第16話 元カノの正体は

 放課後、俺は四条しじょう先輩との約束通り、生徒会室に向かった。

 生徒会室の扉を軽くノックする。


「失礼します。鏑木かぶらきです」

「どうぞ」


 中から返事があった。

 四条先輩の声だ。

 俺は扉を開けて、室内に入る。

 思えば、生徒会室に来るのは初めてだな。

 教室の半分もない狭い部屋には机が何個か並べてあり、その上には書類が大量に積まれている。  

 ……詳しい仕事内容は知らないけど、やっぱり生徒会って忙しそうだな。

 しかしその割に、人が少ない。

 というか、四条先輩しかいない。

 四条先輩は「生徒会長」と書いた札が置かれた席で、事務仕事をしている。


「ようこそ鏑木くん。そこに座って」

「あ、はい。ありがとうございます」


 俺は四条先輩の隣の席に座った。


「……他の生徒会の人はいないんですか?  最近は文化祭の準備で大変な時期だと思っていたんですけど」

「忙しいのは事実だけど、皆クラスや部活動の方でもやることがあるから。今日の仕事は昼休みに終わらせたの」


 四条先輩は書類から目を離して、俺の疑問に答える。


「今日の分は終わらせた……って割には、四条先輩自身は今も仕事してません?」

「これは明日の分よ。鏑木くんを待っている間に進めていただけ」

「なるほど……」


 さすがは四条先輩、真面目で効率的だ。


「とにかく、今日この生徒会室に他の誰かが来ることはないわ」

「ってことは……」

「ええ。二人きりで、気兼ねなく話ができるわね」


 二人きり。

 呼び出された時点である程度は想定していたけど、改めて四条先輩の口から言われると、意識してしまう。

 じゃあ二人きりで何の話をするかと言えばもちろん、一つしかない。


「『約束の相手』について、四条先輩は何を知っているのか。そもそも、何故その単語を知っているのか……色々聞きたいことがあります」

「私が『約束の相手』だからよ」


 さっそく本題に入った俺に対して、四条先輩の答えは簡潔だった。

 ――立派な小説家になって迎えに行くからお嫁さんになってほしい。

 子供の頃にあの約束を交わした女の子の正体が、四条先輩って。

 そんなこと、あり得るのか?

 確かに本物の「約束の相手」は、ゲームの詳細を把握していると、爺さんの遺言には記されていた。

 だけど今更になって四条先輩がその本物だと急に言われても、俺は困惑するしかなかった。


「四条先輩の言うことが本当なら、どうして中学の時に打ち明けてくれなかったんですか?」

「そうね……鏑木くんが気づいてくれるまで待とうと思っていたのよ、あの時は」


 今、少し考えてから言わなかったかこの人。


「どうも腑に落ちませんね」

「腑に落ちないと言えば……鏑木くんは中学の時、私が告白を受け入れたことに驚いていたわね。でも私が子供の頃から鏑木くんに惹かれていたとしたら、納得できるでしょう?」


 そう言う四条先輩は、小さく笑みを浮かべていた。

 照れている……とかではなさそうだ。

 どちらかと言えば楽しそうだけど、どこか含みがあるように見える。

 

「納得は、できるかもしれませんけど……」

「もしかすると鏑木くんは、私との交際を『約束の相手』に対する浮気か何かだと考えていたかもしれないけど、実のところ君は一途だったということよ」

「いや、でも……」


 冷静になれ、俺。 

 四条先輩の言っていることには違和感がある。


「子供の頃に会ったあの子は黒髪でした。成長で髪の色が黒から金に変わった……ってことはありませんよね?」


 四条先輩の髪色は鮮やかな金色だ。

 母親がアメリカ人と聞いたことがあるから、恐らく生まれつきだろう。


「昔は黒染めしていたの」

「黒染め……ってなんでまた」

「通っていた小学校の校則が厳しくて、黒髪以外禁止だったから」

「今時そんなことがあるんですか?」

「ええ。私も当時は疑問に思っていなかったけど、最近では珍しいかもしれないわね」


 その辺の公立小学校なら、校則がそこまで厳しいことはないはず。

 だけど、四条先輩のことだ。

 由緒ある私立のお嬢様学校とかに通っていたなら、昔ながらの校則が残っていてもおかしくはない。


「髪は染めていたとしても、性格だって今の四条先輩とは違っていた気がします」


 昔俺が約束をした女の子は、明るく活発な性格だった覚えがある。

 おしとやかなお嬢様といった印象の四条先輩とは対照的だ。


「性格なんて、小さい頃と高校生の今で変わって当然だと思うけれど」

「……それは一理ありますね」

 

 正直、俺は四条先輩の言い分に対して半信半疑だった。

 どちらかと言えば疑いの方が強いかもしれない。

 けど判断は慎重にしたい。

 否定するのはまだ早い。


「四条先輩はさっき、俺が気づくまで待っていたと言っていましたけど……今になってやめたのは何故です?」

「状況が変わったからよ。鏑木くんに気づかれないまま、他の子に取られるのは嫌でしょう?」


 四条先輩は何故当たり前のことを聞くのかとばかりに、首を傾げる。

 その仕草を見ていて、俺は思う。


「四条先輩って、クールな人だって言われてますけど……案外そうでもないですよね?」

「常に冷静でいようと心がけているのは事実よ。そういう教育を受けてきたから」

「でも、俺が知っている四条先輩は、中学時代から意外と感情表現が豊かな人ってイメージなんですよね」

「当然よ。鏑木くんの前で、平然としていられるはずがないでしょう」


 ……なんだそれ。

 まるで、四条先輩が俺のことを好きで感情が制御できないみたいな言い方だ。

 長年の想いがあるからこそ、俺の前では違う顔を見せる。

 俺にはその言動が、嘘には思えない。

 だけど四条先輩が「約束の相手」だという確証もなかった。

 正直、まだピンと来ていない。


「鏑木くんが昔のことを思い出すためにも、これからは一緒に過ごす時間を増やしましょうか」


 四条先輩は俺の心中を察したのか、そんな提案をした。


「一緒に過ごすって、具体的には……」

「二人でどこかへ出かけたり、お互いの近況を話したり……かしら? 一年半も交流がなかったのだから、行きたい場所や話したいことが色々あるでしょう?」


 二人で出かけたり、お互いのことを話したり。


「それって、まるで……」


 まるで、中学時代に付き合っていた頃みたいだ。

 って、それもそうか。

 そもそも四条先輩は「やり直したい」と言って、俺に話しかけてきた。


「嫌、とは言わないわよね?」


 四条先輩は、机の上に置いていた俺の手にそっと自らの手を触れ合わせてきた。

 その上で、視線を合わせてくる。

 有無を言わせないという、四条先輩の明確な意思表示だ。


「……はい」


 俺はつい、首を縦に振ってしまった。

 四条先輩の押しに弱すぎるだろ、俺。


「そう、良かった」


 四条先輩は俺の答えを聞いて、満足そうに微笑んだ。

 まるで、これから訪れる二人の時間が楽しみだとでも言うように。

 ……やっぱり、この笑顔が嘘には見えないんだよな。


 少なくとも、中学時代の俺は。

 こうした四条先輩の姿に間違いなく惹かれていた。




◇◇◇


結局昨日は更新できなくてすみません。

次回は四条先輩と恋人っぽいことする話の予定です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る