第8話 門前払い
「なぁ、これどこに向かっているんだ?」
黄昏の空を飛ぶファフニールにシグは、目的地を尋ねる。
「世界樹だ。あの竜は、世界樹の根元で引き篭っているからな。分かりやすい」
そう目の前に見える巨大な大木を見て、シグは天征竜のような老いた竜を想像する。
「古き竜どもは、領域を多く持つ。それ故に奴らの魔力を追っても、巨大すぎて詳しい位置が我にもわからんのだ」
「天征竜のようにあちら側から仕掛けてくれば早いのだがな、全く……」
そうファフニールは、面倒くさそうにぼやく。
「ゴホン。なので、世界樹に引きこもっておる
「年輪だけ重ねたジジイだが……まぁ、なんとかなるであろう!」
「我に任せておくがいい、シグ!」
「――要らん。出ていけ」
そう言ったのは、木製の椅子に腰掛けた、緑を基調とした仕立てのいい服を着た褐色肌の竜人だった。
そして古めかしい背表紙の本から視線を一瞬たりとも外さず、読んでいる本のページを捲る。
世界樹につき、ファフニールがいる事を告げるとその大樹の根が動き、森緑竜の元へ辿り着いた一人と一匹だったが、その男――森緑竜は、自身の心臓を不要だと言い切った。
「この偏屈ジジイ!!」
世界樹に付くまでは、自信ありげだったファフニールが、吠えるように本を読む男を罵倒する。
「お前が、
その言葉に反応してか、長い時間を生きた老人のような深緑の目を、やっとファフニールに向ける。
「それとこれとは話が違うであろう!」
その幼いファフニールの話を聞くに、それだけ幼い頃から交流があったのだとシグは、推測した。
「要らないってどういうことなんだ?」
そう火でも吹きそうなファフニールを下げるように、シグはファフニールの前に出て森緑竜に問いかける。
「……」
その様子にシグに目を向けると。
「……聞いた通りの意味だ」
「そんなに返すと宣うのなら、その名で縛って返しでもしたらどうだ?」
そう口を開いた森緑竜の表情は、シグがかつて村でよく見た嫌悪を表していた。
「シグルズの血を引くのなら、その魔道具がワシの名もお前に与えるだろう」
シグは、光で見た記憶を思い出し、森緑竜が言う通りのことができるのだろうと気づく。
「俺は、あなたたちを従える気は無いし、無理に返すのも違うと思う」
しかしその拒絶にシグは、怯まず森緑竜に自分の意思を伝えた。
「だから、なぜ必要ないって言うのか教えてくれないか?」
シグの黄金の様な意思を持つ瞳が、森緑竜の深緑のどこか疲れているような目を見つめる。
「……言っているだろう」
その瞳が揺れると森緑竜は、開いていた本に栞を挟み、近くに置いてあったテーブルに置く。
「ワシにはその心臓が、その記憶が、もう必要ないのだ」
そう
「ワシを従える気がないのなら、そこの倅にでも壊させろ」
「我がきょうだいであった天征竜を鎮めた分の礼は、これでしまいだ」
「帰るがいい」
そう森緑竜が、手をかざすとひとりでにシグとファフニールのいた床が動き出す。
「〜〜覚えておれよ! 次は、燃やしてやる!!」
「また来るから!」
そう捨て台詞のようなものを叫ぶ一人と一匹に森緑竜は、一瞥し再び本を手に取った。
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