り素晴らしい国だよ。雪景色はとても美しい。これで今年の仕事納めだから、この後温泉にでも立ち寄って体を温めて、その後いろいろ日本の観光地を巡ってみようと思うんだ」

「郵便屋のおじさん、温泉は本当にいいですよ。日本旅行を満喫してね」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 カプアスは荷物を受け取り、郵便屋のおじさんと一旦別れを告げた。

郵便屋のおじさんは、人間の姿のまんまで観光旅行に行ったようだ。

「あの鳥さんも変身能力を持ってるんだね」

「はい、藤太郎お兄さま、あのおじさまが持っている他の特殊能力はご覧なったように自身の何十倍もの重さのものを持ち運べる能力ですとら。この箱の中にみなさまへのたくさんのお土産がありますとら。日本のみなさまにプレゼントしようと飛び立つ前に郵便屋さんに頼んでいましたとら。あのおじさまには、ワタシの今の居場所も特定できることが分かるように、探知能力も持ち合わせているとらよ」

 カプアスはさっそく箱を開けた。

「まずは果物の王様ドリアンですとらよ。よいしょ!」

 カプアスは両手で取り出した。ドカッと卓袱台に置く。

「これ、においがものすごいやつだあ」

「トゲトゲしてるね」

「ドリアンとはマレー語で日本語に訳すとトゲのあるものという意味とら。においのせいで航空機では運べないとらよ」

「でも、あんまりにおってないよね」

 すゞはドリアンの実に鼻を近づけてクンクン嗅いでいた。

「中身の果実のにおいが強烈とらよ」

「ボク、ちょっと怖いけど、一度どんなにおいか確かめてみたいなあ」

「わたしもーっ」

「それじゃ切ってみましょうか」

 葵は俎板の上にドリアンを置いた。

三人は興味心身だ。

「それじゃ切るね。えいっ!」

葵は包丁で勢いよくスパッとドリアンを切った。

するとたちまち部屋中にドリアンの香りが充満し始めたのだ。

「うっ、噂どおり、においがすごいねぇ」

「うわ、これはあれのにおいだーっ」

 藤太郎とすゞは咄嗟に鼻をつまんだ。においは急速に拡散し、どんどん増していく。

「確かに、においはすごくきついんだけど。こういうのほど美味しいはずよ。私は食べてみるわよ」

「わたしも食べるよ」

「ボッ、ボクは遠慮するよ。失礼だけど食べる気失せちゃった」

すゞと葵はドリアンのクリーム状の果肉を口に入れた。

「……なんだか微妙な味だ」

 すゞは顔をしかめた。

「甘くて美味しいわ。藤太郎君も食べればいいのに」

 葵は満面の笑みを浮かべている。

「藤太郎お兄さまもぜひぜひお召し上がり下さいませとら」

「藤太郎君、偏見を持っちゃダメだよ。熊肉で分かったでしょう?」

「わっ、分かった。一応食べてみるよ」

 葵とカプアスに強く勧められ、藤太郎も勇気を出して口に放り込んでみた。

「……なっ、なんか不思議な味」

 藤太郎はティッシュを口にあて、ペッと吐き出してごみ箱に捨てた。

「もういらないや。ゴメンねカプアスちゃん」

「わたしもいらない」

すゞも一度味わってみて、もう結構と思ったようである。

葵だけは病み付きになり、あっという間にドリアンを完食してしまった。

「葵お姉さま、また機会あればいつでもプレゼントしますとらね。藤太郎お兄さまとすゞお姉さま、こちらはいかかですとらか?」

 カプアスはビスケットやキャンディーなど、加工されたドリアンのお菓子類を箱から取り出し、二人の前に持ってきた。 

「わあ。タイのお土産だあ!」

「何って書いてあるのか全然読めない。でも美味しそう」

 二人は喜んでそれらを手に取り口にした。 

「……確かに、においはあるけどボク、お菓子は大好きだから食べれるよ」

「わたしもこれだったら平気」

「やはり葵お姉さまのおっしゃっていた通りですとら。こちらはボルネオ島に咲いているお花たちさまですとらよ」

「この本場ボルネオ島のウツボカズラ、とっても大きいねえ。スケールが全然違うよ」

「このウツボカズラ、テストの答案を隠して溶かすことも出来るね」

「すゞ、私に詳し~く説明してくれるかしら」

 葵はにっこりと笑みを浮かべた。

「ごめんなさいお姉ちゃん」

「ラフレシアとスマトラオオコンニャクのお花の種もありますとらよ」

「ラフレシアって、確かドリアン以上にすごいにおいがするやつだね。植物園で一度見たことあるけどすゞちゃんの下着や靴下みたいに嫌なにおいだったよ」

「ちょっと、藤太郎く~ん」

 すゞは藤太郎の頭を握りこぶしでゴチンッと一発叩いた。

「いたたたあ、すゞちゃんごめん」

「お姉ちゃん、これは植えるのには勇気がいるね」

「一応種は貰っておくわね。育てないけど」

「その方がいいと思いますとら。このお花のにおいはワタシでもちょっと苦手とらから。ドリアンの香りは良いとらが」

「カプアスちゃん、こっちのスマトラオオコンニャクはどんなお花なの?」

「スマトラオオコンニャクは七年に一度、二、三日しかお花を咲かせないとらから、それを目にした時の感動は計り知れないとらよ」

「すごいやあ」

「それじゃこっちはお庭に植えて大事に育てるね」

「お花が咲くのが楽しみね。熱帯の植物だから育てるのは困難と思うけど、頑張るわよ」 

三人はラフレシアはくさいお花という認識があったが、スマトラオオコンニャクについては死体花という別名もあるこれまたくさいお花であるいうことは知らなかったようだ。植物に詳しい藤太郎もここまでは知識の範囲外だったみたい。他にもマレーシア、インドネシア、パプア・ニューギニア各国の民芸品やお金も戴いた。

