第2話

朝、藤太郎は二人の後に起きてきた。

「おはよう、藤太郎君」

「おはよぅ、葵お姉ちゃん」

「藤太郎くんおはよう。おねしょはしなかった?」

「しっ、してないよ! するわけないよ!」

 藤太郎は強く断言した。

「そうよね。夜中に一人でおトイレ行ってたもんね」

「え! 本当なの? お姉ちゃん」

「そうよ。隣のお部屋で足音がバタバタしてたもん。仕草がかわいかったよ」

「葵お姉ちゃん、知ってたの? トイレの電気がつかないし、火の玉みたいなのは見えちゃうし、本当に怖かったよ」

「それでも良く頑張ったね。トイレの電球は最後に私が入った時に切れたの。まあいいやと思ってて、でも、さっきちゃんと替えておいたからね」

 藤太郎は当然のようにその時に替えて欲しかったと思っていた。

「やっぱり普段着も女の子向けのしかないんだよねぇ?」

「そうだよ。女の子の服に着替えてね」

「はい、これに着替えて。とても暖かいよ。私が編んだの」

「ボク、葵お姉ちゃんの編んだ服なら喜んで着るよ」

「これもわたしとお揃いの服だよ」

 藤太郎とすゞは、リスの刺繍がされた毛糸のセーターに着替えた。

「二人とも似合ってるわ」

 葵は、藤太郎とすゞがお揃いの服を着て仲良く並んでいるのを写真に収めた。下は、すゞと葵はスカートをはいたが、藤太郎は寒いので長ズボン。

「わたしとお姉ちゃんは今から朝ごはんを作るよ」

「ボクもお手伝いするねぇ」

「藤太郎君ってお料理も上手な子だったね。お手並み拝見」

 すゞは冷蔵庫から材料を取り出した。

「はい、卵があったよ。これで何か作ってみて」

「それじゃぁボク、オムレツ作るよ」

 藤太郎はそう言うと、タマゴを割りボウルに入れ、菜箸でかき混ぜフライパンにサラダ油を敷いて手際よく調理していった。

「完成したよ」

「わぁ~、やっぱり上手だね」

「私でもここまできれいに整った形に作れないわ。藤太郎君、きっと将来はきっと素敵なお嫁さんになれるわね」

「葵お姉ちゃん、ボク、男だよ」

「うふふ、かわいい」

「藤太郎くん、ケチャップで文字を書かせて」

「うん。いいよ」

 すゞはトマトケチャップで『とうたろうくん、Love(ハートマーク)』と書いた。 

「こんなの恥ずかしいよぉ。すゞちゃん」

 藤太郎はすぐにお箸でケチャップ文字を崩した。

「あ~ん。せっかく書いたのに。もう、藤太郎くんったら」

 すゞは藤太郎の頭をフライ返しでペチっと一発軽く叩いた。

「イタタ……」

 藤太郎は出来立てホクホクのオムレツを卓袱台に並べた。続いて葵がトースターに二枚のパンを入れた。三分待つと、こんがり美味しそうに焼き上がる。

「はい、すゞ、藤太郎くん」

 葵は二人に焼きたてパンを渡した。続いて自分の分を入れ、今度は余熱を使い二分ほどで焼きあがった。これにて朝食が完成。みんなで『いただきます』の挨拶をして食事を開始。葵は冷蔵庫からスプレッド類を取りに行った。

