第13話 元カノがやり直したいと言ってきた。
「久々に来たけど、やっぱり混んでいるね……」
翌日の昼休み。
俺と
たまたま二人とも今日は弁当を持って来なかったのと、親友の一人である
「見事に席が空いてないな」
俺と凪は日替わり定食を購入し、お盆を持って席を探していたが、食堂はほぼ満席だった。
「でも、どこか一つくらいは……あ」
「どうした? お、
伊万里が四人掛けの席に一人で座って、居心地を悪そうにしながら食事していた。
「お二人ともこんにちは。ちなみに私は元から一人だったわけじゃないですよ? 友達と一緒だったけど、急用があると言ってさっさと食べて先に行ってしまっただけです」
目があった途端、伊万里は聞いてもいないのに言い訳がましく説明を始める。
混雑している中で、四人がけの席を占領していることにちょっとした罪悪感を覚えていたんだろうか。
「そういうことなら、俺たちもそこに座っていいか?」
告白されて以来、凪と二人で過ごすことに気まずさ……って程じゃないけど、距離感を測りかねていたから、他の誰かがいるのは正直助かる。
「む……凪先輩はそれでいいんですか?」
「もちろん。伊万里さんと一緒にご飯を食べられたら嬉しいよ」
そうして俺たちは三人で昼食をとることになった。
「凪先輩って本当にこの人に告白したんですか?」
食事中、伊万里は隣に座る凪にそんなことを聞いた。
「うん、本当だよ」
「意外ですね……凪先輩ならもっと良い人がいそうなのに。どうしてこの先輩なんです?」
「どうして……って聞かれると難しいけど、好きなものは好きだから。他の人にはない独特の雰囲気……とか特に?」
「へー? 先輩にそんな雰囲気があるとは思えませんけどねえ」
伊万里は怪訝そうに、俺のことを見た。
……それにしても、すぐ向かい側で俺のことを好きだとかそういう話をされると、むず痒い気分になるな。
「表情がなんか変ですよ先輩。告白されてOKしなかった癖に、意識している感じが微妙に気に食わないです」
相変わらずひどい言われようだった。
「もっと意識してもらいたいから、僕としてはこういう反応は歓迎だよ?」
「お、おお。凪先輩がデレデレしてます」
伊万里は凪の新鮮な反応に戸惑っていた。
「そう言う伊万里さんはどうなの?」
「どうって……何の話です?」
「もちろん、
「はい? 先輩がどうかしたんです?」
「実は好きだったりしないの? 伊万里さんは悠真といつも一緒だし」
「……」
凪に聞かれて、伊万里は少しの間、無言で目を瞬かせていた。
が、少しして、
「私が先輩のことを……って、そんなまさか。先輩はガサツで生活力皆無で、誰かが面倒を見ないと生きていけないから私が仕方なく面倒を見ているだけです。先輩は私がご飯を作ってあげないと平気で何日も食べなかったりするんですよ? でも食べること自体が嫌いというわけじゃないみたいで、私の手料理を毎回残さず食べてくれるのは憎めないところです。あ、でも最近自立心が芽生えたらしくて、今日も私のお弁当はいらないとか言っていたんですよ? 結局自分で作るのは無理だったみたいで、食堂に来ているからやっぱりその点は気に入らないですね」
やたら饒舌に、伊万里は俺に対する心情を語った。
早口で何が言いたいのか今ひとつ分からなかったけど、どちらかと言えば貶されていた気がする。
それなのに不思議と嫌な気持ちにはならなかったのは何故なんだ。
「伊万里さんは素直じゃないね?」
「凪先輩の言っている意味が分かりません」
「『今は誰とも付き合う気がない』って伊万里さんが告白を断っている話は聞いたことがあるけど、それって具体的に付き合いたい相手がいるからこその発言なのかなって」
何故か凪が視線を俺に向けた。
釣られるように、伊万里もこっちを見る。
「……ノーコメントで」
「うーん、伊万里さんとはフェアな状況にしたかったのに。でも否定しないあたりがかわいいね?」
「な、凪先輩がいじわるです……」
伊万里が珍しくうろたえていた。
「伊万里、様子がおかしいぞ?」
「まったく……先輩が人のことを心配できる立場ですか?」
「あれ。俺が話しかけたらいつも通りになったな?」
何か理由が分かるかと思って凪の反応を窺ったら「ひ、捻くれてるなあ」と苦笑していた。
「なんだか余裕ぶってますけど、先輩だって恋愛経験ないくせに」
「いや……皆無ってわけじゃないぞ?」
あ。
この話はあまり積極的にしようとは思っていなかったのに、つい言い返してしまった。
「え? そ、そうなんですか?」
「それって、悠真に彼女がいるってこと? そんなの聞いてないよ!?」
伊万里だけでなく、凪も驚いていた。
「今いるってわけじゃない。いたことがある……ってだけだ」
「一体いつの間に……二年間同じクラスだったけど、そんな人見たことないな」