「お礼に私からも日本のお土産をプレゼントよ」

 葵はカプアスに金箔や九谷焼磁器、加賀友禅の小物などをプレゼントした。

「ありがとうございますとら。遠くまで飛べないジンメンカメムシさまやコーカサスオオカブトさまやハナカマキリさまたちにも素晴らしいお土産が出来ましたとら」

 カプアスは大感激していた。



「今日は藤太郎君とカプアスさんを金沢とその周辺の名所に案内してあげるね」

「金沢は古い和風の町並みも多く見られるよ」

「それはかなり楽しみですとら」

「ボクも金沢の観光は初めてだ」

 今日も雪がしんしんと降り続いている。まず始めに向かった先は《金沢城跡》、そこを通り抜け《兼六園》へ。

「ここは雪吊りしてる木もあるんだよ」

「雪の重みで木が倒れないようにしてあるのよ。雪の積もった兼六園は素敵でしょう?」

「美しくて絵になる風景ですとら。風情がありますとらね」

「雪国ならではのいろんな工夫がなされてるんだね」

「ちなみに兼六園は水戸の偕楽園、岡山の後楽園と共に日本三名園になってるのよ」

みんなは一通り園内を周回して、通りへと出た。

「カプアスさん、この近くにアニメショップがあるけど、寄ってみる?」

 葵が尋ねた。

「アニメ!? もちろん寄るですとらよ」

 カプアスは耳にした瞬間大興奮。

「あのお店はわたしよく利用してるよ。カプアスちゃんは日本のアニメが大好きなんだね。わたしも」

「ボクもだよ。アニメや絵本って夢を与えてくれるんだ」

「そうですとら。日本のアニメ文化は最高の賜物とら」

てなわけで、みんなでアニメショップへ入った。

すると、

「おぅ、またお会いしたでござるな。また一人増えているでござる」

「よう、すゞっち、三日振り」

「こんにちは……」

「あ、岱子と龍華ちゃんと佐々美ちゃん」

「岱子ちゃんたち、こんにちは」

「こんにちは、仲良し三人組さん」

 例の三人組、ご登場。岱子はカプアスの方へチラッと目を向けて、すゞに尋ねた。

「こちらの子、外国人でしょう? とってもかわいい子がね。この子も親戚の子?」

「違うよ岱子ちゃん。この子は東南アジアからお空を飛んでやって来たクリスマスプレゼントだよ。本当の姿はアカエリトリバネアゲハっていう外国産の蝶々さんなの。昨日知り合ったばっかりだよ」

