第6話 竜の心臓


「目覚めたかシグ!」


 シグが目が目を開けると心配そうにファフニールがシグの顔を覗き込んでいた。


「うわぁ!?」


 至近距離で見るファフニールに驚き、飛び上がったシグの頭が、ファフニールのマズルにぶつかった。


「ガッ!? シグ貴様何をするか!!」

「痛ッ!? ってごめん、お前近かったから」

 そう謝ったシグは、自分の周りをキョロキョロと見回した。

「オピネウスは……」

 と光の中で見た記憶の天征竜の名を呼ぶシグ。


「――不遜にも我が名を呼ぶか」

「まだ生きておったか」


 そう背後から聞こえる天征竜の声に、火の粉を散らしてファフニールが睨みつける。


 その視線の先には、荒れ狂う暴風のようだった天征竜が、ゆっくりとシグとファフニールの前に降り立った。

 ボロボロだが、それでも光の中で聞いたような気品のある声に、先ほどよりも理性的な、翡翠の色の眼差しでシグとファフニールを見つめる。

「そうおいそれと敵意を向けるでない、若き幼年の竜よ」

 そう自身に唸るファフニールに、オピオネウスは、警戒を解けと言うが。

「我はもう幼竜ではない!」

 幼いと例えられたファフニールが、その発言に噛み付く。

「五百年如きがそう吠えるな。そういう所が幼いのだ」

 だが天征竜にあしらわれ、敵意を剥き出したまま、低く唸るだけでファフニールは、黙り込んだ。


 その様子を見て、シグは天征竜に話しかける。

「お前の記憶を見たんだ、海の中で角の生えた女の人がいた」

 そう伝えると天征竜は、その瞳を細めてこう言った。

「あれこそが、最古の竜にして我が番。海汪竜かいおうりゅうエウリュノメーとの最期の記憶だ」

「指輪に封じられてたのは、心臓じゃなくて記憶だったのか……?」

「ある意味正しい解釈だ」

 そう呟いたシグにオピオネウスは、竜の心臓がなんたらかを話し始める。

「竜の心臓とは、その竜が抱く最上の記憶。我ら竜脈の写し身にして、土地の記憶を抱く我らを形作るもの」


「――至上の存在たる竜が抱える唯一の弱みだ」


「そして、その心臓を我ら竜から抉り取り、作り上げた魔道具こそが――その指輪〝シグルズの指輪〟だ」


 そう言ったオピオネウスの言葉を聞き、シグは己の持つ指輪を見つめた。


「かつてあの忌々しい血族に敗れ、竜脈を無くした俺は、竜殺しに心臓を奪われ、弱ったままこの地に縛られていた」


「だが貴様は、愚かにも俺に心臓を還した故に、この地に止まる理由もなくなった」


「どういうことだよ」


「俺は、番の後を去くのだ。竜とは、土地に流れ、土地から流されるが故に」


「竜殺しの血を引く者よ。名は?」


「シグだけど、竜殺しの血を引くって……?」

「その指輪の封を解くなど、あの竜殺しの血族以外にできぬだろう」

 そう言った天征竜は、シグの黄金のような目を見てそう答える。


「貴様の源流が、かつて俺含め竜から心臓を奪った。それを一つ、愚かにも還したその血を継ぐ者――シグよ」


「その魔道具。奪われし竜どもが見つけ次第、奪い合うが定めよ」


「それを承知でその指輪を持つと宣うか?」


 そして天征竜は、その覚悟を問うように、翡翠の目でシグを射抜いた。

「俺は、この指輪に封じられた心臓を全部返したい」


「最初は、竜を呼ぶ体質を治したいだけだったけど……」


「お前の記憶を見て思ったんだ。他の竜の心臓も、きっとその竜の大事なものなんだ」


「だから、返してやりたいんだ」


 そう宣言した言葉を違うようにシグは、指輪を握りしめる。


「そして幼年の竜。お前もシグと共にあると言うのだな?」


「説教は聞かんぞ、ジジイめ」

 シグの決意を聞き、次にファフニールの方へ語りかけるとファフニールは、拗ねたように顔を逸らす。


「勘違いするな! この火竜ファフニール様が、指輪を貰う契約の元のだ!」


 そうオピオネウスの言葉を言い換えるファフニール。


「ふははは! なるほど、そう言うことだったか」


 その名を聞いたオピオネウスは、ファフニールをよく見てから、納得がいったように大笑した。


「いいだろう、その不遜なるお前たちの宣言、天征竜オピオネウスが聞き届けた」

「天征竜と亡き海汪竜が、お前たちの旅路を言祝ごう」


 そうシグたちを言祝いだオピオネウスの体が、だんだんと薄く尾の先から消えていく。

「オピオネウス! 体が……!」

 そう慌てて天征竜に駆け寄るシグに、ファフニールは静かにこういった。

「竜脈と繋がる領域を持たぬ竜が、あれだけ魔力を使えばそうもなるだろう」


「良いか、シグ」

 だんだんと消えていく天征竜が、シグに子を見つめるように目を細める。

「我ら竜は、その土地を追われ、流れ去るものではない」

「その土地から、自らの意思で飛び去っていくものだ」

 そうシグに教えた言葉は、シグの背を押すように響く。

「自分の、意思で」


「さらばだ、愚直なる流者シグ! 若き欠片の火竜よ!!」


 そう言い残し、オピオネウスは風に消え、シグの頬を優しく撫でてた。

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