第8話 凪の想い 2
例えば、休み時間に自販機で買った飲み物を飲んでいる時。
「桃の天然水って、今まで飲んだことなかったけど意外と美味いな」
「そうだろう? 悠真は日頃からお勧めしていた僕に感謝するべきだよ」
「妙に恩着せがましいなあ」
「ってことで、感謝を込めて一口分けて……」
僕はそこまで言いかけて、止めた。
今更だけど、気づいたからだ。
悠真の飲み物をもらったり、僕の飲み物をあげたり。
ついこの前まで、飲み回しなんて深く考えずにやっていたけど。
これって、間接キスってやつだ。
そう思うと、途端に照れ臭くなってきた。
「……やっぱりいい」
僕はその気持ちが表情から気取られないように、悠真に背中を向けた。
別の時。
ある日の朝。
教室で
「
不意に背後から聞こえてきた声。
その主が好きな人だと認識して、少し身構えた瞬間に、後ろから肩を叩かれた。
「ひゃっ!?」
思わず変な声が出て、身体が小さく跳ねた。
直前まで話していた茅夜が、驚いた様子で目を丸くしていた。
だけど一番驚いたのは僕自身だ。
今までだったら、悠真に肩を叩かれるくらい、日常的なコミュニケーションの一環だったのに。
むしろ僕の方から悠真に軽くスキンシップを取ることの方が多いくらいだったのに。
相手が好きな人だと思ったら、どこか変な気分になってしまう。
「悪い、驚かせたか?」
悠真がそう言って、隣から僕の顔色を窺おうとしてきた。
僕は悠真に顔を見られないよう、体の向きを変えて、答えた。
「まったく、心臓に悪いじゃないか」
鼓動が高鳴って、本当に心臓に悪い。
でもやっぱり、嫌じゃない。
そんな気持ちが悠真にバレてしまうことを、この時の僕は怖いと思った。
そして僕は、それ以来悠真に対して不用意なボディタッチをしなくなった。
悠真もそんな僕の変化を察したのか、いつからかあまり僕に触れてこなくなった。
僕は少しだけ寂しかったけど、同時に嬉しくもあった。
悠真は態度に出さない癖に、さりげなく気遣いができて優しいのがずるいと思う。
僕はそうして、悠真への気持ちを自覚しながら、隠し続けた。
親友としての距離感を、崩したくないと思ったから。
不用意に踏み込んで、今の関係を失ってしまうのは怖い。
だけど二年生になって、僕たちの距離感には少し変化があった。
悠真と一緒に過ごす時間が、以前より減った。
全国制覇を目指すため、僕が剣道の練習時間を以前より増やしたのが理由の一つだ。
けど、一番の理由は文芸部に新しい後輩が入ったから。
悠真に対しては妙に当たりが強いけど、なんだかんだで部室に入り浸っているし、懐いているように見える。
聞けば、悠真の家で家政婦のバイトをして、お祖父さんの面倒を見ているらしい。
学校を出てから向かう場所が同じだから、ほぼ毎日一緒に下校しているとか。
文芸部の部室で過ごし、一緒に下校しながら買い物をして、夕飯は悠真の家で作って食べる。
悠真と伊万里さんの放課後は、大体そんな感じらしい。
それってまるで、恋人どころか夫婦みたいだ。
僕はそう思ったけど、今のところ二人にそんな気配はない。
だから、悠真と一緒に過ごせる伊万里さんを羨ましいとは思いながらも、安心していた。
悠真のお祖父さんの遺言によって始まった、ゲームのことを聞くまでは。
そのゲームでは、本物の許嫁である『約束の相手』と偽物の女の子が、悠真に言い寄ったりするらしい。
あの悠真にそんなロマンチックな相手がいたなんて、正直驚いた。
話を聞いた瞬間は半信半疑だったけど、人気アイドルの
正直、強大すぎるライバルだと思う。
このまま何もしないと、鈴白さんや四条先輩のような、他の女の子に取られてしまうかもしれない。
他の誰かが悠真と恋人になったり、結婚する。
想像したら、胸が痛くなった。
同時に僕は思った。
親友としての関係を失うのは怖いけど、このまま何もしなかったら後悔する。
だけど、今更悠真に気持ちを伝えるなんて……好きだと言うなんて。
は、恥ずかしすぎる……。
いきなりは、さすがに勇気が出ない。
そこで僕は、妙案を思いついた。
悠真の方から僕の気持ちに気づいてもらうという、逆転の発想だ。
そのための行動を起こそう。
でも具体的にどうしたら……あ、そうだ。
本人に直接恋愛相談して、僕の好きな人が悠真であることをさりげなく匂わせてみようかな。
恋愛相談を建前に、一緒に出かけたりできるかもしれないし……。
そう考えたら、楽しみになってきた。
頑張ろう、僕。
◇◇◇
というわけで、恋愛相談に至るまでの経緯を凪視点で描いてみました。
次回からは主人公・悠真の視点に戻ります。
服選びの名目で休日に二人で出かけるお話です。
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