「へぇーっ、異国の蝶々さんなんだ」

「高等な変身の術者でござるな」

「わりとすごい……」

「はじめまして、ワタシはボルネオ島生まれのカプアスという者ですとら。十四歳の中学三年生ですとらよ」

「みんなと同じ学年だよ。小学生に見えるけどね」

「ワタシ、四月一日生まれでして、同学年の中では最も年少であることも関係してるかもしれないとら」

「それでわたしたちのこともお姉さまって呼んでたのか」

「初めましてカプアスちゃん。あたしは表岱子がね」

「初めましてカプアス殿、拙者の名は内潟龍華でござる」

「初めまして、干場佐々美です」

「こちらこそよろしくですとら。あっ、龍華お姉さま、それは忍者のコスプレとらね?」

「龍華ちゃんは今、忍者にハマッてるんだよ」

「ワタシも忍者、大好きですとらよ。和の文化の賜物ですとらから」

「これはこれは仲間でござるな。外国の方にも気に入ってもらえて拙者、嬉しい限りでござるよ。カプアス殿に手裏剣と巻物を授けよう。もちろん玩具ではござるが」

「ありがとうございますとら。龍華お姉さま」

「あのぅ……」

 佐々美はカプアスに寄り添ってきた。

「どうしたとらか? 佐々美お姉さま」

「写真……」

 佐々美はデジカメをカプアスの目の前にかざした。

「ワタシといっしょに写真に写りたいのですとらね」

「うん」

 佐々美は小さくうなずいた。カプアスは佐々美の心情を察したようだ。

「あのぅ、藤太郎お兄ちゃんも……」

「ボッ、ボクも?」

「佐々美ちゃんは三人一緒に写りたいみたいがね。藤太郎チャンも写ってあげて」

「分かった」

 藤太郎は照れながら佐々美に近寄った。

「私が撮ってあげるね」

「ありがとう、すゞちゃんのお姉さん」

佐々美は葵にカメラを手渡した。

「それじゃぁ撮るわよ。はい、チーズ」

 葵側から見て佐々美が真ん中、右側に藤太郎、左側にカプアス。佐々美はご満悦という表情だった。


「グッバイ! みんな。あたし、一気に国際人になれた気がするがね」

「東南アジアからの旅人にもお方にもお会いすることができて、拙者、たいへん嬉しいでござるよ。拙者は明日から江戸へ遠征して年二回のお祭りを楽しんでくるでござる」

「さようなら」

 その三人組と別れを告げ、みんなは駅へ向かって通りをテクテク歩いてゆく。

「今十一時ちょっと前か。少し早いけどお昼にしましょうか」

みんなはすぐ近くのファミレスに入った。

「四名様ですね。奥のテーブルへどうぞ」

みんなイス席に座ってくつろぐ。葵はメニュー表を手に取った。

「この中から好きなものを選んでね。私は天丼」

「わたし、チキンカレー激辛」

「ワタシ、食事は屋台で食べることが多かったとらから、レストランという所で食事をするのは生まれて初めてとら」

カプアスは嬉しそうにメニューを選んだ。

「ワタシは数あるメニューの中で、一番このお子様ランチという名のものが食べたいですとら」

「じっ、実は、ボクも……」

 藤太郎はちょっと恥ずかしそうに挙手してそう伝えた。

「藤太郎くんもか。やっぱりお子様だね」

「でも年齢制限があるわよ。十一歳までだって。……まあ別に問題ないか」

「この二人は小学生にしか見えないからね。精神年齢も(頭脳に関しては藤太郎くんもカプアスちゃんも大学生レベルはあるね)。わたしも人のこと言えないけど」

「お飲み物は何にする? 私はコーヒーにするわ」

「わたしはメロンソーダ」

「ボクはレモンジュースにする」

「ワタシはお抹茶が飲みたいですとら」

「カプアスちゃん渋いねーっ。わたしには苦くて飲めないよ」

