第9話 後輩から慕われる「王子様」女子の親友は、俺の前だと恋する女の子にしか見えない。

 なぎが昼休みに恋愛相談をしてきた翌日。

 俺は凪の服選びを手伝うために、東京の中でも有数の繁華街に来ていた。

 繁華街と言っても、俺みたいなファッションに疎い人間でも抵抗なく行けるような場所だ。

 東京にはもっとお洒落な街がいくつもあると思うけど敷居が高いし、ここの方が学校や家から近くてよく来るので気楽だ。


 俺は駅から通りに出て、凪を探す。

 東口を出てすぐの場所にいるとラインで言っていたからすぐに見つかるはずだ。

 凪は身長が170cm以上ある高身長女子だから、比較的探しやすい。


「あ、いた……けど」


 すぐに凪を見つけたが、女の子二人組に囲まれていた。


「凪先輩、こんなところでどうしたんですか?」

「誰かと待ち合わせですか?」


 どうやら同じ高校の一年生のようだ。


「うん、そんなところかな」


 凪が優しい表情でうなずくと、女の子が目を輝かせた。


「もしかして、彼氏とか!?」

「いや、彼女かも?」


 女の子たちは何か色々と想像して盛り上がっていたが、残念ながら待ち合わせの相手は俺だ。


「悪い凪、待たせたな」

「僕もさっき来たばかりだから。それにこの子たちと話せたおかげで、待ち時間も一瞬に感じたよ」


 凪がそう言うと、女の子たちから黄色い声があがった。

 こういう言動が「王子様」と呼ばれる理由だろうな。


「でも、相手はいつも凪先輩と一緒にいる人かー……そんなに意外じゃなかった」

「えー、案外デートかもしれないでしょ」 


 女の子たちは、現れた相手が俺だったことで心なしかガッカリしていたが、それでも何やら想像を働かせようとしている。

 ……期待に応えられなくて悪かったな。


「デートに見える……かな?」


 凪はなぜか女の子たちにそんな質問をしていた。


「それはー……凪先輩はかっこいいだけじゃなくて美人ですから、男の人と一緒にいたら勘ぐっちゃいますよ」

「でも本当にデートだったら落ち込むかも……」


 女の子たちは憧れの「王子様」と会話できている、というだけでどこかテンションが高い様子だ。

 それにしても「かっこいいだけじゃなくて美人」か。

 確かにその通りかもしれない。

 学校では指定のセーラー服を着ている凪だが、今日はいかにもボーイッシュな格好をしている。

 頭にキャップを被っており、無地のシャツにジーンズ、足元にはスニーカーといった装いだ。

 正直、これはこれでボーイッシュ美女って感じで似合っていると思う。

 けど、本人はイメチェンしたいらしい。

 俺は不思議に思いながら、凪を見る。


悠真ゆうまは親友だから、今日はデートはじゃないんだ。残念ながらね」

「なんだ、やっぱりそうですよね!」

「え、でも残念ってどういう意味です……?」

「さあ? 悠真はどういう意味だと思う?」


 女の子の疑問に対する回答を、なぜか凪は俺に要求してきた。


「どういう意味って……」


 やっぱり好きな相手と来たかった……とか?

 でも今日の服選びはそのための前段階みたいなものだし、残念と言うには少し違うか。

 俺は少し考えてみたけど、答えが思いつかなかった。


「……どういう意味だ?」

「はは、やっぱり悠真はそんな感じだよね」


 凪に笑われた。 


「なんだか、腑に落ちないんだけど」

「悠真には、分かるまで教えてあげないよ」

「なんだそれ」

「さあ、そろそろ行こうか。じゃあ二人とも、また週明けに学校で会おうね」


 凪は俺の問いに答えることなく、女の子たちに軽く手を振って歩き始めた。


◇◇◇


 俺と凪は駅前にあるショッピングモール内の服屋にやってきた。

 かわいい系の服がかなり手ごろな価格で買えるブランドの店らしい。

 当然俺は、そんな店に入るのは初めてだ。

 それはどうやら、凪も同じらしい。

 

「なんだか緊張するなあ……」


 凪はどこか遠慮がちに、店内を見回していた。

 

