第30話 最悪の事態

 虚空を見上げて現実逃避をする悠馬。

 見知らぬ女性と仲睦まじい様子で腕を組む悠馬を目の当たりにして、呆然とする利香。

 その二人の様子に気が付き、由貴はお互いの顔を覗き込む。


「あれあれ? もしかして、西野君の知り合い?」

「はい……西野君のクラスメイトです」


 利香が端的に答えると、由貴はツンツンと悠馬の脇腹を突いた。


「なにこの子、めっちゃ可愛いじゃん。西野君のクラスメイトなの?」

「は、はい……そうですよ」


 悠馬がつっかえつっかえ肯定すると、その反応を見て、由貴は何かを察したらしく、にやりとした笑みを浮かべたかと思うと、すぐさま外面の笑みへと変貌を遂げて、利香に向かってお辞儀をした。


「初めまして、私は由貴でーす! 一応、悠馬君の彼女やってまーす」

「えっ……」

「なっ……先輩!?」


 悠馬は咄嗟に由貴の口元を手で押さえ込む。

 一方の利香は、目をパチクリとさせて心ここにあらずと言った様子。


「ごめん吉川さん。この人の勝手な妄言だから気にしないでくれ」

「えーっ? でも、クリスマス一緒に過ごす約束してる……んごっ」

「ち、違うんだ吉川さん。これには深いわけがあって……!」


 由貴が地雷を踏みまくり、悠馬の冷汗が止まらない。

 すると、利香は視線を下に向けたかと思うと、しばらくして顔を上げ、菩薩のような笑みを湛えてくる。


「そっか、クリスマス、楽しんでね。私、ここで降りるから」

「ちょっと待って、吉川さん!」


 そう言って、丁度隣の恵比寿駅に到着したところで、利香は踵を返して電車を降りて行ってしまう。

 悠馬は必死に追いかけようとしたものの、由貴に手を引っ張られて阻まれてしまう。


「ちょ、離してください由貴先輩!」

「嫌だよーだ!」


 そんなことをしているうちに、電車の扉が閉まってしまい、電車が次の駅へと向かって動き始めてしまう。

 既にホームに利香の姿はない。

 人ごみの雑踏の中へと姿をくらませてしまったらしい。

 悠馬は伸ばしていた手を脱力させるようにして下ろした。


「良かったね。これでクリスマスの予定が一つなくなったよ?」

「……由貴先輩」


 悠馬が咎めるような視線を送るものの、由貴はどこ吹く風だ。


「私が先に約束したんだから、西野君は渡さないもんね」


 そう言って、由貴はさらに腕を絡める力を強めてくる。

 悠馬は怒りを滲ませながら、何もすることが出来なかった自身の無力さにただただ唇を噛み締めることしか出来ないのであった。



 ◇◇◇



 利香は恵比寿駅で下車して、改札口を抜けて駅前を通り過ぎる。

 ようやく駅から少し離れたところで立ち止まり、ようやく忘れていたように大きく息を吐いた。

 何が面白いのか分からないけれど、利香は自然と口角がつり上がってしまう。


「そっか……西野君彼女さんいたんだ」


 一人でクリスマスを一緒に過ごせると浮き足立って、馬鹿みたいだ。

 通りで、終電を逃して家に泊まっていくと尋ねた時も、躊躇していたわけだと納得する。

 それに、由貴と名乗った女性には見覚えがあった。

 先日、悠馬が乗ってくる電車を待ち伏せしていた時に降りて来た女性である。

 つまり元々、二人はそういう関係で、悠馬にはぐらかされていたということ。


「あーあっ……私一人でほんと馬鹿みたい」


 利香は自身の気持ちを整理するようにして、一人言葉を吐き出すのであった。


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