「日本の代表的なお茶だからとらね」

葵は呼びボタンを押して、やって来たウェイターに注文を頼んだ。

「天丼お一つ。チキンカレーお一つ。お子様ランチがお二つですね。お飲み物はクリームソーダ、レモンジュース、抹茶、コーヒーがそれぞれ一つずつですね。ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい」

 ウェイターはカプアスと藤太郎を全く疑っていなかったようである。

「たっ、頼んでよかったのかな?」

「ワタシもちょっと心もとないですとら」

「まったく問題ナッシング!」


五分ほど待つと、まず始めに藤太郎とカプアスの注文が運ばれて来た。

「お待たせしました。お子様ランチです。それとお飲み物のレモンジュースと抹茶でございます」

 定番の新幹線のお皿に旗の立ったチャーハン、プリンなどが盛られている。おもちゃのサングラスもついていた。カプアスは早速かけてみる。

「似合ってるとらか?」

「うん、カプアスちゃんにぴったり。次はボクがかけてみるね」

 ウェイターは笑顔で横から、じゃれあっている二人を眺めていた。

「お二人は仲の良いお友達同士ね。これもサービスよ」

 シャボン玉セットも、特別におまけに付けてくれた。

「良かったね。藤太郎くんとカプアスちゃん、とっても嬉しそうだね」

「目が本当の幼い子供のように輝いてるわよ」

「そっ、そうかなあ?」

「ワタシ、藤太郎お兄様とお揃いで嬉しいとらからね」


さらに一分後、

「お待たせしました。天丼とチキンカレーです。スパイスはお好みでお付け下さい。そしてお飲み物のクリームソーダとコーヒーです」

 続いてすゞと葵の注文もやって来て、これで全員分が揃った。

「私とすゞのも来たね」

「それじゃぁ食~べよう」

藤太郎とカプアスは美味しそうにお子様ランチを食べている。

「ワタシ、このエビフライが大好きとら。日本特有の洋食とらね。イスラム教の方は食べない方も多いですとらが。ワタシの国ではエビを炭火で焼いた『ウダン・バカル』という物もありますとらよ」

「ボクもエビフライ大好きだよ」

「わたしも、シャクシャク歯ごたえがいいよね」

「私もよ。エビフライと天丼が特に大好物だけど、エビ料理は全般的に好きよ」

 こんな風にみんなでワイワイおしゃべりをしながら楽しいランチタイムを過ごした。



午後からは金沢市から少し離れた場所へと向かう。『ひがし茶屋街』を経由して金沢駅へと向かい、そこからバスに乗って約一時間、《いしかわ動物園》へやって来た。

「藤太郎君、カプアスちゃん、迷子にならないようにしましょうね」

「わたしとお姉ちゃんから離れちゃダメだよ」

「ボク、そんな子供じゃないよ」

「ワタシ、迷子になるかもしれないので、すゞお姉さまと葵お姉さまに引っ付いて歩きますとら」

正面ゲートの自動券売機で入場券を購入する。入園料は一般が八百十円、中学生以下は四百円となっている。

「藤太郎君は高校生だけど、余裕で大丈夫だね」

「きっと小学生でも大丈夫だよ」

「本当は年齢通りで入らなきゃいけないんだけど、ボクの場合、その方が怪しまれるから子供料金で入るよ」

「わたしもシンガポール動物園などを利用する時、それで入場していますとら」

「私も中学生以下でいけるかな?」

 葵は中学以下料金の券を購入し、見事にパスした。

「やったあ。私まだまだ若いよ」

「お姉ちゃん。本当はやっちゃダメなんだよ。藤太郎くんやカプアスちゃんは特別だけど。でもわたしもまだ小学生でいけそう。最近の小学生って発育いいからね」

 

