第3話
十二月二十四日、クリスマスイブ。
朝起きてお茶の間へ来た藤太郎はテレビをつけた。
ちょうど天気予報をやっていた。
「今日はクリスマスイブですね。それではお天気をお伝えします。今日の北陸地方は午後から次第に冬型が強まり、今夜から明日にかけて山沿いを中心に大雪となる恐れがあるでしょう。明日夕方までの降雪量は山間部で七十センチ、平野部でも三十センチから四十センチに達する見込みです」
「わぁーい。ホワイトクリスマスだーっ」
「これで一気に冬めいて来るわね」
「今年の十二月は暖かくて、一応雪国のここでもまだほとんど降ってないからね」
「ボク、金沢に着いた時、雪が全然なかったから少しがっかりしてたんだぁ」
「金沢市の中心部では真冬でもそんなに雪は積もらないよ。解けてることの方が多いくらいだし」
「そうなんだあ。でも、ほとんど雪の降らないボクの住んでる街よりはマシだな」
今日の朝食は今夜のご馳走のため、具のない味噌汁にご飯を入れただけの質素な物で済ませた。
「それじゃ私、今から出かけてくるね」
「いってらっしゃ~い」
「葵お姉ちゃん、どこへ行くの?」
「私、公民館で行われる子供たちのクリスマス会で絵本の朗読を任されてるの」
「すごいなあ」
「藤太郎君も一緒に行く? 一緒に朗読しようよ」
「ボク、大勢の人前で読むのは恥ずかしいから遠慮しとくよ」
葵がいない間、二人でお留守番。今日の分の冬休みの宿題をする。
今日は三十分ほどでノルマを完成させた。葵が帰ってくるまでまだまだ時間がある。
「藤太郎くん、暇だから一緒にお人形遊びしよう!」
「うんっ! ボク、お人形遊び大好き。今でもママやお姉ちゃんとたまに遊んでるよ」
藤太郎は大喜びで賛成。
すゞは自分のお部屋からドールハウスを持ってきた。
「藤太郎く~ん、着せ替え人形セットだよ~」
「わあ、かわいいな」
二人はさらに童心に帰り、お人形にミルクを飲ませたり、着替えをさせたりして仲良く遊んでいた。
「ただいまーっ」
お昼ちょっと前に葵が帰ってきた。
「おかえり」
「おかえり、葵お姉ちゃん」
「うふふふ、二人とも幼稚園の子みたいね」
「やっぱりこの年で人形遊びをするのは恥ずかしいのかな?」
「楽しかったから問題ないよ」
二人はちょっとだけ顔を桃のように赤くしていた。
昼食ももちろん質素な物だ。具のない汁にうどん一杯。
午後からは、待ちに待ったクリスマス料理作り。まずはケーキから。始めに卵を割り、卵白を分離する。
「あ~あ、卵黄ぐしゃぐしゃだ。わたしいつもこんなだよ」
すゞは分離に失敗。一方、藤太郎と葵は大成功。
続いてボールに入れられた卵白をチャカチャカ泡立てる。
「藤太郎君、とっても上手ね。私でもそんなきれいに角立たないよ」
「お姉ちゃんが角を立てるのはお尻ペッチンする時だけだね」
「こらこら、すゞ」
葵はニコッと笑い、すゞの頭を使い終わった泡だて器でゴンっと強く叩いた。
「いったあい、お姉ちゃん」
「でもさすがは洋菓子屋さんの百合枝叔母さんの子ね」
「藤太郎くん素敵ング」
「てっ、照れるなあ」
こうして出来あがったスポンジケーキの表面に生クリームを塗り、ミカンや桃などが入ったフルーツの缶詰め、ストロベリー、ブラックチョコレート、さらに余った卵黄で作った鶏卵素麺をデコレートしていく。
そして仕上げに、
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん、サンタさんも出来たよ」
「藤太郎君とても上手に出来てるわね」
「食べるのがもったいないくらいだね~」
砂糖菓子で出来たサンタクロース人形の飾りを乗せ、最後にブラックチョコレートの上にコロネで『Merry Christmas!』とホワイトチョコレートで描き、これでショートケーキが完成。他にもクッキー、モンブラン、ロールケーキも作った。
それらのケーキ以外にはローストビーフ、ローストチキン、スペアリブ、グラタン、ポテトサラダ、サーモンのマリネといったクリスマスの定番料理が、あとは温めるだけとなる所まで仕上がった。