「パンに付けるのがいっぱいあるよ。好きなのを選んでね」

「ボク、チョコクリーム。これが一番好き」

「わたしはいちごジャム付けるね」

「葵お姉ちゃんはパンに付けるものは何が一番好きなの?」

「私はこれよ」

 葵はあるものを卓袱台の上にポンッと置いた。

「かっ、辛子明太子を付けるの?」

「とっても美味しいのよ。私の一番のお気に入り。ニンニクも合うわよ」

「パンには付ける以外で飲み物ではミルクが合うよ。藤太郎くん、このミルクは特に美味しいよ」

 すゞはそれを藤太郎の前に差し出した。

「これはヤギさんのお乳だよ」

「ヤギのお乳かぁ。珍しいなぁ」

「近くの牧場で育てられているの。藤太郎君、私のお乳も飲んでみる?」

 葵は自分の胸を藤太郎の顔面にパフパフ密着させた。

「あっ、葵お姉ちゃん、いっ、息苦しいよ。やめてぇ」

「ごめんごめん、藤太郎君」

「これ飲むと背が高くなるんだよ。わたしはもっともっとおっぱいが大きくなりたいから毎朝飲んでるの」

「ボクも飲んでみるよ。もう少しだけ背が高くなりたい!」

 藤太郎はコップ一杯飲んでみた。

「けっこう美味しいな。もう一杯飲もう」

 藤太郎がミルクを飲んでいる最中、すゞが顔を近づけてきた。

「藤太郎くん、わたしと睨めっこしましょう、あっぷっぷーっ」

「プッ――」

藤太郎は口からミルクを勢いよく噴出し、それがすゞの顔面を直撃してしまった。

「すゞちゃぁん、ボクがミルク飲んでる途中でそんな面白い顔しないで」

「やったぁ、わたしの勝ちだーっ」

「すゞ、睨めっこはミルク飲んでる時にやるもんじゃないのよ」

「は~い。ゴメンね。藤太郎くん」

「ボクの方こそゴメン。すゞちゃんのお顔びしょびしょにしちゃって」

「平気だよ。藤太郎くんナイスコントロール」

 すゞは洗面所でお顔を拭いてきた。そして食事を再開。


みんな朝食を済ませ、続いてお洗濯を始める。

「藤太郎君、このカゴの中の洗濯物を手でつまんで洗濯機に入れてね。裏返ってるのは元通りにして」

「当たり前だけど、女の子の下着ばかりだ」

 カゴには、二人の身につけていたパンツとブラジャーなどが入っていた。

「五日分たまってるよ。冬はお天気悪い日が多くて乾きにくいから、あまり洗濯してないの」

「これは昨日わたしがはいてたやつ、体操服もあるよ。これブルマ、汗がいっぱい染み込んでるよ」

「こっちのは私よ。においをかぐとわかるよ」

「下着のにおいをかいでわたしとお姉ちゃんのを見分けてね」

「ボッ、ボクは犬じゃないよ。女の子の下着なんてとてもじゃないけど触れないよぉ。それにこの洗濯物、汗臭くてますます触りたくなあい」

 藤太郎はカゴごと全部ひっくり返して洗濯機の中に入れた。

「あ~ん、触って欲しかったのに」

「私のパンツ、そんなに汚いものと思ってるのかな?」

 すゞと葵はムスッとなった。そして藤太郎の顔を両サイドから軽くつねった。

「いたたたあ、ごっ、ごめんなさあい」


 三十分ほど経ち、全自動洗濯機が終了を知らせる音を鳴らした。

 葵は洗い終えた洗濯物を一旦かごに戻す。

「今日はお天気いいからお外に干そう」

 冬の日本海側にしては珍しく快晴であった。気温も0度を上回ってきた。表庭にある物干し竿に洗濯物を並べる。

「さあ藤太郎君、今度は触らないと干すことできないよ」

 葵は藤太郎にかごを手渡した。

「藤太郎くん、さあどうする?」

 顔を近づけ問い詰めるすゞ。

「うわあん」

 藤太郎は二人に半分脅されて二人の分の洗濯物を干す羽目になった。目を瞑ったままなるべく見ないように急いで、けれども一枚一枚丁寧に並べていた。

お洗濯が終わると藤太郎とすゞのお勉強タイムが始まる。

「藤太郎君、すゞの宿題しっかり見てあげてね」

「わたしの学校冬休みの宿題とても多いよ。手伝ってね」

「うん、ボクにまかせて!」

「でも藤太郎君、全部やってあげちゃダメよ」

「うん、分かってる。すゞちゃんのためにならないもんね」

「え~、そんなあ」

 この瞬間、すゞの冬休み宿題計画は一気に崩壊した。

「すゞ、三学期始まったらすぐに課題テストがあるんでしょう?」

「確かにそうなんだけどね」

「ボクの所もあるよ」

「藤太郎くんなら勉強しなくても余裕だよね。わたし、テストで悪い点数取ったらお姉ちゃんからお仕置きがあるの。お尻叩き、ペンペンペンペンって」

「すゞはこの前のテストの時、悪い点数を見せずに隠そうとしてテスト用紙を細かく切り刻んでおトイレに流したのよ」

「詰まらせちゃって大変だったよ。その時のお姉ちゃんすご~く怖かったよ。十発以上叩かれたよ。すごく痛かったけど、ちょっと気持ちよかった」

「今度も悪い点数とったら少なくとも五十発はペッチンよ。しっかりお勉強しなきゃダメよ」

「分かったよお姉ちゃん。そういえばさ、藤太郎くんは二学期の期末テストは合計何点だった?」

「国語が九十六点、数学Ⅰ・A、数学Ⅱ・B、物理、化学、生物、世界史が全て百点満点。英語が二百点満点中百九十八点で計九百点満点中八百九十五点だったよ。もちろん今回も学年トップ」

「藤太郎くんの高校は一流の進学校なのにトップだなんて、やっぱり天才くんだね。高校からは同じ数学とかでも科目が増えて嫌だな。苦手な科目はないんだね。わたしは数学が一番苦手なんだ」