園内を楽しく散策中。

 ☜

動物園ではお馴染み有袋類の檻の前で、

「すゞちゃん、カプアスちゃん、ピョンピョン跳ねてかわいいねぇ。ボク、カンガルーさん大好き」

「ワタシもカンガルー好きですとら」

「わたし、カンガルーさんとお相撲取ってみたいなあ」

「そんなことしたらかわいそうだよぉ」

 そんな三人をよそに葵は他のある動物に陶酔していた。

「あ、お姉ちゃん、さっきからずっとエミューに釘付けだあ」

「葵お姉ちゃぁん!」

藤太郎が葵の肩をポンッと叩くと葵は我に帰った。

「あっ、藤太郎君。オーストラリアって変わった動物さん多いでしょう? 私、ついつい見惚れてしまったの」

「葵お姉ちゃんも目が幼い子供みたいに輝いてたよぉ」

「あん、子供みたいな藤太郎君に言われちゃった」

「葵お姉さま、気持ちは分かるとらよ」

その他の動物ももちろんみんな楽しく見て回り、テナガザルやオランウータンには、カプアスは故郷の仲間に出会えたと特に大喜びだった。

売店でぬいぐるみなどを購入し動物園を出て、次の目的地へと向かう。

「最後は《ハニベ厳窟院》に行くわよ」

「ここは珍スポットとして有名だよ。観光ガイドにもあまり紹介されてなんだあ」

 動物園からはタクシーで移動し、入り口前にたどり着いた。

「わあ、肩から上しかないよ、この仏像さん」

「独特な造りの入場門ですとら」

「お相撲さんのお顔に似てるでしょう?」

 入口の前は、いきなりでで~んと巨大な仏像様がお出迎え。そこをくぐり抜けて院内へと入る。

「どう、面白い場所でしょう?」

「気に入った? わたしは何度も来たことがあるよ」

「確かに楽しい場所なんだけど、怖あい仏像さんがいっぱい置いてあるう」

「日本へ来る途中に立ち寄ったラオスの首都、ビエンチャンにあるワット・シェンクアンみたいな所とら」

 カプアスの方は大満足。藤太郎も少し怖がっていたものの、それなりに楽しんでいたようだ。

再びバスに乗って金沢駅へ戻り、さらに別のバスに乗り換えて帰路につく。



午後八時前、おウチに到着した。

「すっかり真っ暗になっちゃった」

「今日はあっという間に時間過ぎてったね」

「とっても充実した一日でしたとら。かわいいぬいぐるみさんもたくさん買っていただき、大変嬉しかったですとら。能力がまた目覚めたら、お話してみたいものとらよ」

「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。今日はとっても楽しかったよ……コンッ……」

「あらっ、藤太郎君、お熱があるんじゃないの? お顔が赤いよ」

「ほんとだあ。トマトになってるう」

「体調はいかがとらか? 藤太郎お兄さま」

「そういえばちょっと気分が悪くなってきたかも」

藤太郎はフラフラになりながら歩いていたのだが、とうとう葵の胸元に倒れこんでしまった。

「藤太郎君、大丈夫?」

「藤太郎くん、しっかりして~」

「藤太郎お兄さま、もしデング熱であれば大ごとですとら」

葵は藤太郎を抱きかかえて寝室へ運んだ。

 すゞがお布団を敷いてあげた。

「コホンッ、コンッ」

「藤太郎くん。今お熱計ってあげるね」

「ありがと、すゞちゃん」

すゞは藤太郎の口の中に体温計を入れた。

「うっ、ううん……」

 数十秒後、ピピピッと体温計が鳴った。ゆっくり取り出すすゞ。

「三十八度一分かあ。良かった。微熱だね」

「でも念のため、お医者さん呼んでおこうかしら?」

「そうだね」

「おっ、お医者さん? 嫌だ嫌だあ。怖あい」

「藤太郎くんってお注射が怖いんだね?」

「うん、だから呼ばないでーっ。お願い!」

「ダメよ。万が一肺炎でも起こしたら大変。安心して。とっても腕の良いお医者さんがいるの」

「お姉ちゃん、一応呼びに行ってみるよ。藤太郎くん、少~し待っててね」

「ぅわあん」

藤太郎は葵にユーカリにしがみ付くコアラのように抱きついていた。とても高校生とは思えない。

「もう、藤太郎君ったら」


十分ほど待っていると、すゞが戻ってきた。

「連れてきたよーっ」

 噂のお医者さんのご登場。そして、

「ごぎげんよう!」

 と、元気にご挨拶。

「こんばんはトミお婆さん。藤太郎君、この人は富山の生まれで薬売りとしても活躍してたのよ」

 トミは背筋もピンと伸びていて快活で、顔の皺こそ多いもののとても若々しいお婆さんであった。藤太郎はガタガタ怯えながらもトミに挨拶。

「こっ、こっ、こんにちは、はっ、初めまして」

「おぅ、かわいい女の子じゃあないか、この子はお友達の子か?」

「トミお婆さん、この子は藤太郎君って言って、いとこの子で、さらには男の子よ」

「そうかえそうかえ、今までいろんなお方を診てきたが、ここまで女の子っぽい男の子は初めてで、オラ間違えってしまったたうぇ。すぐにおらが元気にしてやっから安心しな、胸を見せてみな」