「ついつい楽しくなって作り過ぎたね」
「ボクも張り切り過ぎちゃったあ」
「明日の晩の分までありそう」
クリスマスディナーを作っていたら、あっという間に夕方となっていた。
藤太郎は窓の外を眺めた。
「あっ、予報通り、雪が降って来たよお!」
「これは明日朝にはかなり積もってるね」
「藤太郎君、明日の朝はサンタさんのプレゼントと共にお楽しみだね」
「うん!」
藤太郎は高校生になった今でもサンタクロースの存在を未だ信じている。
二人もお手紙を通じてそのことを知っていた。
「これはサンタさんの着ぐるみよ。みんなで着ましょう」
「女の子っぽくて恥ずかしいけど、着たいから着てみるよ」
「白いお髭もあるよ」
みんなサンタの格好に変装。
外が真っ暗になり、中庭のクリスマスツリーのライトアップを行う。
「それじゃ付けるわよ。3,2,1、0!」
葵のカウントで豪華なイルミネーションが中庭に輝いた。
「今年は雪も降ってて特に素敵だね」
「幻想的できれいだなあ」
「来年はもっと豪華に装飾するわよ。楽しみにしててね」
三人はツリーをしばらく眺めた後、応接間へやって来た。
「藤太郎くん、クリスマスソングを歌おう」
「藤太郎君、ピアノを伴奏してね」
「分かった」
『きよしこの夜』、『赤鼻のトナカイ』、『ジングルベル』などなど伝統的クリスマスソングをみんなで楽しく合唱。
お歌を歌った後、料理を温め、ついにクリスマスディナーが全て完成した。最後にシャンパンを開けて、ご馳走を楽しむ。
食後、雪の降る中みんなは露天風呂に入り、サルたちにも料理を振舞った。
もちろんサルたち全員、三人の手作りクリスマス料理に大絶賛だった。
今日も葵とすゞはトランクスをはいていた。この二人は学校が始まるまでは、女の子向けの下着をはくつもりはないらしい。
「藤太郎く~ん、今日は早くおねんねしましょうね」
「うん、早く寝ないとサンタさん来なくなるからね」
藤太郎は枕元にとても大きなクリスマス用靴下を置いた。
「でもぉ、まだ心配。ここのおウチってサンタさんが入る煙突がないでしょぅ。ボクのおウチにはあるんだけど」
「大丈夫よ藤太郎君。玄関の鍵開けたままにしといたから」
葵は、今日はサンタの出迎えのため玄関の鍵をかけなかった。
「サンタさんは煙突がないおウチではね、玄関から入って来るんだよ」
「そうなんだ。安心した」
「わたしも靴下置いとかなきゃ」
「私もプレゼント欲しいから置いとくね」
二人も藤太郎に負けないくらい大きなのを置いた
「それじゃぁおやすみなさぁぃ」
藤太郎は雪と共に明日の朝をワクワクしながら眠りについた。
みんなが寝静まった真夜中のこと。
白ひげを生やし、赤い服を着て大きな白い袋を持った老人が玄関からこのおウチの中に静かに入って来て、プレゼントをみんなの靴下の中に入れ、次のおウチへと向かった。
なんとサンタクロースは本当に実在したのである。
十二月二十五日の朝を迎えた。
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。サンタさんからプレゼント貰ったーっ。これ欲しかったんだ。エ○モの超特大ぬいぐるみ!」
藤太郎は貰ったプレゼントを両手で抱きかかえて大興奮しながら二人の下へ駆け足でやって来た。
「よかったね藤太郎くん。サンタさん靴下の中に入れるの苦労しただろうな~。もちろんわたしも貰ったよ。ハ○ー○ティーのぬいぐるみ。わたしも藤太郎くんと同じでぬいぐるみ大好きだもん」
「私の所にもちゃんと届いたわよ。超難関五千ピースジグソーパズル。これも藤太郎君のほど大きいわけじゃないけど、四角いからサンタさん苦労したと思うわ」
葵のもかなり大きいのではあるが。
「サンタさんって大人になると来なくなるって言ってたけど嘘だったんだね」
「うん、もちろんあれは迷信よ。サンタさんは私たちがいくつになっても夢を届けてくれるのよ」
「それじゃぁボクも年をとってもずっと貰えるんだねぇ?」
「良い子にしてたらね」
「藤太郎くんはいつも良い子にしてるから絶対貰えるよ」
「わぁい、わぁい」
