第29話 乗り込んできた人物
「お疲れ様でしたー!」
「お疲れ様です」
アルバイトのシフトを終えて、悠馬は由貴にがっちり腕を掴まれていた。
「お疲れ様。どこか一緒に行くの?」
「はい! これから西野君とデートしに行くんです♪」
「あんまり夜更かししすぎるなよー!」
「はーい!」
店長はあまり気に留めることもなく、そう一言だけ忠告してバックヤードへと戻って行ってしまった。
「ちょ、先輩! 何言ってんすか?」
「何が?」
「デートなんてする覚えないですよ」
「ご両親に挨拶しに行くんだから、もうデートどころかご結婚のご報告も同然でしょ?」
「ホント冗談は口だけにしてください」
本当は閉店までのシフト時間を店長に行って変更してもらい、あがりの時間まで合わせられてしまい、悠馬は完全に逃げ場を失っていた。
「さっ! レッツゴー!」
由貴に手を引かれて、新宿駅へと向かっていく。
手を離す様子もないので、どうやらこのまま由貴は本気で両親にクリスマス泊りの許可を取りに行くらしい。
「あの先輩」
「ん、どうしたんだい?」
「一応両親に連絡入れるので、スマホ使ってもいいですか?」
「うーん。なら仕方ないスマホを使う許可を出そう」
「はい」
一応アルバイト前に寧々にお客さんが行くかもと連絡は入れておいたものの、まさか本当にアルバイト終わりに着いてくるとは思っていなかったのだ。
「大学生の行動力恐ろしい……」
「何か言った?」
「許可取りに来るのはいいとして、帰りはどうするつもりなんですか?」
「えっ、泊めてくれないの?」
「泊められるわけないでしょ! 付き合ってもないのに!」
クリスマスに泊りの許可を貰いに行く時点で両親には勘違いされそうだが、別に由貴とはこれっぽっちも恋愛関係ではないのである。
家に空き部屋もないので、必然的に止まるとなったら同じ部屋で寝る羽目になるわけで……。
「幼気な女の子を一人夜の街に置いてきぼりにするんだ。西野君って最低なんだね」
「んぐっ……」
わざとらしく目元を拭うジェスチャーをする由貴。
悠馬の罪悪感がチクチクと突き刺さる。
「てか、終電無くなるって分かってるなら、許可取りは後日でもいいんですよ」
「ダーメ! だってそうしたら西野君が色々と根回しするでしょ?」
「……しませんよ」
「クリスマスの予定をキャンセルしようとした人の言うことは信じられません」
ぷぃっと視線を逸らしながら、ツーンと唇を尖らせる由貴。
どうやら、由貴の中で悠馬の信頼はガクっと暴落してしまっているようだ。
仕方がないので、悠馬はスマホで両親に今からお客さんを連れて行くという旨のメッセージを送信しておく。
(吉川さんにはなんてメッセージを送ろう……)
この後、利香を家まで送り届けるという約束をしてしまっているのだ。
悠馬としては、利香の元へ行きたい気持ちは山々なのだが、ガッチリ由貴に手を掴まれてしまっている状態では、送り届けるのは困難だろう。
利香とのトーク画面を開き、『急用が出来たので今日は送れない』という旨のメッセージを送っておく。
「ほら、電車来たよ!」
スマホをポケットにしまい込むと、丁度ホームに辿り着いたところで、由貴に手を引かれながら山手線へと乗り込んでいく。
電車内は22時を過ぎているというのに混雑しており、多くのスーツ姿に身を包んだ人たちでごった返していた。
何とかスペースを確保した悠馬と由貴は、お互いに身体を寄せ合いながら電車に揺られて行く。
由貴の腕を今なお悠馬の腕に絡まっており、意地でも逃がさないぞという意思を感じる。
「西野君のご両親ってどんな方かしら?」
「どこにでもいる普通の人ですよ。そこまで干渉してくることもないですし」
「そう、なら私も受け入れられる可能性が高いって事ね」
「異性の交遊関係に関して相談したことがないので分からないっすね」
「平気よ。普段から西野君は真面目なんだから」
真面目な口調で言われて、少し気恥ずかしくなってしまい、悠馬は視線を車窓の外へと向けた。
都内の街は、燦燦と光が宿っており、その合間をすり抜けるようにして電車が走っていく。
『まもなく、渋谷、渋谷。お出口は左側です』
そして、電車は間もなく渋谷駅へと到着しようとしていた。
ホームに電車が入線して完全に停車すると、扉が音を立てながら開き、多くの乗客が降車していく。
本来であれば由貴もここで降りるはずなのだが、悠馬とクリスマスの夜を過ごす許可取りをしに行くため、降りることなく悠馬に引っ付いていた。
「マジで来るんすね」
「あら、冗談だとでも思ってたわけ?」
「可能性は捨ててませんでしたよ」
「そんなに私と過ごすのが嫌なの?」
「そういうわけじゃないですけど……」
そんな会話を繰り広げていると、今度は渋谷駅から乗客が乗り込んでくる。
「西野君……?」
「えっ……」
乗り込んでくる人の中に、今一番会いたくない人物がいて、目が合ってしまう。
同じ車両のドアに乗り込んできた利香は、悠馬の姿を見て、唖然としたような表情を浮かべていた。
隣には、悠馬に引っ付くようにして腕を絡める由貴の姿。
(終わった……)
悠馬は虚空を見上げ、電車内の天井を見上げることしか出来ないのであった。
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