 トミさんは藤太郎の胸に手を当てて診察を始めた。

「トミおバアちゃん、藤太郎くんの容態はどうですか?」

「ま、全然たいしたこたあないうぇ、一晩寝てりゃすぐ治るうぇ。一番の薬はおまいら達の愛情だな。女の子同士の愛情はいいもんだよ。あ、女の子ではなかったうぇ」

 藤太郎が暴れることなく大人しくしたまま、トミの診察は終了した。

「お世話になりました」

「おぅ、葵様、また急病人が出たらいつでも呼びに来な」

 トミお婆さんは雪下駄を履いて家路についた。


「良かったね藤太郎君、一晩寝れば治るよ」

「藤太郎くん、ぶっといお注射されなくて良かったね」

「ほんと、あんまりたいしたこと無くてよかったとらね藤太郎お兄さま。ワタシもこれでホッと一安心しましたとら」

「ボク、あのトミおばあちゃんってお医者さんは全然怖くなかったよ」

 藤太郎は安堵の表情を浮かべていた。

「藤太郎君、今から私たちが愛情こめて風邪によく効く特製のお料理作ってあげるね」

「コンッ、コンッ……ボク、とても嬉しいなぁ」 

しばらく待っていると三人からの美味しそうな手料理を運んできてくれた。 

「藤太郎お兄さま、南国のデザート、『サークー・ガティ』とら」

これはタピオカ入りのココナッツミルクである。

「私はおかゆ作ったよ。春菊が入ってて風邪によく効くよ」

「わたしはリンゴで一応ウサギさん形作ってみたよ。お料理苦手だけど頑張ったの」

「ありがとうみんな」

藤太郎は赤ん坊のように戻ったかのように三人に食べさせてもらっていた。

「さあ、次はお体拭き拭きしようね」

葵は藤太郎の服を全部脱がしてお湯で絞ったタオルで体中を満遍なく拭いた。

 あの部分も、もちろん。

だが、もう見られ慣れているのかあんまり恥ずかしがる様子は見せなかったのである。

「お姉ちゃん、確か風邪ひいた時って、お尻におネギを突っ込むと効くんだったね」

「うふふ、やってみましょうか」

「やっ、やめてえ」

葵とすゞは物足りず、もう少し恥ずかしがる藤太郎の仕草が見たくて、藤太郎をからかって楽しんでいた。


                 *


十二月二十八日。

朝、藤太郎は葵の次に目を覚ました。

「葵お姉ちゃん、おはよ!」

「おはよう、藤太郎君。すっかり元気になったみたいね。さっそく朝ごはん作ろう。今日はベーコンエッグとトーストよ」

「うん、ボク頑張るよ」

朝食の香りに誘われてカプアスも起きてきた。

「Selamat Pagi、おはようとら」

「おはよう、カプアスちゃん」

「カプアスちゃんおはよう、ボク、風邪すっかり治ったよ」

「それはよかったとら」

 

         ☆


「さて、藤太郎君も元気になったことだし、今日は足を伸ばして能登半島へ行くわよ」

「金沢よりも、もう少し北の所だね」

