第10話 「王子様」は恋の宣戦布告をする。
ここは確か、凪の父親が運営している道場だったはず。
都心の真ん中にいたのだから、てっきり他の服屋とか遊べるような場所に行くのかと思っていたけど、予想外の場所だった。
「土曜日なのに誰もいないのか? 普段は剣道教室をやってるって聞いた覚えがあるけど」
「うん。最近お父さんが怪我したから、しばらくお休みなんだ」
凪は帽子を取って、神棚に向かって一礼してから、道場に足を踏み入れた。
どうやら何か礼儀作法があるらしい。
「……それは大変だな」
俺は見様見真似で頭を下げてから、凪の後に続いた。
「でも大丈夫。来月には復帰予定だからね」
「それは何よりだけど……じゃあこの道場は最近使われてないのか?」
「たまに僕が稽古に使うくらいかな」
その割には、足元の床はよく磨かれていて、塵一つない。
きっと、凪が定期的に掃除しているんだろうな。
この道場は、凪にとって大切な場所なんだろう。
「それで、どうしてここに来たんだ?」
「僕が一番僕らしさを表現できる場所と言えば、ここだからね」
「なるほど……?」
「
「知るって、どうやって」
「僕と試合稽古をしよう」
試合稽古。
要するに、凪と剣道で勝負しろってことか……って、いやいや。
「俺は素人だぞ? 凪が勝つに決まってるだろ」
「そんなの、やってみないと分からないよ。もしかしたら悠真が勝つかも」
「そうは思わないけどな」
凪はインターハイでも実績のある、高校生女子でトップクラスの実力者だ。
一方の俺は剣道なんて体育の授業で少し齧っただけの、運動音痴。
男女と言っても凪と俺とじゃ体格差もほぼないし、勝てる要素が思い浮かばない。
「そう固くならずに、軽くレクリエーションをすると思ってさ。付き合ってよ?」
凪はどこか楽しそうに、そんなことを言ってくる。
「さっき『僕らしさを表現』とか言っていたけど、何か関係あるのか?」
「さすが悠真、察しがいいね。大体合っているよ」
なるほど。
剣で語り合う……みたいなことがやりたいのか?
勝負が目的じゃないなら、別に断る理由もないか。
「分かった。軽く一回やるくらいなら」
凪がこんな調子で頼み込んでくることは、あまりないし。
◇◇◇
そんなわけで、俺は胴着と防具を借りて着替えた。
「我ながら似合わないな……」
一番サイズ感が合っているものを選んだけど、やはり服に着られている感じが否めない。
向かい側に立つ凪も着替えていたが、俺とは違って自然体に着こなしている。
「あ、そうだ。この勝負、負けた方が勝った方のお願いを聞くって条件付きだからね」
凪が当たり前のようにそう言った。
「後出しでそれはズルいだろ」
「でも、悠真はもう勝負を受けてしまったからね。今更断るのは無しだよ?」
「随分と一方的で不利な条件だな」
「条件を確認しなかった悠真が悪い……ということで」
凪はどうやら、やめるつもりはないらしい。
やけに強引な気がするけど、無理なお願いをされたら断ればいいか。
何より、凪の目的は勝負をすること自体にある……ような気がする。
「……やるか」
俺は定位置につき、凪と正面から向き合った。
剣道の作法に従って、礼をして
「じゃあ、はじめ」
凪の一言で、試合が始まった。
……が、凪は竹刀を構えたまま、微動だにしない。
どういうつもりなんだ。
俺の方から仕掛ける……のは無理だ。
凪の立ち姿に、隙があるようには見えない。
そう思いながら、俺は面の隙間から凪の表情を窺う。
何を考えているかは読み取れないけど……凛々しい。
そして、綺麗だと思った。
凪は集中し切った顔つきで、真っ直ぐに俺を見据えている。
対峙する中でふと、今日の出来事が俺の頭をよぎった。
……凪の好きな人って多分、俺のことだろうな。
今まで俺は、凪のことをそういう対象として見たことがなかった。
じゃあ、凪の気持ちを察した今、俺はどう思うのか。
やはり、分からない。
今の俺には、先に答えを出すべきことがある。
俺が脳内で結論に達した瞬間、凪の口元が緩んだように見えた。
と思ったら、視界に捉えきれない速さで凪の竹刀が動き、掛け声に合わせて俺の面が叩かれた。
動いてしまえば、勝負は一瞬だった。
でも、勝ち負け以外に、得られたものがあった気がする。
「僕の勝ちだね」
試合後の礼法を一通り行い、最後に礼をした後。
凪は面を取って得意げな顔を覗かせた。
「何の驚きもない結果だったな」
防具を外しながら俺は苦笑する。
「さて。僕が勝ったから、悠真にはお願いを聞いてもらおうかな」
そう言えばそんな決まりだった。
「それで、絶対勝てる勝負を挑んでまで俺に聞いてほしかったお願いって?」
「ただ、少し聞いてもらいたい話があるだけさ」