「ボク、体育だけはどうしてもダメなんだ」

「気にしないで藤太郎君、誰にでも一つくらいは苦手科目があるものよ」

「通知表はどうだった?」

「ボクは体育だけが三で後は全部十段階評価の十だったよぉ」

「そういえば高校からは十段階評価になるんだったね。わたしは五段階評価で音楽と英語が五で、体育が四で、数学と理科と美術が二、あとは全て平凡の三だったよ」

「すゞは一部を除いて出来が悪いのよ」

「えへへ、昨日も藤太郎くんが来る前に通知表のことでお尻ペッチンされたよ。藤太郎くんの学校ってわたしの学校よりも進むのが早いね」

「二年生の秋頃までには全過程履修する予定だよぉ。それからは受験勉強に向けた演習問題になるんだぁ」

「わたしの学校も三学期からは高校過程に入っちゃうよ~。わたしの学校はエスカレータだから、受験の心配なく四月から高校生になれるもんね」

「でもすゞ、あまりにも酷すぎるとそこへの進学を取り消されちゃうかもしれないわよ」

「ないないない」

そんな葵の忠告にもすゞは全く動じない。

午前九時から一時間半ほど、宿題の時間に当てた。すゞは英数国理社、主要五科目のワークブックを仕上げてゆく。

「何とか今日の分終わったね」

「結局ボクの学校の分はボクがすぐに終わらせて、すゞちゃんの学校の分もボクがほとんどやってあげちゃったけど」

「もう、藤太郎くんったら。さて、今から藤太郎くんを面白い場所に案内してあげるよ」

「どんな所なんだろぅ? 楽しみだなあ」

おウチから五分ほど歩くと郵便局に辿り着く。その裏側には山がそびえて、登山道が整備されていた。三人はそこをどんどん歩いていった。

「ここはごく稀にだけどクマにも遭遇することがあるよ」

「クマさんが出るの? クマさんってぬいぐるみにするとかわいいけど、実際に出会うと怖いよね」

「今は冬眠中だから安心してね」

「ほら、藤太郎くん。あそこ見て! 昨日のおサルさんだよ」

 そこには昨日露天風呂に現れたサルたちが戯れていた。

「あっ、ボクの服着てる。返してえ」

「あの子たちは昼間ここに住んでるのよ。藤太郎くん、あの服はおサルさんに譲ってあげてね」

「おサルさんも寒いから服が必要なんだよ。ほら、あっちの服着てないおサルさんたちは団子になって固まってるでしょう」

 そのサルたちは身を寄せ合っていた。

「分かったよぉ。ボクからプレゼント大事に使ってね」

それを目にして藤太郎もかわいそうに思ったようだ。

「ああっ、あれはキツネ、それにあっちにはキテンもいるう」

「藤太郎くんはイタチとテンを見分けられるんだね。普段から見慣れてるわたしでも間違えることが度々だよ」

「このようにここは動物さんたちがたくさん住んでるけど、狩猟は禁止されてるの」

「この地域では山の動物はお友達として扱われているからね」

「そうなんだあ」

進んでいくと、やがて橋が見えてきた。

「橋の向こう側に洞窟が見えるでしょう。あそこが目的地よ」

「ここを渡ればすぐだよ」

「……」

 藤太郎は急に足がすくんだ。

「どうしたの? 藤太郎くん」

「ボッ、ボク……」

 その橋はかずらで編まれた吊り橋だった。

 下には急な川が流れていた。落ちたらひとたまりもない。川からの高さは十メートルくらい。長さ三十メートル以上はある。その橋は隙間も広く、風が吹くとけっこう揺れるのである。

「藤太郎くんこの橋が怖いんだ。大丈夫だよ。見た目以上に頑丈だから」

「嫌だぁ。ボク、渡りたくなあい」

 藤太郎は葵にしがみついた。

「しょうがないなあ」

 藤太郎は葵におんぶしてもらい、橋を渡った。

「ありがとぅ。葵お姉ちゃん」

「次からは一人で渡れるようになってね。あそこの穴から入るの」

「藤太郎くんを洞窟の中にご案内」 

「ボク、暗い所もダメなんだ」

 藤太郎は再び葵にしがみついた。

「懐中電灯持ってきてるから安心してね、藤太郎君」

 すゞを先頭に洞窟の中へと入ってゆく。

「中は意外と暖かいんだね」

「そうでしょう藤太郎君。逆に夏は外より涼しくなるから年中快適よ」

「ここは最高の住処だよ」

「確かに快適だけどボクはこんなとこには住みたくないよ。早く出たぁい」

「まあまあ藤太郎君。もう少し先にいいものがあるから」

洞窟の奥へ奥へとどんどん進んでいくと、行く手に鍾乳洞が広がっていたのである。

「どう、藤太郎君?」

「ぅわぁ、とても神秘的だぁ。ボク、鍾乳洞なんて生まれて初めて実物を見たよぉ」

 藤太郎はその光景に感激したが、二人は見慣れているといった様子であった。 

「ここは足元が滑りやすいから気をつけてね」

「分かったぁ。慎重に歩かないと」

「そんなに気をつけなくても大丈夫だよ」

 すゞはスケートするようにスイスイと円を描くように滑りを楽しんでいる。

 だが、次の瞬間――。

「あ~、藤太郎くん、ぶつかっちゃううううう」

「ぅわぁ、すっ、すゞちゃぁん……」

すゞはブレーキが利かなくなり、藤太郎を巻き添えにしてステンッと転び、ドッシンと尻餅をついてしまった。

「あ~ん、いた~い」

 すゞは藤太郎の顔の上に馬乗りになってしまった。

「いたたたぁ、すゞちゃん。重たいから早く退いて」

「あ、ゴメンね。すぐに退くから。でも、さっきの発言はいただけないなあーっ。女の子に重たいって言うのは失礼なことなんだよ藤太郎く~ん。わたし、お相撲はやってるけど太ってはないよ。むしろ痩せ型。四十●キロしかないのにな」

「ゴメン。すゞちゃん」

「わたしは別に気にはしてないよ」

 男の子に体重のことを言われて、そういう風に言い返す女の子は、実は気にしている子が多いのだが、すゞの場合は本当に気にしていないようである。

「コウモリさんもいっぱいいるね。でも今は眠ってる。確か夜行性だから夜になると動くのかなあ」

「今は冬眠中よ」

「暖かくなるまでおねんね中だよ」

「そうだったんだ。コウモリさん、春が来るまでゆっくり休んでね」

 藤太郎は岩にぶら下がって休眠中のコウモリたちに優しく声をかけておいた。

そこからさらに奥へと進むと、たくさんの分かれ道が出てきて迷路のように複雑に入り組んでいた。

「この辺からは迷うと出られなくなっちゃうよ~」

「実はね、この洞窟は正しいルートを選べばある場所と繋がってるのよ」

「へぇ。どこに出てくるのか楽しみだなぁ」

「ここを通っていけば洞窟から外に出るよ」

 すゞがその分かれ道の一つを指差した。

「すごく狭い所を通るんだねえ」

分かれ道の中でも最も狭く、人一人がやっと通れるほどの幅しかない所を進んでいく。


やがて出口が見えてきた。

そこを抜けると、

「あっ、あそこにおウチがあるぅ、ここってもしかして裏庭ぁ?」

「そうよ。ここのおウチの裏庭は洞窟と繋がってたのよ」

「すごいでしょう?」

「うん、大発見だあ。……ってことは別にあの橋を怖い思いして渡らなくても洞窟の中へ行けたんじゃないの?」

「そうなるんだけど、あの橋も紹介しとこうかなって思って」 

「あんなに怖がるとは思わなかったよ」

「ボク、あんな橋二度とゴメンだよ!」

「まあまあ藤太郎君、今日のお昼は出前を予約してあるの。そろそろ来るよ」

「高級なお寿司だよ」

「お寿司? やったあ。楽しみだなーっ」

  

しばらく待っているとその出前が届き、葵が受け取った。

「はい、藤太郎君。金沢名物の【かぶら寿司】と【笹寿司】よ」

「た~くさん食べてね」

「この種類のお寿司は初めて見たよ。いただきまあーっす」

【かぶら寿司】とは、塩漬けしたカブに塩漬けしたブリを挟み、米麹を使って発酵させたなれずしの一種だ。そして笹寿司は酢飯に鮭などを乗せたものを笹の葉で包み、箱に詰めて重石を乗せて作った押し寿司の一種である。