藤太郎はますます喜びが増した。
朝食に昨日の残りを食べた後、藤太郎は雪遊びをするため、わらぐつを履いて外へ出ていった。
その間に二人はクリスマスツリーの飾りを片付ける。
「こんなにいっぱい積もってる。ボクの住んでるところじゃ絶対見られないよ」
庭には一晩で三十センチほどの雪が降り積もり、まだ降り止まぬ。
藤太郎はゆきやこんこのお歌に出てくる犬のように大はしゃぎ。
「あれ? あそこに何か落ちてる」
藤太郎は真っ白な雪の上に黒色の翅にきれいな青緑色の模様の物体が横たわっているのを見つけ、それに近づいてみた。
「あ、蝶々さんだ。でもなんか弱ってるよ。かわいそう。ああっ、この蝶々さんはもしかして……」
藤太郎は手のひらに優しく乗せて暖かいおウチの中につれて帰った。
「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。すっごい珍しい蝶々さんを見つけたよ」
藤太郎は蝶々を卓袱台の上にそっと置いて、すぐに昆虫図鑑を確かめた。
「やっ、やっぱりこれは、『アカエリトリバネアゲハ』さんだったんだーっ」
藤太郎は大興奮した。
「これもきっとサンタさんが届けてくれたクリスマスプレゼントだーっ。でも待てよ、これは本来日本にはいないはずなのに……」
「摩訶不思議な謎だね」
「昆虫大好きな藤太郎くんに会いに来てくれたのかもね。とりあえず何かエサをあげてみましょうか」
「図鑑によるとハイビスカスやランタナのお花の蜜を吸うみたいだよ」
「南国のお花だね。ここにはないよ」
「お花屋さんに買いに行かなきゃ」
「急がないとチョウチョウさんが死んじゃう。葵お姉ちゃん、はやく」
葵は大急ぎで図鑑に紹介されてあったお花を近所にあるホームセンターへ買いに行って戻ってきた。
「はい、アカエリトリバネアゲハさん」
さっそく葵はそのチョウに花の蜜を与えてみた。
すると、その蝶々はそれをチューチュー飲み始めた。実に美味しそうに。
「あら、元気になってきたみたいだね」
「良かったね藤太郎くん。そして、アカエリトリバネアゲハさん」
「うん、これで一安心だね」
次の瞬間、蝶々の体から突然、ポンッと煙玉が発せられた。
「ケホケホケホ、こっ、こんな習性もあったんだ。図鑑には載って無かったよ」
そして煙が晴れると、その蝶々は素っ裸の女の子の姿へと変身していたのであった。
「あっ、葵お姉ちゃん、すゞちゃん、蝶々が女の子に変身したよーっ!」
藤太郎は当然のように目を疑っていた。
「なあんだ。この子、人間にも変身出来たのね」
「かわいい女の子だね」
一方、すゞと葵はなぜか冷静だった。
その女の子は藤太郎よりも背が低かった。髪の毛はすらりと長く黒色だが、肌はココア色、目はエメラルドグリーン色に輝き、外国人と思われる。
「Selamat Pagi.おはようございますとら。……さっ、寒いとら」
女の子はすぐに目を覚まして日本語交じりの言葉を発し、ガタガタ震えていた。
「とりあえず服を着せなきゃ」
葵は女の子に自分が小学生の頃に来ていた服を着せてあげた。
「お洋服ありがとうとら。あっ、あの、ワタシ、どうしてここにいるとらかな?」
女の子は怯えた表情で辺りをキョロキョロ見回していた。
「怖がらなくてもいいのよ。あなたは雪の上でぐったり弱っていたのをこちらの藤太郎君に助けてもらったの」
「初めましてボク、藤太郎です」
「あ、そういえばワタシ、この辺りで力尽きてしまったような気がするとら。ワタシの命を助けていただき、本当にありがとうございますとら。藤太郎お兄さま? は命の恩人ですとら。ところで本当に男のお方なのとらか?」
「うん、ボク、正真正銘の男の子だよ。また間違えられちゃった」
「やっぱり藤太郎くんは男の子の格好してても女の子によく間違えられるね」
「ところで、あなたは東南アジアからやって来たのかな? 日本には棲息していない蝶々さんのようだし」
葵が尋ねた。