「それで、どんな服を買うのか決まってるのか?」

「そうだな……僕は制服以外だとジーンズとかのズボンばかり履いているから、ワンピースとかを着たら女の子らしくなるかな?」

「割と定番だと思うぞ、多分」

「やっぱりそうだよね! じゃあ選んでみる」


 凪はそう言って、服を選び始めた。




「難しいな……」


 凪は色々な服を手に取って、鏡の前で自身の体に合わせたりしていたが、しっくりきていない様子だった。

 一人で悩ましげな声を漏らしたかと思ったら、時々助けを求めるように俺の方を見てくる。 


「悠真はどれがいいと思う?」

「そう言われてもな。俺なんて異性の服どころか、自分の服にすら大して関心がないんだぞ」

「僕だって悠真にセンスがあるとは思っていないさ」


 凪はしれっとそんなことを言ってきた。


「じゃあなんで俺を連れてきたんだ」

「ただ、悠真の好みが知りたいんだ」

「俺の好み……?」

「あ、えっと。男の子視点の直感的な意見が聞きたかった……みたいな?」


 凪の答えは、どこか取り繕っているようにも聞こえる。


「よく分からないけど、一旦試着してみたらどうだ?」

「……悠真は、かわいい服を着ている僕のこと、見てみたい?」


 凪が何かを期待するような眼差しを、俺に向けてきたのを感じた。

 じっと、凪に見つめられる。

 俺は思わず、目を逸らした。


「あー……いずれにせよ、着てみないことには結論が出ないだろ」

「うん、それもそうだね」 


 凪はそう言って、小さく笑い声を漏らした。




 試着室の前でしばらく待っていたら、凪が出てきた。


「飾ってあったマネキンを参考に、キャミワンピ……ってやつとシャツを合わせてみたんだけど、どうかな?」


 どこか自信なさげに、凪は俺に意見を求めてくる。

 凪の女の子っぽい私服姿を見るのは初めてだけど……。 


「アリだな」

「そ、そうかな!?」


 凪はほとんど飛びついてくるような勢いで、近寄ってきた。

 おかげで俺と凪の間にはほとんど距離がない。

 急に近すぎる……テンションが上がって、細かいことが見えなくなっているのか?

 とにかく、この近さだと俺の方が妙な気分になってしまいそうだ……って、凪は親友だろ。

 俺はなるべく意識しないよう心がけながら、改めて凪を見た。


「……凪は身長が高くてスタイルがいいから、何を着ても似合うのかもな」

「ほ、褒めすぎじゃないかい……? 悠真もお世辞なんて言うんだね」


 凪はそう言いつつも、満更でもなさそうだ。


「お察しの通り、俺はお世辞なんて言わない」

「へへ、それもそうか。じゃあ悠真は本気で褒めてくれているんだね」

「ああ、だからもう少し離れてくれるか?」

「え? わっ……!? な、なんで悠真がこんなに近くにいるのさ」


 凪は俺との距離感をようやく自覚したらしい。

 困惑のあまり、相変わらず距離は取らないまま、よく分からないことを言い出した。 


「なんでって、凪の方から近づいてきたんだろ」

「あ、そうか……そう、だった」


 凪は状況を理解すると同時に、顔を赤くした。

 誰だこれ。

 本当に凪か?

 日頃の「王子様」ぶりが、見る影もない。

 これじゃあまるで、ただの恋する女の子だ。

 いや、実際に凪は恋しているんだったな。 

 ふと、こんな顔をする凪の前にいるのは誰か、改めて考える。

 今、目の前に立っているのは……って、いやいや。

 まさかそんなはずはない。

 俺は頭に浮かんだ考えを振り払って、一歩後ろに下がった。 


「とにかく、こういう服もいつもと違う魅力があっていい……と思う」

「悠真がそこまで褒めてくれるなら嬉しいけど……」


 凪は何か気になることがあるようだ。


「どうした? やっぱり凪の好きな相手は、そういう格好は好きじゃないとか?」

「いや、かなり好感触かもしれない」

「……? だったら何が問題なんだ」

「やっぱり、僕としてはいつもの格好の方が馴染む……って言ったらいいのかな」


 どうやら、女の子らしい格好を試してみたはいいが、しっくり来ていないらしい。

 個人的にはどちらもアリだと思うけど、凪自身は普段のボーイッシュな格好の方が好みのようだ。


「まあ難しいよな。相手の好みに合わせるのも、自分らしさを押し出そうとするのも。どっちがいいのかは正直、やってみないと分からない」


 これは俺の、小説家としての経験から得た意見だった。

 読者の好みに合わせるか、作者のエゴをどれだけ出すか。

 どちらが最善なのか俺はいつも悩んできたし、最近はよく分からなくなった結果、スランプに陥ってしまった。


「悠真もそんな風に思うことがあるんだね?」

「俺だって悩んだりはする」 

「そうなんだ、悠真が同じような悩みを持っていて嬉しいかも」

「俺が悩んでいたら嬉しいって、おい」

「あ、そうじゃなくて。共感してくれて嬉しいってことさ」


 凪はそう言って、笑顔を見せた。

 しかしその笑顔は、いつものイケメンスマイルとは少し感じが違う。

 あれ、凪ってこんなにかわいかったっけ……って、さっきからどうしたんだ俺は。

 凪の様子がいつもと違うから、俺の方まで平静じゃなくなっているのか?


「それで、結局その服はどうする?」

「迷うところだけど……よし、決めたよ。着替えてくるね」


 凪はそう言って、試着室に戻った。




「女の子らしい服も悪くなかったけど……やっぱり僕は、こっちの方が性に合ってるかな」


 凪は元々着ていた、ボーイッシュな服装に戻ってそう言った。

 確かにこの格好の凪の方が、自信に満ちた表情をしている。

 

「凪が満足そうで何よりだ」 


 どちらも似合っているけど、明るくなれる姿の方がいいと思う。


「へへ。じゃあレジの方に行ってくるね」


 凪は先程まで試着していた服を手に持っている。


「結局買うのか?」

「うん、せっかく悠真に褒めてもらったから。これはこれで、大事にしたいと思う」

「凪の好きな人は、どっちも気に入ってくれそうってことか?」

「うーん、どう思う?」


 凪はじっと俺を見てきた。


「俺が分かる話じゃない……だろ?」

「悠真にしか分からないと思うよ」


 なんだか、引っかかる口ぶりだ。


「ずっと気になっていたんだけど、その言い方だとまるで――」 

「ねえ悠真。この後行きたい場所があるんだけど、いいかな?」


 俺が言い終わる前に、凪は尋ねてきた。



◇◇◇


そろそろ悠真が凪の想いに気付き始めました。

次回はその辺りについて、もっと直接的に触れていく回になるのでお楽しみに!

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