第3話 火竜と契約


「ふふん、どうだ?」


「どういうつもりだよ、お前」

 そう得意げに言ったファフニールを、シグは訝しげに見つめる。

「なに、よくよく考えれば貴様から奪えず、貴様も渡す気がないのなら」


「貴様が、命尽きるまで待てば良いのだ」


 どうしてそんな簡単なことを思い出せなかったのか、と言わんばかりの提案にファフニールは、シグへと言葉を続ける。


「貴様は、命尽きるとき我に指輪を渡す」


「我は、その対価に貴様が古き竜に心臓を返すまで守ってやり、その後に指輪を頂く」

「所詮、人間の一生なんぞ、竜とって瞬きの間よ。貴様も悪くない取引であろう?」

 そう行って返事を待つファフニールにシグは、疑問をぶつける。

「お前、その封じられた竜たちのこと嫌いなんだろ? 使えなくて良いのか?」

 そのシグの口から出た言葉に、ファフニールは機嫌悪そうに尻尾を地面に叩きつけた。


「貴様、この我を愚弄するのか?」

「そのような力使わず、自らの力で下してやらんでどうするのだ」

 そう何かを思い出すように、尾を叩くファフニールは、シグの持つ指輪を指してこう言った。


。ソレに宿った心臓なんぞに興味はない」


「……そっか、ごめん」

 そうファフニールに嫌な事を聞いたと悟ったシグが、謝るとファフニールは、謝罪を受け入れ言葉を続ける。

「ふん、分かれば良いのだ。それで? 契約するのか?」


「今なら特別に我を名で呼ぶのを許してやるし、貴様の名を呼んでやっても「わかった、よろしく頼む」――今なんと言った!?」


 そう自分と契約するメリットを話すファフニールに、シグはその契約に応じる。

 それを、聞き返すようにファフニールは、興奮しながらシグの方へ顔を向けた。


「契約? するよ、お前と」


「偽りならば、八つ裂きにして骨まで燃やしてやるぞ?」

 初めて会った時の恐ろしさよりも、自分の話を聞きそんな提案をするファフニールにシグは、やっと気の抜けたように笑う。

「はは、本当だって」


「俺は、シグ。よろしくな、ファフニール」


「人間、いやシグ……! 早速だ、右腕を出せ!」


 そう指示をしてシグは、右腕をシグに差し出すとファフニールは、その大きなシグの右腕を牙の生え揃った口で飲み込んだ。


「おまっ何して!?」


 するとシグとファフニール間に魔法陣が一瞬現れて消える。


 そしてシグの右手には、先ほどの魔法陣がアザのように浮かんでいた。

「これで、貴様に飛竜ども程度は、不用意に近寄らぬだろう」

「え? ああ、ありがとう。ファフニール」

「ふふん! 我にどんと任せるが良い!」


 その瞬間、火山に流れる風が変わった。


 太陽が登っていた晴れた空は、たちまち曇天が空を覆った。


「早速来たようだぞ、シグ」

 そうファフニールが、シグが今まで走ってきた方に顎を向ける。

「あの風の魔力は、天征竜てんせいりゅうだな」

 ファフニールが向いた方角。そこには、大きな嵐が渦巻いていた。

「あの嵐が竜なのか!?」

 離れていても見えるその大嵐が竜と思わず、シグは、驚きの声をあげる。

「元は、誇り高き竜だったらしいが……今ではあのように無差別に襲っておる」


「シグルズの指輪を探していたようだな……って聞いておるのか?」


 そう話すファフニールは、呆然とするシグを睨みつける。

「あの方角。俺の村が危ないかもしれない……!」

「ん? ああ、貴様あの結界を張ってやった人間の住処から来たのか」

 ファフニールは、その瞳で今も天征竜が襲っている村を見て納得する。

「そこまで、心配になるものか?」

 ファフニールは、不思議そうにシグに問いかける。

「それは、そう、だろ」


「貴様、?」


「……」


「何故、?」


 ファフニールは、シグがそう悩むことが理解できないような、無垢な眼でシグを見つめる。


「……確かに。俺はあの村の人たちから、不気味だって言われたし、いじめられたよ」

「村人の冷たい目や、ミーメの笑う顔を思い出すと、暖かいはずなのに指先が冷えて、体か凍ったみたいに動けなくなる」


 そう言うシグの指先はかすかに震えていた。


「……でも。それでも、死んでいい人の命なんてないんだよ。ファフニール」

「そう言うものか、人間は」


 決意するように拳を握って言ったシグの言葉に、ファフニールは、納得のいかない声色でそう答えると翼をたたむ。


「まぁいい、助けるならば行くぞ」

「乗るが良い、シグ」

 ファフニールは、その胴体を屈めてシグが乗りやすい体勢をとる。

「我が力が竜脈領域の外であれ、古き竜なんぞに負ける我ではないこと証明してやろう!」



「わかった、行こうファフニール」

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