「私も先輩の家に出入りしてますけど、先輩とおじいちゃん以外の人を見たことはないですよ? まさか強がって咄嗟に嘘をついたとか?」
二人とも不思議がっている。
伊万里に関してはちょっと馬鹿にしている。
「中学時代の話だから、二人が知らなくて当然だ」
「あくまで本当にいたって言うなら……先輩の元カノって、いったいどんな人だったんです?」
「もしかして、僕たちの知っている人?」
興味津々といった様子で二人は聞いてくる。
正直、答えにくい質問だ。
本当のことを言ったら、面倒なことになりそうだし。
この際、伊万里に「やっぱり見栄を張ったんですね」とかからかわれるのを覚悟で、実は嘘ですとか言ってごまかそうか……思ったその時。
「ああ。
お嬢様生徒会長として有名な、
その手には、昼食が載ったお盆を持っている。
……まさか、ここで本人登場とは。
それにしても、四条先輩が今になって名乗り出てきたのはどうしてだ。
俺がそんな疑問を感じる中、伊万里と凪は呆然と四条先輩のことを見ていた。
「四条先輩が元カノってそんなまさか……あ、でも文芸部の部室に訪ねてきた時の笑顔ってそういう……?」
「悠真、本当なのかい?」
「ああ、本当だ」
凪の問いに対して、俺は肯定するしかなかった。
さすがに四条先輩本人を前にして否定はできない。
だけどおかげで、俺は注目を浴びる羽目になってしまった。
四条先輩がいることに加えて、この会話の内容。
周囲の生徒たちの視線が痛い。
「だからあいつは何者なんだよ」とでも言いたげだ。
「私もご一緒して良いかしら? 生徒会の仕事を片付けた後で来たら、座る場所がなくて困っていたの」
四条先輩は、丁寧な物腰で俺たちに尋ねてくる。
「も、もちろん大丈夫です……」
どこか控えめな態度で、伊万里はうなずいた。
四人がけの席で空いているのは、一つだけ。
俺の隣に、四条先輩が座った。
「ところで四条先輩。悠真との馴れ初めとか……聞いてもいいですか?」
四条先輩が上品な仕草で食事をしていた最中。
凪がおもむろに尋ねた。
……やっぱりそうなるよな。
「私が中学三年生の頃、鏑木くんの方から告白されたの」
「ゆ、悠真の方から……!?」
「先輩って、四条先輩のことが好きだったんですか?」
伊万里が俺に聞いてきたが、その問いに答えたのは四条先輩だった。
「どうなのかしら。鏑木くんの告白は確か、罰ゲームか何かで周囲のご友人に囃し立てられた……と言っていたわよね?」
四条先輩が俺の方に顔を向けた。
今更だけど……やっぱりこの人ってとんでもない美人だな。
作り物みたいに、顔立ちが整っている。
「鏑木くん、聞いているかしら?」
「あ……はい、そうですね」
……危ない。
四条先輩に見惚れそうになっていたのか、俺。
「ああ、なんだ。てっきり悠真が四条先輩に惚れ込んでいたのかと……」
「うーん。きっかけが罰ゲームだったとしても、四条先輩は告白を了承したんですよね?」
伊万里はまだ何か気になっているらしい。
「そうね。鏑木くんがどう思っていたかはさておき、私は彼に興味を持っていたから」
「意外ですね。てっきり、先輩の方から頼み込んで四条先輩と付き合ってもらっていた……みたいな展開だと思っていたのに」
腑に落ちない様子で、伊万里は言った。
「ちなみに、別れた理由なんて聞いてもいいですか? まさか悠真が振ったなんて贅沢な話はないと思うけど」
今度は凪が四条先輩に質問している。
気になるのは分かるけど、踏み込みすぎじゃないか……?
そう思っている俺とは裏腹に、四条先輩は平然と答える。
「別れたのは完全に私の都合よ。鏑木くんには申し訳ないことをしたと思っているわ」
「どっちが悪いって話でもないと思いますけど……」
俺たちは四条先輩が高校に進学するのを機に、自然消滅的に別れることになった。
少なくとも、それが俺の認識だ。
「いえ、あれは私が悪かったの」
しかし四条先輩は、あくまで自分に責任があるような言い方をする。
「経緯はどうあれ、一度別れたんですよね? だったら、どうして今更元カノだと言って先輩に近づいてきたんですか?」
俺たちのやり取りを聞いていた伊万里が、ふと疑問を口にした。
いい質問だ伊万里。
なんだか少し疑うような言い方なのはどうかと思うけど、俺も気になっていた。
「そんなの決まっているわ。私と鏑木くんの関係を、やり直したいと思ったからよ」
高校に入ってからほぼ接点のなかった元カノ、四条陽菜乃が、予想外のことを口にした。
◇◇◇
というわけで次回からはお嬢様生徒会長・四条四条陽菜乃の個別パートを描いていきます。
『祖父の遺言がきっかけでモテ始めたら元カノの生徒会長が「やり直したい」と言ってきた』がテーマです。
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