第15話 四条陽菜乃は中学時代から変わっていない。
今日の六限目は体育だ。
授業内容はバスケットボール。
俺のクラスの男子は隣のクラスの男子と合同で、体育館の半分を使ってシュート練習をしている。
この高校は生徒数が多いため、授業では体育館や運動場の一部のみを使うことが多い。
現在も体育館のもう半分では、三年生の女子がバレーボールをやっている。
その中に、一際目立つ金髪の女子生徒がいた。
どうやら向こうはバレーの試合をしているらしい。
四条先輩がゆったりとした所作から放った力強いスパイクに誰も反応することができず、見事に得点を決めていた。
生徒会長であり由緒ある家のお嬢様でもある四条先輩は、運動神経抜群で成績優秀という万能な人物として知られている。
それに加えて、あのルックス。
周囲の女子たちからは完璧超人のような扱いだった。
味方チームからは歓声が上がり、相手チームは半ば諦めムードだ。
「さすがだなあ……」
シュート練習中、脇に外れて少し休憩していた俺は、体育館の向こう半分で繰り広げられる光景をなんとなく眺めていた。
「思えば、中学時代からあんな感じだったな」
俺は四条先輩を見て、数年前のことを思い出す。
俺が中二、四条先輩が中三の頃に一学期から付き合い始めて、お互いのことをまったく知らない状態から、手探りで関係を築いていった。
経緯はともあれ告白したのは俺の方からだったが、その後は四条先輩の方が主導権を握っていた気がする。
学校や外で会おうと誘うのは、ほとんどが四条先輩の方からだった。
結局お互いに本当の気持ちは分からないままだったけど、悪い仲ではなかったと思う。
考えれば、俺たちが別れた経緯はどこか不自然だった。
四条先輩が中学を卒業した春休み。
高校の合格発表を数日後に控えていた四条先輩と、二人で出かける予定があった日のことだ。
それまで一度も約束の時間を破ったことがなかった四条先輩が、待ち合わせ場所に現れなかった。
何かあったのかと心配して連絡したが、まったく応答がない。
事態が動いたのは、待ちぼうけを食らって数時間が経過した頃だ。
急にラインで「別れましょう」と一言だけメッセージが届いた。
それ以降、ラインはブロックされて、電話も繋がらなくなった。
何かがおかしい。
そう思った俺は、それまで一度も行ったことのなかった四条先輩の家を訪ねてみたけど、超がつくほどの豪邸から出てきたのは本人ではなく使用人だった。
――
俺は使用人からそれだけ伝えられて、追い返された。
それでも、何か事故や事件に巻き込まれたわけじゃない、ということは分かった。
俺はひとまず安心した。
同時に、明確な拒絶の意志を感じた。
原因も、その拒絶が本当に四条先輩自身の意志なのかも、分からなかったけど。
それから一年と少しの間、四条先輩と会うことはなかった。
次に四条先輩の姿を見たのは、高校の入学式だ。
生徒会長として登壇し、スピーチをする四条先輩の姿を、俺は新入生の一人として席から眺めていた。
四条先輩のことを追いかけて同じ高校に進学したわけじゃない。
先輩がどこの高校に行くか決まる前に音信不通になったので、俺は進学先を把握していなかった。
偶然の再会に、俺は驚いた。
入学式の後、俺は四条先輩に話しかけるか迷ったけど、やめた。
当時、先輩には親の決めた婚約者がいたからだ。
その話は校内では有名で、入学式が終わってすぐに俺も知った。
婚約者は大手企業の御曹司である二十代の男で、四条先輩のことを学校に迎えに来る姿が度々目撃されていた。
だから校内では「四条先輩はあの婚約者と親公認で交際している」と噂されていた。
多くの人が抱く四条先輩への印象は、気品に満ちた才色兼備のお嬢様。
本人が完璧なだけでなく、エリートでイケメンの婚約者がいて大切にされている。
それだけ聞けば、普通の生徒とは住む世界が違う人間に思える。
だけど、四条先輩には近寄りがたい雰囲気はない。
あまり感情を表に出すタイプじゃないのは確かだけど、誰にでも優しく、生徒たちに分け隔てなく接する人だ。
一年生の時から生徒会の役員を務めており、二年生の前期には生徒会長に就任した。
四条先輩は多分、ノブレスオブリージュ的な責任感を持っている。
中学時代から同じように、生徒会の役員や会長を歴任していた。
「……思い返してみると、余計に分からないな」
どうして先輩は俺の告白を受け入れたんだろう。
ただの気まぐれだった……とか?
そこは本人に聞いてみないと分からないけど、フラれた理由は今ならなんとなく想像がつく。
恐らく、婚約者とか家のことが関係していたと思う。
もっとも、今では四条先輩と婚約者の関係は解消されたらしい。
婚約者だった男の親が経営する大企業で重大な不正が発覚し、経営破綻に追い込まれたことが、原因だとか。
「お前、サボって四条先輩に見惚れてるのか?」
色々と思い返していたら、
「考え事をしていただけだ」
「要するに、四条先輩について考えてたってことだろ?」
「別にあの人は関係ない」
「あれだけじっと見ていて、関係ないわけないだろ」
「……」
図星だった。
壮志とは高校に入ってからずっと付き合いがあるので、勘づいたらしい。
「まあ、四条先輩が男子の憧れって感じでモテるのは分かるぜ? 高嶺の花すぎて、告白する奴はいないって聞くけど」
「そうなのか……?」
憧れの対象ではあるけど、高嶺の花すぎて誰も告白しようとしない。
そういえば、中学時代から四条先輩はそんな扱いだったな。
だからこそ、俺は罰ゲームとして無謀な挑戦をさせられた。
もう何に対する罰ゲームだったかも覚えていないけど、それはともかくとして。
玉砕覚悟で告白してみたら、何故かOKされた。
「食堂での話、聞いたぞ? お前が中学時代に四条先輩と付き合ってたとか、初耳なんだが」
……やっぱりその話題になるよな。
「壮志に言ったら絶対面倒なことになるだろ」
「そもそも信じなかったかもな。この高校にはお前と同じ中学出身の奴ってほとんどいないから、確かめようがないし」
「それもそうか」
「だけどまさか……四条先輩の方からお前とヨリを戻したいなんて言ってくるとか、驚いた」
壮志が少しからかうような調子で言った。
「俺もだよ」
「で、悠真はどうするんだよ? 最近色んな女子との噂を聞くけど?
壮志にとっても凪は親友だ。
やはり気になっているらしい。
「生徒会室に呼ばれてるから、放課後に会いに行ってみる」
「四条先輩との関係に前向きなのか? 実は高校に入ってからも仲が良かったり?」
「いや、四条先輩との接点なんてなかったよ」
四条先輩も以前から、同じ高校に俺がいることを認識していたはずだ。
それでも、最近まで四条先輩の方から俺に話しかけてくることはなかった。
お互いに、半ば無意識の内にあえて避けていたような気すらする。
だから、四条先輩がわざわざ文芸部の部室を訪ねてきた時は本当に驚いた。
一年半、俺たちは無関係な人間だったのだから。
俺はふと思う。
もし、あの時別れていなかったら。
俺と四条先輩は今、どんな関係だったんだろう。
◇◇◇
隔日更新になってしまいすみません。
多分明日は更新します。
次回は四条先輩の思惑が少しずつ見えてきます。
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