藤太郎は手づかみで嬉しそうに齧り付く。



「ああ美味しかった」

 藤太郎が完食したその後、お昼の歯磨きを欠かさず済ませたのであった。

「午後からはお買い物に行くわよ。藤太郎くんの服も買わなきゃね」

「お買い物? やったあ。ボク、これでやっと男の子向けの服が着れるよ」

「藤太郎くんとのかなり久しぶりのショッピング楽しみだなあ」

おウチすぐ近くの停留所から路線バスに乗り込み、金沢市中心部へと向かう。

まずはデパートへやって来た。中へ入るとまずは男ものの服売り場へと一直線。

「藤太郎くん、どの色がわたしに一番似合うと思う? 選んで」

 すゞは女性用下着をいくつか手に持ってきて志賀之助の目の前にかざしてきた。

「ボク、白が地味でいいなぁ。ピンクでも別にいいよ。お姉ちゃんはピンクだし」

「藤太郎くんはホワイトとピンクが好みなんだね。わたしと同じだ」

 藤太郎は特に恥ずかしがる様子も見せず淡々と選ぶ。彼にとってその物体は、単なるナイロンやポリウレタンといった高分子化合物の集合体に過ぎないのだ。

「柄はどっちが好みかな? クマさんかイチゴさんか」

「どっちも良いけど、どちらか選ぶなら……イチゴさんかなあ? こっちの方が美味しそうだから」

「藤太郎くん今わたしとお揃いでイチゴ柄パンツはいてるもんねーっ」

 すゞは周りにいた人々に聞こえるような大声で叫んだ。

「……すゞちゃん、そっ、そんな大きな声で……」

「ごめん、ごめん」

 藤太郎は自分がはいているパンツの柄を赤の他人に知られたくないようである。

「藤太郎、私のブラジャーはどれがいいと思う?」

 今度は葵が藤太郎に尋ねる。白の他、黒や紫といった派手でアダルティーな色に染められたブラジャーも見せつけた。

「これも白かピンクでいいよ。葵お姉ちゃんに派手なのは似合わない」

 また即答。さすがは試験でスピーディーな解答が求められる数学が得意なだけはある。

「ブラジャーも同じく派手なのは嫌なのね。私もそういう色はちょっと苦手」

「派手なのが良いのは昆虫とか、人間以外の生き物さんだけだよ」

「わたしもブラジャー買おうっと。お姉ちゃんと同じやつ」

 すゞも同じく白とピンクのブラジャーを迷わずセレクト。この二人は他にもお気に入りの夏服をいくつか購入した。



「お姉ちゃん、わたし、ちょっとお手洗い行ってくるね。ここで少し待ってて」

「私も行きたい。藤太郎君も一緒に行こう!」

「それはグッドアイディアね」

「えっ!? ボッ、ボクも? じょっ、女子トイレだよう」

「藤太郎がここで一人で待っていて、もしその間に怪しい人に誘拐されたら大変。雷五郎って何にでも興味心身で付いて言っちゃう癖があったでしょう。私、すごく心配しているの」

「もう、大昔の話でしょう? 葵お姉ちゃんったら心配性なんだからあ」

「藤太郎君、今、女の子の格好だし絶対ばれないよ」

「むしろ男子トイレへ入ったが怪しまれるかも、っていうか絶対怪しまれるよ。さあ、さあ、日本全国、いや世界共通全男子憧れの三次元空間、女子トイレにレッツゴー!」

「べっ、別にそんな場所に憧れてないよ!」

藤太郎は二人に有無を言わせず無理やり手を引かれ、あれよあれよという間に個室の中へと連行された。さらには二人、彼の見ている前でも平然と用を足そうとしたのだ。

「ボク、お外に出てるから」

 藤太郎はその場にいても立ってもいられず個室から飛び出した。普通の男子高校生ならばこういう状況になれば、大興奮して目をそらさずじっくりと観察するところだが藤太郎はそういうことは一切しないジェントルマン。

