第5話 天征竜オピオネウス
嵐の中心にいたのは、流れる雲のように白く、風のように長い胴体。
その吹き荒ぶ嵐の中心で揺れる二対の青い翼の竜が揺蕩うようにそこにいた。
「心臓ヲ、我ガ心臓ヲ返セ!!」
嵐の中心で、天征竜の咆哮が雷鳴のように轟く。
「……これが、天征竜」
飛竜の献身に涙を拭ったシグが、嵐の発生源である天征竜を見つめる。
「心臓は返す! だから、もう攻撃はやめてくれ!!」
そう叫ぶシグの声は、憎悪と憤怒にまみれた竜に届かない。
「心臓サエアレバ!! 貴様ノ指輪サエアレバ!! モウ一度、人間共ヲニ復讐ヲ!!」
「どうしたら……」
そう悩むシグにくすんでいた指輪が、輝きを取り戻すように輝いた。
そして、シグルズの指輪が、シグの行く心臓への道を指し示す。
「……ファフニール。なんとか天征竜に近づけないか?」
「どうする気だ? シグ」
そうシグの突然の提案に、ファフニールが問いかける。
「あの竜に触れれば、心臓を返せる」
左手を握りしめ、確信めいた言葉を返す。
「あの纏っている風が邪魔だな……いいだろう」
そう言うとファフニールの周りに吹き荒ぶ風を退けるように、熱い炎の魔力が大きくなった。
「この火竜ファフニール様が、あのような耄碌ジジイなんぞ蹴散らしてくれる!!」
その嵐に対抗するように、ファフニールの顎から放たれた炎のブレスが、天征竜に直撃する。
「グルゥウ!?」
そして天征竜の纏う風にファフニールの炎が覆われて炎が風に煽られ、勢いを増し、天征竜の体を覆い焼いた。
そのファフニールの攻撃に、周りに渦巻く嵐と天征竜の纏っていた風の鎧が解ける。
「マダ俺カラ奪ウツモリカ!! 人間!!」
「今だぞ! シグ」
そう叫んだファフニールの背からシグは飛び降り、天征竜の胴体にシグの手が天征竜に触れる。
「――シグルズの指輪よ! かの竜に心臓を還せ!」
そう叫ぶと指輪が輝き、魔法陣が浮かぶと竜の咆哮と共に、光が竜とシグを包み込んだ。
――――
そこは、光を反射する美しいコバルトブルーの海の中。
『――オピオネウス』
その美しい声が、その竜の名を呼んだ。
その長い濡れ羽色の髪が海に揺れる。
波のようなドレスが海に揺蕩い、水面に差す光を反射する。
その美しい角を持つ人型の竜は、愛おしげにその青く艶やかな鱗の付いた腕をのこちらに向けて伸ばした。
――ああ、そこにいたのか。
――我が愛、我が心臓。
――泡沫に消えし我が
その天征竜オピオネウスの心の内に響くような、震えた声で発せられた言葉に、その番の竜は何も答えない。
それは、規則的に満ちては引く波のように番は、言葉を続けた。
『愛している、オピオネウス』
オピネウスの尾から、泡のようにその竜の番は、弾けて消えていく。
『――たとえ、私が波に消えたとしても』
その言葉を最期に番の竜は、泡となって海に溶けて消えていった。
――そうだ、古き竜の時代。人間によって我が至高の妻は、心臓を壊され、王たる証を奪われた。
――そして最後に、海の泡となって消え去ったのだ。
――あの忌々しき血族への復讐も、力も、全ては、我が番がためであった。
――竜脈を奪われ、心臓を失くし、忘れていたのだな。
そう跡形もなく番の消えた、酷く美しい海に竜の独白だけが残った。
――――
「〜〜グ!」
「――シグ!」
「う、」
シグを呼ぶ声に強い光を浴びて、気絶したシグの意識が浮上した。
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