「Ya.ワタシの生まれ故郷はボルネオ島、別名カリマンタン島でマレー半島、スラウェシ島、スマトラ島、ニューギニア島周辺部にも飛び回っていまして、今回は学校の冬休みを利用してそこから遠く離れて日本まで飛来して参りましたとら。ワタシ、日本が大好きで憧れの場所でしたとら。どうしても一度来たかったんですとら」
「お名前は? やっぱり野生の蝶々さんだと、生物名しかないのかな?」
続いてすゞも尋ねた。
「ありますとらよ。ワタシの名前はカプアスと申しますとら。これはボルネオ島、さらにはインドネシア最長の川の名前からとってあるとら」
「よろしくね、カプアスさん。私の名前は能村葵よ」
「わたしは妹のすゞだよ」
「カプアスちゃん、日本はとても良い所だよ」
「やっぱり東南アジア出身なのね。日本語もとても上手ね。ちょっと語尾が変だけど」
「漢字が少し難しかったですが、一生懸命お勉強したとら。もちろん母国のインドネシア語とマレー語も話せるとら。それ以外に英語、スペイン語、タガログ語、中国語、タイ語、ラーオ語、ベトナム語、タミル語、クメール語、ビルマ語も日常会話程度には話せるとらよ。東南アジアで話されている言語も大方話せるように勉強しているとら」
「すごいなあ。十三ヶ国語も話せるんだ。ボクでも絶対無理だよ」
「カプアスさんってとても賢い子なのね」
「カプアスちゃん天才!」
「いや、そっ、それほどでもないとら。
カプアスはみんなから褒められて照れていた。
「カプアスさんはいくつくらいなのかな?」
「十四歳ですとら。インドネシアも日本と学校制度は同じで中学三年生とら。ですが十歳くらいに見られることが多いですとら」
「わたしと同い年か。藤太郎くんも小学生に見られること多いみたいだよ。高校生だけど。わたしは胸のおかげで何とか年相応に見られるかな。でも背が低いし」
「私は十九歳よ。大学一年生」
「それにしても人間に変身する蝶々さんって本当に実在したんだね」
「ワタシたち蝶々以外にも野生動物たちには極一部にこのような人間への変身能力を持つ種族がいるのですとらよ。ワタシたちの種族は普段は人間生活にまぎれて生活しているとら。野生なので戸籍はなく人間世界では住む場所がないので夜になると蝶々の姿に戻って森に帰りますとらが」
「食べ物とかも人間と同じように花の蜜以外にもいろんな物を食べてるの?」
「はい、その通りですとら藤太郎お兄さま。蝶々に変身する以外は人間と全く同じですとらよ。たまに手をパタパタさせたりする癖があるとらが。ちなみにワタシ日本料理が大好きですとら。ワタシたちの種族は、変身能力以外にも特殊な能力を持ち合わせている者も多いとら。ワタシの宗教は自然崇拝で、この世のあらゆるもの全てには魂が宿っているという考え方を持っていますとら。手作りのお人形さまやぬいぐるみ、彫像、その他諸々に込められた魂を引き出して、命ある動くものに変化させる能力を持っているのですとら」
「へーっ。すごい! 魔法使いみたいね。カプアスちゃん、見せて見せてーっ」
「わたしも見た~い。藤太郎くんの手作りのお人形さんとかでやってもらおう」
「ボク、紙粘土で作ったウサギさん持ってくるよ」
藤太郎がそれを持って戻ってきた。
「はい、カプアスちゃん。これでやって」
「お安い御用ですとらよ」
カプアスは紙粘土でできたウサギを手でそっと包み込み、祈りをこめた。しかし、
「……あれ、ワタシ、出来なくなってるとら。おかしいとら。長い間使っていなかったため、能力が衰えてしまったとらかね?」
変化は全く無かったのだ。
カプアスは困惑し、今にも泣き出しそうな表情へ。
「カプアスさん泣かないで。私は信じてるよ!」
「ボクもだよ。気にしなくていいんだよ」
「わたしも。徐々にやり方思い出していけばなんとかなるよ」
三人でカプアスをなだめ、なんとか元の表情に戻ってくれた。
「気遣って下さり、誠にありがとうございますとら。しかし、みなさまにお見せできなかったことは大変申し訳なく思っていますとら。これはワタシの力不足でしたとらからまだまだ精進あるのみですとら。ところでワタシ、しばらくこの辺りに滞在する予定なのですとら。そこでお願いがあるのですが、近くのお宿を紹介して欲しいのですとら」