「藤太郎くん、わたしも済ませたよーっ」

 二人が用を足し終えたのを確認し、再び個室の中へエントリー。

「そうだわ、藤太郎もシーシーしとこうね」

「だっ、大丈夫だよ。今は行きたくない」

「ここでしとかないと、お漏らししちゃうかもしれなんよ。もしやっちゃったらオシリペッチン三十回!」

 葵さん、それはちょっと子ども扱いし過ぎではないか。

「しっ、しないよそんなこと! ボク、男子トイレでして来る!」

「いいのっかな? 藤太郎くん今、女の子の格好してはるんよ」

 すかさず突っ込みを入れるすゞ。

「あっ、そういやそうだった……」 

 ってなわけで、藤太郎もここで用を足すはめに。二人は便座の前に立つ藤太郎を横からじっくり眺めていた。

「……おっ、葵お姉ちゃん、すゞちゃん。お外に出ててよーっ」

「えーっ、わたし、藤太郎くんが立ちションするとこ見たいのにーっ」

「あの、ボク、座ってするんだ」

 俯き加減に恥ずかしそうに語る藤太郎。

「あらまあ」

「へぇ、そうなのか。そんなヒミツがあったのかあ。新発見だあーっ」

 嬉しそうなすゞ。

「葵お姉ちゃん、すゞちゃん。恥ずかしいから言いたくなかったんだ」

「藤太郎君、最近そういう男の人は増えてるから気にしなくてもいいのよ」

「わたし、そのこと聞いてますます見たくなっちゃったーっ。藤太郎くん、観察しちゃ、ダメ?」

 すゞはエサをねだる子犬のような表情で問い詰めた。

「うん、絶対絶対絶対ダメ!」

「藤太郎君、私にならいいでしょう? 最近全然見せてくれなくなって寂しいの」

「それは葵お姉ちゃんでも絶対にダメ!」

 藤太郎は両手をクロスさせ、数学の世界では省略されることの多い乗算記号×を形作り、首を振ってかなり嫌がっていた。

「あ~ん、残念だあ」

「もう、しょうがないわね」

 二人はちょっぴり残念そうに個室の外へ。とにもかくにも藤太郎も無事、女子トイレ個室で用を足し終えたのであった。

三人トイレから出て、他の店舗をいろいろ見て回る。

「本屋さんに寄ろっか。私、買うものがあるの」

「ボクもちょうど欲しい本があるんだぁ」

「Hな本? ダメ! 一人で見るなんてわたし許さない!」

 眉を顰めるすゞ。

「藤太郎君がそんなの欲しがったら、お尻ペッチンして真っ暗な押入れに閉じ込めるよ」

「ちっ、違うよ。ボク、図鑑が欲しいんだ」

「ホッ、良かった。安心したわ。さすがお勉強家ね。私は絵本を買うの。新しい紙芝居の参考に」

「ボクも何か絵本欲しいなあ」

「やっぱり絵本はいくつになっても面白いよね」

 続いてコミックのコーナーに来た。

「ボク、この漫画も欲しいなぁ」

「うふふ、藤太郎君ったら少女コミックも読むのね。かわいい」

「だって読みたいんだもぉん」

「わたしもこの漫画大好き。仲間だね。……あっ!」

すゞが知り合いの女の子三人組を見つけたようである。

「岱子たちだーっ」

「おう、すゞっちーっ」

 すゞと岱子は出会うとすぐさま抱き合って。頬ずりをしたり、お互いの胸を揉みあった。さらに極め付けには唇を付け合わせて直接キス。

「あっ、わわわぁ」

 藤太郎はこの光景に唖然としていた。

「藤太郎君、これは女の子同士の愛情表現よ。これくらいのことは日常的にやってることなの。男の子にはちょっと刺激強かったかな?」

「うん、見ているボクの方が恥ずかしくなっちゃうよ」

「こんにちは、お姉さんと、この子は……妹? ボクっ子でかわいいがね。でもっ、すゞっちに妹いなかったと思うがね?」

「さては、すゞ殿が誘拐してきたでござるか?」

「違うよ。この子はいとこだよ。紹介するね。この子たちはわたしのお友達。みんなアニメや漫画が大好きなの。わたしと合わせてアニヲタカルテット結成してるの」

「初めまして、あたしの名前は表岱子がね。サ○エさんの登場人物の名前と漢字は違うけど読みは同じがね」

「岱子もわたしと同じくお相撲をやってるの。ライバルでもあるよ」

「あたし、女相撲の場では『千代岱子』の四股名で取ってるがね」

「岱子はお相撲だけでなく、理数系の科目も得意なんだよ。いつも学年で一番をとってるの」

「理科に数学、これらの知識は相撲の理論にも役立ちますのでね」

「岱子の得意技は突っ張りなんだ。これをまともに喰らったらわたしも太刀打ちできないの。この技に関しては横綱級なんだよ」

「あたし、突っ張りの岱子と呼ばれてるがね」

「でもね、岱子はついついやっちゃう悪~い癖があるんだ。それで私は女相撲大会中学の部で番付は長~い間大関止まりなんだよ」

「あたし、一年生の二月にはすでに大関に昇進して、お恥ずかしながらもう二年近くも大関の地位に留まっているがね」

「中学女子の部で歴代在位がダントツの一位なんだよ。ちなみにわたしは次の大会の番付から横綱になるの。今年の六月にやっと大関になれてからは三大会だけですぐに横綱になれたよ。横綱昇進最速記録一位タイ、最短では二大会で昇進できるよ。プロの相撲と同じ大関で二連続優勝したら昇進だから。まだ誰も成し遂げた人はいないけどね」

「すゞちゃんもすごいんだなあ。岱子ちゃんには一体どんな癖があるの?」

「岱子はね、突っ張りで土俵際まで追い込んだら、つい引いちゃうことがあるんだ。見事に引き落としが決まった時は爽快だけど、空中に飛んで勝った時はみんな大爆笑だったよ。それで墓穴を掘ることも多いよ。面白い相撲を取ることが多いから愛称は千代岱子ワロスの略でタイス、または対数とも呼ばれてるんだよ」

「あたし、その数学的愛称とっても気に入ってるがね。引いたらダメだって顧問の先生にいつも厳しく注意されてるけど、どうしても引いてしまうがね」

「それとね、組んじゃったらものすごく弱いんだよ。そうなったらきっと藤太郎くんでも楽々と勝てちゃう」

「あたし、組むと序二段とか幼児相撲とか言われるがね。ちなみにすゞっちは逆に組んで投げる技が最強がね」

「わたしは組み技が超得意だからね。岱子はそれを治さないとプロの力士で大関在位数が歴代史上最も長くていつまでたっても横綱になれない岱子と非常に良く似た四股名のあの人みたいに横綱には永久になれないよ」