「なんだ、それだけか」
話程度なら、願い事をされなくても聞くんだけど。
やはり竹刀を構えて向き合うこと自体が凪の目的だったのかもしれない。
「まず、恋愛相談なんだけど……あれは半分嘘なんだ」
凪はそう言って、種明かしを始めた。
「半分って?」
「好きな人がいるのは事実。だけど悠真にしていたのは相談じゃない。相談のフリをして、直接情報収集をしていたんだ」
直接、か。
「まあ、途中からそんな予感はしてたよ」
「え? あ、そうなんだ」
「振り返ってみると、思わせぶりな言い回しが多かったし」
「う……意識的にやっていたつもりだけど、改めて指摘されると何だか恥ずかしくなってきたな」
照れ臭そうに視線を泳がせていた凪だったが、やがて目を閉じた。
一つ、深呼吸をする。
気持ちを落ち着かせた様子で目を開けて、また俺を見た。
「さて、ここからが本題だ」
「ああ」
言われて俺も、身構える。
「もしかしたら察しているかもしれないけど、僕は悠真のことが好きだ」
確かに、察してはいた。
だがこうして直接言われてみると……答えに窮した。
今までずっと、親友としか思っていなかった女の子からの告白。
俺はどう、受け止めるべきなんだろう。
「ちなみに、悠真のおじいさんのゲームのことは把握しているよ。悠真がただ遺産のためにゲームに参加しているわけじゃないことも、なんとなく分かる」
凪は俺の答えを待たずに、言葉を続ける。
「でも僕は、細かい事情は関係なく悠真のことが好きだから、付き合ってほしい。だから僕を選んでほしい。もし遺産のことが気になるなら、別にいらないから悠真にあげるよ」
最後は冗談めかして、凪は笑った。
そんな凪を見ていたら、俺も自分の気持ちが見えてきた。
「そこまで想ってくれるのは、素直に嬉しい。だけど今の俺は、他の誰かと付き合うとか、そういうことを考えられる状況じゃない」
本物の『約束の相手』と再会して、自分の気持ちを確かめるまでは、前に進めない。
それが、俺の現状だ。
「……悠真ならそう言うと思ったよ。むしろここで簡単に僕に靡いていたら、ガッカリしていたかもね」
凪の口調は、思いの外軽い。
しかし事情はどうあれ、俺は凪の好意に応えなかった。
だからって謝るのも変だけど、こんな時どんな言葉をかけたらいいんだろう。
「あー、なんて言ったらいいか……」
「悠真が『今は考えられない』って言うならさ。考えられるようになるまで待つよ、僕」
「え?」
凪は俺が予想していなかったことを言い出した。
「もちろん待つだけじゃなくて、悠真に振り向いてもらえるように、これからはどんどんアプローチしていくつもりだよ」
「俺は……凪の告白を断ったのに?」
「うん。僕だって、ただ振られるために気持ちを伝えたわけじゃないからね。言ってみれば、今日のは僕の宣戦布告さ。君の親友であり、君に恋する女の子としてね」
そう言う凪は、清々しい表情を浮かべていた。
これは終わりではなく始まりだと、告げているような顔だった。
◇◇◇
週明け、月曜日。
始業前の教室にて。
「なあ悠真、文芸部は文化祭で何かやるのか?」
「いや、今のところは何も考えてない」
俺が自分の席で親友の
「やあ、おはよう」
後ろから軽く肩を叩きながら、朝練を終えて教室に来たばかりと思われる凪が挨拶してきた。
「あー……おはよう」
凪に告白されたのは、まだ一昨日のことだ。
どういう距離感で接するべきか迷っていると、凪は隣の椅子に座った……だけに留まらなかった。
椅子を掴んで引っ張って、俺の方にグッと近づいてくる。
「二人は何の話をしていたんだい?」
肩が触れ合いそうな距離感で、話し始めた。
……いや、近すぎるだろ。
俺は椅子を動かして距離を取ろうとしたが、凪はその分近づいてきた。
「お前ら、何かあった?」
壮志が、俺と凪の様子を訝しげに見ていた。
「いや、何かあったと言えばあったし、なかったと言えば――」
「僕、告白したんだ」
曖昧な言葉を口にしていた俺をよそに、凪はあっさりと言った。
「告白? 誰が誰に、何を」
「僕が悠真に『好きだ』って言ったのさ」
凪は校内の生徒たちが想像するかっこいい「王子様」の姿とはかけ離れた、かわいらしい照れ笑いを見せた。
そんな言動を、クラスの誰かが見ていたんだろう。
「王子様」として校内の女子の憧れの存在である雹堂凪が、クラスメイトの男子に恋をしたという噂が広まるのは、あっという間だった。
◇◇◇◇◇
というわけで凪編は「宣戦布告エンド」という形で一区切りです。
次回は悠真視点の話を1話挟んだ後、別のヒロインの個別ルートに入っていきます!
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