「戸籍がないと旅館になかなか泊まれないわよ。ぜひ、このおウチに泊まってね」
「え! よろしいのですとら?」
「もちろん喜んで」
「海外からのお客様大歓迎だよ。ぜひこの地で日本文化を学んでね」
葵とすゞは快く迎えてくれた。
「ありがとうございますですとら。ところでワタシのことは奇妙に思わないとらか? 蝶々から変身してしまって、ワタシ、普段は人間から見られないように隠れた場所で変身しているとらよ」
「私は全然思わないわよ。外国人ってことだけで普通のかわいい女の子じゃない」
「わたしもだよ。世の中にはいろんな人がいるからね」
「ボクは最初ちょっと不思議に思ったけど、人間の姿になったらごく普通の外国人の女の子だし、それにボク、外国人はいつも見慣れてるし、もう全然気にならないよ」
「そうなのですとらか。ここまでワタシをあたたかく迎えて下さってたいへん嬉しいですとら。落ち着いてきてお腹も空いてきましたとら。先ほど蜜をいただいたのですが、やはり人間と同じ食事なので腹の足しにはならなかったとら」
「昨日のクリスマス料理の残りがあるわよ」
「ということは、今日は十二月二十五日とらか。故郷を飛び立ってから途中、東南アジア諸国巡りもしていたので三日以上経っているとら。まっすぐ行けば休憩を挟んでも二十四時間足らずで到着出来るとらが。海を渡る時は休憩なしで一気に飛んで来たのでかなり体力を消耗したとら」
「すっごいスピードで飛べるのね」
「そうなのとらか? 葵お姉さま」
自覚はしていないが、これもカプアスの特殊能力である。ハヤブサ並みの速度で飛べるらしい。
こうして新たにカプアスも加わり、四人でランチタイム。
カプアスは大喜びで今日の夕飯に食べる予定だったクリスマス料理の残りまで全て平らげてしまった。
「カプアスさん、いい食べっぷりね。四人分くらい食べたね」
「ギャ○○根ちゃんみたいだあ」
「でもお相撲さんなら普通くらいだね」
「あっ、申し訳ないとら。今晩の分まで食べてしまったようで。お詫びに今晩はワタシの故郷の美味しいお料理をご馳走するとら」
ご馳走と聞いて三人はとても喜んでいた。
夕方になるまでまだまだ時間があるので、みんないっしょに外で遊ぶことにした。
葵とすゞは運動靴。カプアスも藤太郎と同じくわらぐつ。
「カプアスさん、雪を見たのは初めてでしょう?」
「はいとら。故郷ではワタシには到達不可能な標高の高い山岳地帯でしか見られないとらから。真っ白でとても美しいものとら。冷たすぎることが欠点とらが……」
雪だるまや雪ウサギなどを作ったり、雪合戦をしたりして大いに楽しんだ。カプアスもいつの間にか冷たさも忘れて雪遊びに夢中になっていた。
しばらく遊んだ後、おウチに戻り、中で遊ぶ。
「ねえカプアスちゃん、折り紙で遊ぼうよ」
「折り紙とは日本の伝統文化でしたとらね。楽しそうとら」
「藤太郎くんはこういうのが大の得意なんだよ」
みんな折り紙でカニやキツネなどを折って楽しく過ごした。
次は紙粘土遊びを始めた。みんなでいろんな物を形作ってゆく。
「藤太郎お兄さま、とてもお上手とらね」
「ありがとうカプアスちゃん。お礼にこれあげる。これは明石名物のタコさんだよぉ」
「わー、本物そっくりに精巧に出来ていますとら。ありがたく戴きますとら。ワタシの宝物にしますとら」
カプアスはとても喜んでくれたようだ。
こうしているうちにいつの間にか夕方。
「それではお約束どおりスペシャルディナーをお作りしますとら。中を確かめさせて下さいとら」
カプアスは冷蔵庫の扉を開けた。
「わあーっ! かなりの食材が揃っているとらね」
「昨日ついつい買いすぎちゃったの」
「これだけあればかなり良いものが出来ますとらよ」
期待して待っている三人。だんだん良い香りが漂ってきた。
「お待たせしましたとら」
カプアスの手料理が次々と運ばれ卓袱台に並べられた。今夜のメニューはインドネシア風のチャーハン『ナシゴレン』、インドネシア風焼きそば『ミーゴレン』温野菜にピーナッツソースをかけた『ガドガド』、スパイスを使った鶏肉スープ『ソトアヤム』、インドネシア風焼き鳥『サテ』、ココナッツミクルで炊いたご飯『ナシウドゥ』、そしてデザートにバナナを油で揚げた『ピサン・ゴレン』で締めくくる。