「中学生活も残りわずか、あとの大会はなんとしてでも二連覇して横綱を目指すがね」

「次の大会もわたしが優勝して、三連覇狙うよ」

 二人の間に火花が飛び交っていた。

「藤太郎くん、もうすぐその大会あるから楽しみに待っててね。次はこちらの子」

「初めまして。拙者、内潟龍華でござるよ。文芸部に入っているでござるよ」

「にっ、格好だけじゃなく言葉使いも忍者だあ。本物?」

「まっさか~。なりきってるだけだよ。龍華ちゃんは深夜にこっそりやってる美少女アニメも大好きなんだよ。わたしもだけど」

「北陸加賀の国ではそれがほとんど放送されていないのが悲しいのでござる。超高画質ブルーレイディスクに頼らざるを得ないので毎月小遣いがピンチでござるよ」

「この時間帯にやっているのはわたしの大好きな声優さんが出てる確率が高いからね。こっちの子も大切なお友達だよ」

「はっ、初めまして、干場佐々美です。びっ、美術部に所属しています」

 ぺこりと一礼。

「佐々美ちゃんは人見知り激しいけど、とても真面目で良い子だよ。わらぐつ作りの達人さんでもあるよ」

「わらぐつかあ。ボクも小学生の頃、課外活動で編んでみたことあるけど、全然できなかったよ。すごいな佐々美ちゃん」

「あっ、ありがとう」

 佐々美は頬を桜餅色に染めて少し照れていた。

「個性的な女の子たちだねぇ」

 藤太郎はこの三人組が気に入ったようだ。彼女らは先ほどからずっと藤太郎のことを眺めていた。

「それにしても、すゞっちのいとこの女の子、とってもかわいいがね」

「うむ、拙者の妹に欲しいでござるな」

「……」

「あ、やっぱりみんな女の子だと思っちゃった? 藤太郎くんって言うお名前で、驚くなかれ男の子だよ。ちなみに高校一年生。みんなより一つ先輩なんだよ。年下の小学生に見えちゃうけど」

 

しばしの沈黙。


「え?」

「本当!? すゞっち」

「なぬ!? 拙者未だ信じられぬでござる」

「本当だよ。確かめてみて」

その三人のうち二人の女の子が藤太郎の側へ寄ってきて、

「藤太郎チャン、ちょっといいかな?」

「藤太郎殿、あの部分を触らせて欲しいでござる」

 二人は藤太郎がはいている長ズボン越しにあの部分を触り始めたのだ。

「あ、本当がね。ムニュッて感触がしたので間違いないがね」

「おう、事実でござった。こっ、これがあの『ふたなり』と言うものでござるか。初めてリアル世界でお目にかかれた。嬉しいでございまする」

 龍華はキュピーンと目が光った。

「あっ、あのっ、藤太郎殿、これから執筆する同人誌のモデルにさせて下され。お願いしますでござるーっ」

「同人誌って『白樺』とか『ホトトギス』みたいなやつだね。もちろんいいよぉ」

「ありがとうでございます。デジカメに何枚か資料用に撮らせて下され」

「うん、喜んで」

 龍華は昔式のカメラで様々な角度から藤太郎の姿を写真に収めた。

「これで素晴らしいキャラクターが出来たでござる。藤太郎殿には、まことに感謝しているでござるよ」

「どういたしまして」

 藤太郎は上機嫌だ。そんな彼にすゞは呼びかけた。

「あのね、藤太郎くん」

「なあに? すゞちゃん」

 藤太郎は笑顔で振り返った。

「……やっ、やっぱり何でもないよ」

すゞは藤太郎に何か言おうとしたが、嬉しそうな表情を見て本当のことは知らせない方がいいと思い、これ以上何も言わなかった。

(わたしもそれ読んでみたいしね)

「男の子か……」

 佐々美は俯きながらそう小声で呟いた。

「それでも女の子の服を着ているのがね。もしかして藤太郎チャンの好み?」

「ちっ、違うよ!」

 藤太郎は断固否定した。

「今日は訳ありでね、こうゆう服を着させているの。今日は男の子向けの服を買いにきたんだよ」

「藤太郎君とショッピングを楽しみたかったっていうこともあるし」

「まあ別にそのままでもいいような気もするがね」

「然様でござるよ。適地適作という言葉がござろう」

「にっ、似合ってる……」

 岱子は藤太郎にスススッと近づいてきた。

「やっぱ藤太郎チャンには男の子向けの服は似合わないと思うがね」

「でも、もう買っちゃったから。トランクスとか」

「うーん、こっちの方が似合うと思うけどな」

「拙者はくノ一のコスチュームも藤太郎殿にぴったりと思うでござるよ」 

「……あっ、あの」

「どうしたでござるか? 佐々美殿」

「もしかして藤太郎チャンと握手したいの?」

「うん」

 小さな声でボソッと答える佐々美。そしてお顔ほんのり桜色へ。

「ボッ、ボクと?」

 藤太郎も頬が少し赤くなっていた。

「ほらほら藤太郎チャン、佐々美っちと握手、握手!」

 岱子は藤太郎を佐々美の目の前に引っ張って連れて行った。

「それじゃボクと握手しよ」

佐々美は、藤太郎と手をぎゅっと握ると、満面の笑みを浮かべた。

「あっ、ありがとう」

「佐々美殿、良かったでござるな」

「うん」

「佐々美ちゃん幸せそう。あ、そういやさ、龍華ちゃんは今年も冬の祭典行くんだよね?」

「もちろんでござる。例年通り夜行バスで」

「戦利品楽しみに待ってるよ。今日はお姉ちゃんもついてるから、アレなゲーム買ってもらえるよ。みんなこのチャンスにどう?」

 三人組はそれを聞かされた途端、目を宝石のようにキラキラ輝かせた。商品コーナーを物色しに突っ走った。


五分後、三人組は葵のもとへ戻ってきて次々とお目当ての商品を手渡す。

「お願いします、葵殿。拙者の変装術を駆使しても、店員からの身分証明書提示攻撃には敵いませんでござんした」

「葵ちゃん、頼むがね。うちからの一生のお願いがね」

「……あ、あの、こっ、これ、どうしても欲しいのです。デッサン用に」

「わっ、分かったわ。みなさん学業に支障ないようにほどほどにね」

 葵はアレな同人誌を十三冊、PC用ゲーム五本、素っ裸の女の子キャラが鎖に繋がれ、あられもないポーズをとっている八分の一フィギュア二体を両手に抱えて再びレジへ。店員さんは他にもいたのだが、またさっきと同じ人に当たってしまった。とんだ羞恥プレイである。

