第9話 宿にて



『全くあのジジイ! 何が心臓を壊せだ!』


 そう世界樹から追い出された二人は、世界樹近くの街の宿を取って作戦会議をする。

 肩に乗せられるほど小さく縮み、シングルベッドに陣取ったファフニールが、自分の不機嫌さを表すようにベッドを尾で叩く。

「なぁ、ファフニール。竜の心臓って、壊せるのか?」

 シグは、部屋に備え付けられた椅子に座ってまるで、壊せることが当たり前のように怒るファフニールに、シグは疑問を投げかける。

『そうだ、まぁ壊される方が珍しいがな』

『竜同士の領域の縄張り争いでさえ、心臓を破壊するなどよっぽど恨まれなければしない』

 そう言ってファフニールは、何かを思い出すようにシグに語る。


『たとえ、、記憶を抱く心臓を破壊されたその竜は、死んだも同然だからだ』


「え?」


『なんだ?』

 ファフニールの言葉に驚いて止めたシグに、ファフニールが聞き返す。


「竜って心臓二個あるのか?」


 驚いた顔のシグを、ファフニールは訝しげにみた後、納得したようにこう答える。

『あるぞ? ああ、そう言えば人間は、心臓を二つ持たぬのか』

 そう言ってシグの心臓をじっと見つめた。

『シグルズとか言うのが奪った心臓は、竜脈と繋がり、記憶を抱く心臓で』

『もう一つはその繋がりから魔力を汲み、己が竜たる肉体を動かす心臓だ』

 そう言ってファフニールが、二つの心臓を模した光を生み出した。

「流される、とは違うのか?」

 そう天征竜の言っていたことを思い出すようにシグが言う。

『あれは、記憶を抱いたまま新たな己として生まれ変わるものだ』

 二つの光が胸に宿った竜が、溶けその光がまた竜の形を成す。

『しかし、心臓を破壊され死んだ竜は、新たな己として蘇ることはない』

 そう言うと光が一つ消え、そして竜もまただんだんと姿が溶けて消え、姿

『次代の竜の礎として竜脈に溶けて消えるのだぞ!』

 そう話しているうちにファフニールの語気がだんだんと荒くなる。


『そんなもの死んだと変わらぬではないか!』


 そう怒りを顕にするファフニールに、シグは森緑竜にあんな暴言を吐いても死なせたくないのだ、と悟ると。

「先に別の竜のところに行くのはどうだ? 何か森緑竜のこと知ってるかもしれないし」

 このままでは埒が開かないと、森緑竜ではない竜の所にいく提案をする。

『むぅ……確かに、あのジジイは世界樹から動かないしな』

「ファフニールの言う古い竜に知ってるやつはいないのか?」

『……心当たりは、ある』


海紺竜かいこんりゅうと……炎王竜だ』


 と最後に小さく呟くようにもう一匹の竜の名前を呼ぶ。

『森緑竜が、古い付き合いだと言っていた』

「じゃあ、森緑竜の話でもでたそのエンオウ――『海紺竜のところに行く』」

 そうシグの言葉をファフニールが被せるように言う。

「……わかった。それじゃあ、どこにいるんだその海紺竜は」

『南の海があやつの領域だ。普段は、竜人の姿をしておる』

「竜人って昔話に出てくるあの?」

 そうシグは、幼い頃に聞いた森の奥地に住む竜の力を受けた人型の竜を思い出す。

『竜たる我らの姿を、眷属である竜人に変えるなど、愚かだと思うがな……』

 ファフニールは、興味がなさそうに背を伸ばした。

「それじゃあ、明日だなその港に向かうのは」

『うむ、では共をせい。水浴びをするぞ!』

 そう言ってベッドからおり、浴槽に向かうファフニールに、シグは慌てて追いかけた。



「お前、炎の竜なのに湯船に浸かって大丈夫なのか?」

 炎の魔法がかけられた蛇口からでたお湯に浸かるシグは、桶に貯めたお湯に浸かるファフニールに問いかける。

『ふん、この程度の冷水へでもない』

 桶にすっぽりとはまるようにくつろぐファフニールを見たシグがいう。

「お前からしたら、これも水か……って一緒に浸からないのか?」

『……我はこれでいい』

「……もしかして怖いのか?」

 そう訝しげに見るシグにファフニールは、背を伸ばして否定した。

『そんな訳なかろう!』

「へぇ、まあ。ファフニールがそれでいいなら、いいんだ」

『別に、元の大きさになればその程度の深さ、なんてことないぞ』

「お前、今小さいから怖いって言ってるようなものだぞ」

『ぐ……』

 図星をつかれ、言葉の出ないファフニールにシグは、こう提案した。

「俺がお前を持ってるからさ、入らないか?」


『絶対に離すなよ!?』

「大丈夫だって」

 そう小さな姿から、大型犬ほどに大きくなったファフニールは、シグに後ろから支えられ、バスタブに浸かる。

『み、見たか、我でも平気なんだからな!』

『おい、シグ? 聞いておるのか』

 少し虚勢を張った声に、何も反応がないファフニールが、シグへと呼びかける。

「うん、なんか。よく考えたら、俺初めて俺以外と風呂に入ったな」

 一人が当たり前だったシグに、ファフニールは自慢するように鼻を鳴らしたあと。

『ふふん、我は……まぁ、きょうだいと共に入ったこともある』

「お前きょうだいいたのか?」

『まぁ、我よりも早く産まれた竜がいてな。騙されやすく、炎王竜あのクソ親父の言う事ばかり聞く』

「へぇ、そういえば家族いるんだったな」

 ファフニールの古からの知り合いである、森緑竜しんえんりゅうが言っていた言葉をシグは、思い出す。

『ふん、まあな』


「生きてるなら、仲直りできればいいな」


 そんなシグの言葉に、ファフニールは何も答えず。

 彼らの夜はふけていった。

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