みんなでたらふく堪能し、この後は入浴タイム。
「カプアスちゃん、お風呂入ろう。ここのおウチではみんなで一緒に入ってるの」
「日本のお風呂を楽しませてあげるわ」
「たいへん嬉しいですとら」
カプアスもすゞや葵と同じく、全く恥ずかしがることなく堂々と藤太郎の目の前で服を脱いでいく。
「ねっ、ねえ? カプアスちゃん。恥ずかしくは無いの?」
「ほへ? ワタシ、全然恥ずかしくないですとらよ。いつも裸でいたのですから。むしろこれが普通スタイルですとら」
「たっ、確かにその通りだけど……」
「ですが、非常に寒い、寒いですとら。凍りそうとら」
無理もない。常夏の国から急に雪国にやって来たのだから。
「あ、そうだ、カプアスちゃん、お相撲って知ってる?」
「もちろん知っているとら。近隣諸国のサモアやトンガからも日本の大相撲の力士が出ていたとらから。男だけのスポーツとらね」
「プロの力士には男の人しか成れないけど、競技なら女の人でも相撲をやってる人はたくさんいるよ」
「そうなのとらか?」
「わたしもやってるの。よかったら、カプアスちゃんもお相撲やってみない? 体が温まるよ」
「はい、ぜひともワタシ、やりたいですとら!」
「それじゃ藤太郎くん、カプアスちゃんと取ってあげてね」
「えーっ、またやるの?」
「よろしくお願いしますとら。藤太郎お兄さま」
カプアスはキラキラした眼差しで藤太郎の手をギュッと握りしめ、お願いした。
「分かった。ボク、手加減してあげるからね」
藤太郎はカプアスになら勝てると自信満々のようだ。
「藤太郎お兄さま、本気で来て欲しいとら!」
「じゃあボク、本当に本気出すよ」
この前と同じく寝室で取る。すゞはオレンジ色と水色のマワシを一つずつ持ってきた。
「はい、カプアスちゃん」
「オウ、これが、マワシというものとらか。かなり長いものですとらね」
「今日は藤太郎くんもマワシを締めて取ってね」
「ボッ、ボクも付けなきゃいけないの?」
「もっちろん! こっちのオレンジ色は、わたしが普段使ってるマワシだよ。藤太郎くんはこれを付けて~、これでお相撲取れば、わたしの強さが乗り移るよ」
「オウ、これは『人のフンドシで相撲をとる』ということわざとらね」
「カプアスさん日本のことわざにも詳しいね」
「すっ、すゞちゃん、これ、昨日肌に直接付けてたよね? それに洗濯機に入ってなかったけど、ちゃんと洗ってるの? ちょっと汗くさいよ」
藤太郎は嫌そうな顔で鼻をつまんですゞのマワシを見つめている。
「ねえ、藤太郎く~ん、それはどういうことが言いたいのかなあ?」
すゞはニッコリ顔で藤太郎の頬っぺたをギューッと強くつねった。
「いったたたぁ、いっ、痛いよぉ、すゞちゃぁん」
「マワシっていうのはね、ほとんど洗わない物なんだよ。でも、ちゃ~んとお日様に干してるから」
「うわぁん」
藤太郎はすゞに無理やりそのマワシを締められた。
カプアスも葵に優しく締めてもらう。
「藤太郎くん、初めてマワシを締めた感想は?」
「ほとんど素っ裸と同じ状態だからとっても恥ずかしいよ。こんな格好嫌だーっ」
「もう、藤太郎くんったら、男の子なのに胸を手で隠すしぐさなんかしちゃって」
「恥ずかしがってちゃダメよ藤太郎君。カプアスちゃんを見ならって!」
「藤太郎お兄さま、ワタシのマワシ姿は似合ってるとらか?」
仁王立ちで立つカプアス。
「カッ、カプアスちゃん、似合ってるけど、上に服着た方がいいよ。寒いでしょう? それに恥ずかしいでしょう?」
「それはダメですとらよ。やはりお相撲とは肌と肌を付け合せるものですとらから」
「ダメダメダメーっ。もっと女の子らしくしなきゃ。日本では女の子がお相撲取る時、服を着てなきゃお巡りさんに捕まっちゃうんだ」
「そっ、そうなのですとらか藤太郎お兄さま」
時と場合によっては正解な藤太郎の発言に影響され、結局は着てくれたのであった。
「う~ん カプアスさんの四股名は何にしようかしら?」