「ワタシが訪れる最北端の地、さらに更新ですとら」

「わたしの好きな声優さんと同じ名前の半島だよ」

バスで金沢駅まで向かい、特急サンダーバートに乗って和倉温泉駅まで行き、そこからは再びバスを利用してまずは、《のとじま水族館》へと向かった。

 館内入口で葵は嘆いていた。

「ここって高校生以上の料金高いわね。千三百二十円か。小・中学生は四百円。藤太郎君はもちろんのこと小学生でも余裕として、私も今回も中学生になりきろう」

動物園に引き続き、今回も余裕で大成功。イルカたちが優雅に泳ぐトンネル水槽やショーなどを見て楽しみ、レストランで昼食をとってから、次は輪島へと向かった。

 

バスを降りた。途端に強烈な突風が吹きつけてくる。

「今日は風が強いからきっといいものが見れるね」

「うん、最高の条件が揃ってるわ」

葵とすゞはさっそく二人を海岸にある岩場へと連れて行った。

「ほら、あれを見て!」

「わあ、シャボン玉みたいだあ!」

「実に不思議な光景ですとら」

波飛沫が泡のようになって空中を舞っていたのだ。

「あれは『波の花』っていうこの地方特有の自然現象よ」

「お相撲さんにもそういう四股名の人がいたよ。ここ出身の横綱もいるんだ」

 続いて朝市へ。ウニ、ホタテ、カニなど日本海の新鮮な魚介類の他、輪島塗の漆器などを購入し、おウチへ帰った。

夕飯は囲炉裏に薪をくべてお鍋を囲い、その後お風呂へ入って今日も楽しい一日が終わりを告げる。


                  *


十二月二十九日。今日は大掃除をすることに。

 廊下の雑巾がけや窓拭き、埃落としなどをみんなで行った。

 すゞは面倒臭そうだったが、他の三人は掃除が大好きなので楽しんでいた。

「次は障子の張り替えをするわよ」

「やった~、破いて遊べる~」

 すゞは途端にやる気が湧いてきた。

「これ面白そうだよね。ボクのおウチには障子無いからできなかったよ」

「普段なら障子破いたら竹刀でお尻パッチンだけど今日はどんどん破いてね」

「とても面白そうとら」

 カプアスも初めて見る障子に目を輝かせていた。

 すゞ、藤太郎、カプアスの三人で悪がきのように古い障子を破いて遊び、葵が新しい障子紙を張り付けた。

大掃除を終えて、次は玄関先や神棚に注連飾りや門松、鏡餅を飾る。藤太郎は鏡餅を不思議そうに見ていた。

「わぁ、これ、変わった鏡餅だね」

「ワタシは初めて見たので分からないのですとらが、これは一般的ではないとらか?」

「藤太郎君が住んでいる地域ではあんまり見慣れてないのかな? 金沢ではこれが一般的だけど」

それは、下段のお餅は白色だが、上段は紅色をした紅白鏡餅だったのである。

これで新年を迎える準備もだんだん整ってきた。


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