 合計金額○万○千○百円。四捨五入で十万円。もちろん代金は三人組側の負担。



「おーい、おまいら、何やっとるねん?」

 葵が商品を渡し終え、三人組がキャアキャア騒いでいたところ、後方からトーンの高い怪しげな男性の声が。

「あああっ!!! でっ、出たーっ。高川先生だーっ」

「やば、高川ちゃんやん」

「タカガワ、やはりこの店では出没率高し。ここで出遭うのはこれで十一回目かな?」

 高川先生とは、すゞたちが通っている中学の数学担当教師である。年齢は三十代前半。色白で小太り。マッシュルームカットに真四角のメガネ。何本か抜けた歯と、まさに容貌のイメージ通り、筋金入りのゲームマニアでもある。全てのゲーム機器を所有している。少年時代は人気ゲームソフトの発売日になると、学校をサボって買いに行くのが恒例行事、いや、今でもそんな日は、仕事を休んで買いに行き、さらにその日のうちに全クリを目指しているのだ。そんな日が週に少なくとも一度はある。ゲームソフトが大量生産されるこの時代、このスピードでこなし積みゲーを作らないようにすることに本職の教師の職務以上に身を捧げているのである。

 特にPC用美少女ゲームが大好きで、多数の妹系キャラに平等に溺愛している。キャラソンCDや抱き枕など関連グッズは全て揃え、それぞれのキャラクターの誕生日やクリスマスイヴの日にはプレゼントを買ってあげ、ディスプレイ越しに祝っている。ちなみに言っておくが、名前の通り邪な気持ちで教師になってわけではないもちろん。こちらは三次元だし特に興味はないのだ。ただし二次元平面上に描かれた仮想三次元美少女キャラには先にも書いたように恐ろしく異常なまでの愛情を降り注ぐ。

「おーい、おまいらな、中三やろう? まだ三年は早いぞーっ、ぐふふふ。石の上にも三年だよ~ん」

 高川はにやけた顔でそう呟いた。

「いやあ、先生、これにはチャレンジャー海淵のようにふか~い訳があってですね……」

 必死に言い訳を考えるすゞ。

「中学最後三学期の成績、どっしよっかなーっ? いつものすゞ君に表に内潟に、およよ? なっ、な~んと、今回はあの真面目で大人しい林藤さんまでいるではないかーっ」

「ごっ、ごめんなさい、高川先生」

 佐々美は今にも泣き出しそうな表情で俯き加減で謝った。

「干場さんだけはこのかわいさに銘じて許してあげるよ~ん。あともう二人は他所の学校の子たちかな?」

「この子はいとこの子だよ」

「ほほう、どれどれ。チェキチェキ」

 高川はグググッと顔を近づける。

「わ~お、三次元なのに萌えるこれは良い。ザッツグレイト!」

「この子はわたしのいとこなの。藤太郎くんって言って男の子なんだよ」

「なななんと、ますますオイラァの高感度ア~ップ! エロゲーでも女の子にしか見えない男キャラがたまにまじっているが、それはそれで萌えるんだ!」

 高川は大きな声を張り上げ、そう力説した。藤太郎は少し怯える。当然であろう。

「私はすゞの姉です。私は大学生なのでOKですよね」

「おう、君はすゞ君くんのお姉さんか。中学生くらいにも見えるが、エロゲ世界ならこのクラス、いや小学生、いやいや幼稚園児にしか見えない大学生キャラもザラだ。だって大人の事情があるんだも~ん」

 葵もこの先生に少し怯えてきた。やはり気持ちは分かる。

「先生、このことは他の先生たちにナイショにして欲しいがね。超格好いいよ。素敵」

「高川殿、お願いしますでござる。春に発売されるあの人気ゲームは拙者たちが全額負担しますから」

「ヒャ~ハッハッハ、おまいらじゃ全然萌えないにゃ。おまいら三人にはペナルティだよ~ん。特にすゞ君にはダブルで。取りに来なかっただろう?」

 高川はカバンから何かアイテムを取り出した。

「ぎゃあああああ、もっ、もしや……」

「そのまさかさ~ん。ピロロロ~ン、『スペシャルクリスマスプレゼントーッ!』、クリスマスとは三次元的に縁の無いというかいらないオイラァからの冷たい心こもった贈り物だよ~ん。これ、ちゃ~んと三学期始まるまでに仕上げておくように。始業式の日に提出だよ~ん」

 それは高川特製、『高校数学への架け橋。中学数学総復習実力強化学習プリント二十枚セット』だった。すゞにはプラス十枚。彼は数学の成績が5段階中2以下の子にはペナルティとして夏休みの宿題に追加で課しているのだ。

「パンパカパーン! すゞ君の二学期の成績は”2“だっただろう。本当は”1“を付けたかったんだよ~ん。けどさん、オイラァがつい予約し逃してしまったPCゲームの完全予約限定生産のフィギュア・設定資料集・抱き枕カバーという三種の神器をプレゼントしてくれたからおまけでつけてあげたんだよ~ん。限りなく”1“に近い”2“だったんだよ~ん。このまま高校の学習内容に入っちゃったらこの先どうなるか、分かってるよねん?」

 ちなみに佐々美の成績は文句なしの5。岱子は4。龍華はギリギリの3。

「はいはいはい、分かってますよ。ちっ、仕方ない、ちゃんとやっとくよ」

「それでよろし。オイラァもラノベの新人賞毎月のように応募してるけどきちんと締め切りは厳守してるからねん。これまで石の上にも三年間、三十作以上出して一度も一次通過したことはないがな。ハッハッハ」

「そりゃ先生才能ないよ。ところで先生も冬の祭典に行くんですよね?」

「もっちろんさ。これぞオイラァの人生だからなん。オイラァはこれに参加するため生まれて来たのさん。グッ、フフフフフ。そのためにここ数週間、いろいろ節約してオイラァの一日の食費はスーパーに売ってる九十八円の安売りカップめん一つだけなんだよ~ん。水道代節約のため風呂にも入ってないっさ」