「外国の力士って、地名を無理やり漢字にしてる四股名が多いでしょう? だからカプアスちゃんもその方針でいこう!」
「そうね。カプアスちゃんの出身地はボルネオ島だから、……渤泥婆羅かな」
葵は画用紙に油性マジックでその四股名を書き、カプアスに手渡した。
「とっても格好良い四股名ですとら。ワタシ気に入りましたとらよ」
【それじゃあ始めるね。ひがあああああああし、うめがあああああたあああああにいいい、うめがあああああたあああああにいいい。にいいいいいしいいいいいいい、ぼるねえええええええおおおおお、ぼるねえええええええおおおおお】
葵が四股名を呼び上げて、二人は俵に入る。
【見合って、見合って、はっけよーい、のこった】
葵が掛け声をかけると、二人はまるで磁石のように抱き合った。
「うっ、ぅーん、うっ、動かせないよお。本気出してるのに」
「ワタシも藤太郎お兄さまの体を動かせないですとら」
二人ともがっぷり四つに組んで動きが止まっている。
その状態のまま取組開始から三分が経過した。
「一旦水入りするわね」
葵は試合を一旦中断した。
「二人ともいい勝負だね」
「ボク、もう疲れたよぉ」
「ワタシもとら」
「もう一息よ。二人とも頑張って!」
一分後、がっぷり四つの体勢から試合を再開。
「はっけよーい、のこった」
今度もその体勢から一向に動かない。
「う~ん、う~ん」
藤太郎が押そうとしてウナギのように体をくねらせると、カプアスは恍惚の表情を浮かべた。
「わ、なんかエロ~い」
すゞは顔を赤くしながら取組を眺めている。
再び三分が経過したが両者動かず。
「今回の取組、引き分けね」
葵はついに勝負を止めた。
「二人とも互角だったよ。名勝負」
「ボク、もうくたくただあ」
「ワタシも力を出し切りましたとら」
二人とも精も根も尽き果てた様子だ。
「それじゃ疲れた体を癒す、温泉に入りましょう」
「疲れた後に入るとより気持ちよく感じられるよ」
藤太郎はすゞに、カプアスは葵にマワシを解いてもらった。
「あ、藤太郎くんちょっとだけ大きくなってる。女の子と体が触れ合って興奮したんだね。藤太郎くんのエッチ!」
藤太郎は顔をカーッと茹でられたカニのように真っ赤にしながら主張する。
「ちっ、違うよ。カッ、カプアスちゃん、ボク、そんな変なことは……」
「気にしないで下さいとら。藤太郎お兄さまの体の感触は、まるで女の子と触れ合ってるみたいでしたとら。とても気持ちよくて、ワタシもちょっと発情しそうになってしまいましたとらから」
まあお互い様ということである。
風呂場へ入り、体を洗い流してお外へ出ると、
「オウ、あれがそうなのですとらね!」
カプアスは嬉しそうに目を輝かせ、湯船に向かって突っ走り、勢いよくザブンッと飛び込んだ。
「ああ、露天風呂って最高ですとら。湯船につかるのは生まれて初めてとら」
他の三人も続々入る。
「熱~いお湯に浸かるのが醍醐味だよ」
「ボクはもう少しぬるめの方がいいやあ」
「私は南国育ちなので熱いのが心地よいですとら」
カプアスは辺りを見渡した。
「あっ、おサルさまですとら。この種類は確かニホンザルさまとらね。ワタシのいた島ではオランウータンさまやテナガザルさまやメガネザルさまを見かけましたが、この種類は初めてお目にしたとら」
「ニホンザルは日本の固有種だからね」
「この辺りはおさるさんの宝庫なのよ」
「でもちょっとイタズラ好きなおサルさんだよ」
「あっ、ワタシの方へ向かって来たとら」
サルたちの中の一匹(例のサルだが)ペッタンコなカプアスの胸をタッチ。
「キャッ、おサルちゃん、ワタシの胸を触らないでとら。また感じてしまったとら」
「珍しいお客さんが来たから歓迎されてるのよ」
「おサルさんたち大喜びだね」
「そうなのとらか。ちょっぴり恥ずかしい歓迎とらね」
カプアスに挨拶し、山へサルは去る。
「わたしもう温まったからあがろう」
「私もそろそろ出るね」
「ボクも」
「ワタシはもう少し浸かっているとら。お湯から出ると寒いので、もっと温まってから出るとら」
カプアスは、のぼせる寸前まで和風の露天風呂を十分堪能してからあがってきた。
「カプアスちゃ~ん、体中が真っ赤」
「茹蛸さんみたいになってるよ」
「ワタシ、あの中から出たくないほど気持ちよかったとら」
「海外の人にも気に入ってもらえて私も嬉しいな」
葵とすゞは、やはり今日もトランクスをはいた。藤太郎も二人のその姿に慣れてしまっていた。
「ワタシもそれ、はいてみたいですとらーっ!」
カプアスは一目見た瞬間にトランクスに心を奪われてしまったようだ。
「カッ、カプアスちゃんも、はくつもりなの?」
「はい。それはもちろん藤太郎お兄さま」
カプアスのエメラルドグリーンの目は、より一層輝いて見えた。
「どうぞカプアスさん。トランクスよ」
葵はトランクスを、まるで王冠を授けるかようにカプアスに手渡した。
「これでカプアスちゃんもトランクス仲間だね」
「ありがとうですとら。謹んではかせていただくとら」
カプアスは宝物を大事に扱うようにゆっくりとトランクスをはいた。藤太郎はそれを見て呆れ果てていた。
お風呂上り、葵は長い髪の毛を手入れしていた。
「葵お姉さま、髪の毛を触ってもいいとらか? 触りたいですとら」
「もちろんいいわよ」
「ありがとうとら。この髪型、連銭葦毛なる馬のシッポのようですとら。確か名称はポニーテールと呼ばれる萌え要素の一つとらね」
「気に入ってもらえて嬉しいわ」
その後葵は、カプアスを寝室隣の和室へ連れていった。
「カプアスさん、この鎧兜や般若のお面、藤太郎君は怖がっていたけど大丈夫?」
「日本の伝統的工芸品でワタシは大好きではあるのですとらが、夜中に真っ暗なお部屋の中で見るとなると……、あわわわ、想像しただけで怖いとらよ」
「うふふふ、藤太郎君にそっくりね」
「わっ、笑わないで下さいとらよ葵お姉さま。恥ずかしいですとら」
葵とカプアスはお茶の間へ戻ってきた。
「それじゃ、湯冷めしないうちにそろそろお休みしょうか」
「あ、もうこんな時間か」
すゞはお茶の間の掛け時計を見た。すでに二十三時を回っていた。
「ボク、どうりでこんなに眠いはずだよ」
葵は、今夜は布団を二枚敷いた。
「今日は藤太郎君以外に三人いるから、隣で寝れない人が出ちゃうよ」
「私たち、夜は一緒のお布団で寝てるのよ」
「そうなのですか。ワタシ、藤太郎お兄さまのお布団で一緒に寝たいとら」
「わたしも譲れないよ」
「そうだ、日本風にお手玉で勝負して決めましょう。三人同時に投げ始めて最初に玉を落とした人が他のお布団で寝るのよ」
「いいね。カプアスちゃんはお手玉ってのは知ってる?」
「もちろんとら。やったことありますとら」
「日本の伝統的遊びにも詳しいね」
すゞは、ブリキ缶の中からお手玉を取り出した。
「それじゃぁ始めて!」
藤太郎のおもちゃの笛の合図で、三人は一斉にお手玉を始めた。複雑な表情で勝敗の行方を傍から見守る藤太郎なのであった。
開始から三分ほどが経過した。
まだみんな開始当初と変わらず見事にお手玉を操っている。
だが次の瞬間、
「ああっ、しまった」
葵は手が滑ってお手玉を畳の上に落としてしまったのだ。
「ああん、言い出しっぺの私が負けちゃった。自信あったのに……」
葵は当然のようにとても悔しがった。
「お姉ちゃ~ん、残念だったね」
「なんとか勝てて、ホッとしましたとら」
「ボク、葵お姉ちゃんのお隣で寝たかったなあ。すゞちゃんが負ければ良かったのにぃ」
「ひっど~い藤太郎くん。わたし、藤太郎くんが眠ってる間に油性マジックでた~っぷりお顔にイタズラしてあげるからね」
「うわあん。ごめえん、すゞちゃん」
「葵お姉さま、ワタシ、今気付いたのですが、藤太郎お兄さまを一の字に寝かせて、その周りをワタシたち三人で△を作って囲めば、ほぼ均等になるのではないとらか?」
「それはいいわね。カプアスちゃんグッドアイディア!」
「さっすが天才だね。わたし全然思いつかなかったあ」
そういうわけで、今夜は合計四枚の布団を出して床に就いた。
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