「……お体にお気を付け下さいね」

 葵は一歩後ずさり、心配そうに声かけた。

「ハッハッハッハッハ、オイラァはその程度のことくらい慣れてるから平気だよ~ん。わが校の同志ども。ではまた。オイラァはこれから名古屋へ直進なり。チャリで」

 高川は本日発売された美少女同人ゲームや同人誌(どちらも十八禁)など、多数のアニメグッズを購入し、近寄り難いオーラを醸し出しながら意気揚々と次のその目的地へ向かって行った。

「うぬーっ、高川殿のオタク野郎最悪、蛾未満でござるよ。絶対あいつ自分が中学生の時は買いまくってたくせに。いや、母上殿に頼んで買ってもらったのかも。いずれにせよ気味が悪うござる! 絶対に鉢合わせしないように気をつけてなければならぬ」

 ギャアギャア言いたい放題高川先生の悪口を容赦なく言いはる龍華。こいつもあのマンガの祭典に参加するほどご立派なオタクなのに。

「でも、数学の再テストで放課後居残りしてる時に、ゲームの裏技とか業界の裏話とかかなりマニアックなお話してくれるからわたしは大好きだよ」

 高川先生は毎時間、前回の復習も兼ねて小テストを行っている。十点満点中七点未満の場合は放課後再テストとなり、すゞは常連さんなのだ。定期テストについても百点満点中七十点未満の場合には再試験が行われる。こちらももちろん常連さんだ。

 佐々美も成績は優秀で小テストは常に満点。定期テストも九割以上をキープしている頑張り屋さんだ。

「それじゃまったねーっ」

「では、お達者で」

「さようならです」

 すゞのお友達三人組と別れを告げた。

「藤太郎くんすごい! 佐々美ちゃんって男の子がすごく苦手な子なのに、喜んで握手してたよ」

「藤太郎君は女の子として見られてるのかもね」

「ボク、嬉しいような、なんかちょっと複雑な気分だな」

 この後、この三人は近くにあるデパートの地下一階へとやって来た。

「さあ、最後は食料品売り場よ。クリスマス料理の材料を買い揃えるよ」

「葵お姉ちゃん、お菓子も買っていぃ?」

「うん、でもっ、あんまり買いすぎないようにね」

三人は料理の材料やお菓子の他、割引の品物や新商品などをどんどんカゴに詰めていった。葵はレジで会計を済ませる。

「合計、九千七百八円いただきます」

「細かいのがないなあ」

葵は聖徳太子を一枚出した。彼女は今でも旧札を使用することがしばしばである。

「あ、これ一万円ですね。大丈夫です。お使い出来ますよ。一万円お預かりしましたので、お釣りは二百九十二円でございます。またお越し下さいませ」

 買い物袋を両手に抱える葵。藤太郎とすゞも、持つのを手伝ってあげた。

「結局思ったよりもいっぱい買っちゃった。五千円くらいで済ますはずだったんだけど。それじゃ帰りましょう」

こうして三人は夕方に帰宅。

「さて、洗濯物を取り込まなきゃ」

「もう真っ暗だね。今が一番暗くなるのが早い時季だから」

 葵とすゞは洗濯物を取り込んだ。

「藤太郎君、この洗濯物を丁寧に畳んでね」

「えぇっ」

 畳む時も藤太郎は嫌々ながら二人の下着を担当した。

「今日の夕飯は金沢の郷土料理のオンパレードよ」

「期待して待っててね」

「わぁい。どんなお料理が出てくるのか楽しみだなぁ」

今夜のメニューは鯛に卯の花(おから)を詰めた『鯛の唐蒸し』、ゴリ(カジカ)の佃煮やから揚げ、鴨肉を煮た『治部煮』である。

もちろんの今日の夕飯も藤太郎は大満足であった。食後は、今夜もみんなで一緒にお風呂。

「藤太郎く~ん、今夜はやっぱり脱衣所にお着替え持ってきてないね~」

「うん、また今日も猿に盗まれたら嫌だもん」

「うふふ、用心しすぎよ藤太郎君」

 藤太郎は周囲を見渡し警戒しながら露天風呂に浸かった。だが、

「あっ、朝にも見た昨日ボクの服を盗んだ猿たちだぁ。また現れたぁ」

 そのサルたちは昨日と同じように木から下りて藤太郎の方へと近寄ってきた。

 そしてその中のサルの代表者=昨日藤太郎の胸を触ったサルが何か包みに入った物を手渡した。

「これ、ボクにくれるの?」

「キッキッキッウ」

 サルたち全員がうなづいた。

「きれいにラッピングされてるね。これは君たちがやったの?」

「ウッキ」

 サルの中の一匹(メスのサル)が挙手した。

「きみ、手先がとっても器用だねぇ」

「キキゥ」

 そのメスザルは手で顔を覆い、照れ隠ししていた。

藤太郎は丁寧に包みを開けた。

「あっ、お猿さん型のクッキーだあ。すごく美味しそう」

「良かったね藤太郎君。昨日のお礼だって」

「情けは人のためならずだね」

「お猿さんたち、ありがとぅ」

「キッキ」

 サルたちはどういたしましてと言わんばかりに一斉にお辞儀し、山へと去っていった。

みんな風呂から上り、脱衣所で葵とすゞは早速今日買ったトランクスを手にした。

「葵お姉ちゃん、すゞちゃん、本当にトランクスをはいちゃうのぉ?」

「もちろんよ」

「だってこれ、はき心地とっても良いもん。前も開いてるし、あ、でも、女の子には扱いづらいや、まあいいけどね」

 二人は堂々とトランクスを身につけた。

藤太郎は素っ裸でお茶の間に置かれた着替えを取りにいく。

「さっ、寒うううい。明日からはまた脱衣所に着替え持ってこよ」

そして今夜も三人、一緒に同じ布団で眠るのであった。


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