第25話 利香からのお誘い

「スゥーッ、ハァーッ……」


 迎えた放課後、利香は颯に言われた通り、プールサイドへとやって来ていた。

 12月の真冬の時期に、プールサイドにいる人はおろか、水泳部員すら見受けられない。

 水泳部は冬場になると走り込みか温水プールがある施設で練習行うとのことで、プールにわざわざ近づくものはおらず、辺りは閑散としていた。

 しばらく使っていないのか、プールの水も軽く濁り始めている。

 そんな中、利香は寒空の元悠馬が来るのを待っていた。

 颯が上手い事悠馬を誘い出すとか言っていたけれど、本当に連れてきてくれるのだろうか?

 不安をよそに、プールへと続く扉が開く音が聞えて来た。

 身体を強張らせてそちらを向けば、人影がこちらへと近づいてくる。

 階段を上ってやってきたのは、紛れもない悠馬だった。

 どうやら颯は、約束通り悠馬を誘い出すことに成功したらしい。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」

「ううん、今来たところだから平気だよ。来てくれてありがとう」


 利香が感謝の言葉を口にすると、悠馬は当たりを物珍しそうに眺める。


「にしても、こんなところ入れるんだな。プールって基本立ち入り禁止のイメージだけど」

「南京錠が壊れてるんだって。芝原君が教えてくれたの」

「そうなんだ」


 そんな他愛のない会話が途切れてしまい、二人の間に微妙な空気感が流れてしまう。


「それで、芝原君伝手に聞いたけど、呼び出して伝えたいことがあるって聞いたんだけど」


 悠馬が沈黙を破るようにして本題を切り出してくる。

 ついにこの時が来た。

 利香はぎゅっと胸元で握りこぶしを作り、大きく息を吐く。

 そして、意を決して悠馬の方へと視線を向け、勢いのままに言い放った。


「西野君って、25日って空いてたりするかな」

「えっ……25日? それって、今月の25日だよね?」

「うん」


 逆にわざわざ呼び出して来年の1月25日の予定を聞く人がいたら是非教えて欲しいものだ。

 悠馬も流石に察したらしい、目をパチクリとさせて唖然とした表情を浮かべている。


「どう……かな? 空いてる?」

「えっと、一応確認なんだけど、それって二人っきりでって事で合ってる?」

「そのつもりだけど」

「そっか……そうだよな」


 どこか納得した様子で頷く悠馬。

 空いているのが予定が埋まっているのかどちらとも言えない反応に、利香はついネガティブな言葉を漏らしてしまう。


「やっぱり、私と一緒にクリスマス過ごすのは嫌?」

「そんなことないよ! 出来れば俺だって、吉川さんと一緒にクリスマスを過ごしたいって思ってるよ」

「本当に?」

「あぁ」

「そっか……」


 悠馬からの言葉を聞いて、利香の顔が火照っていく。

 同じ気持ちだったことが嬉しくて、ついにやけてしまいそうになる顔を必死に手で抑える。


(マジか……吉川さんにクリスマスデート誘われちゃったんですけど―!?)


 一方悠馬は、利香からクリスマスデートに誘われて、驚きと歓喜に満ち溢れていた。

 もしこの場に利香がいなかったら、一人踊り狂っている自信があるほどには、嬉しさで頭が有頂天になっている。

 けれど、悠馬は既に由貴とクリスマスにボッチ同士で過ごすという約束を交わしてしまっているのだ。


(でも……由貴先輩ならきっと分かってくれるはず)


「分かった。25日一緒に遊ぼうか」


 颯が彼氏じゃないと分かった今、好きな人からの誘いを断る理由はどこにもない。


(ごめんなさい由貴先輩。クリぼっちパーティー抜け駆けさせていただきます!)

(アルバイト先に行ったら、由貴先輩に事情を説明して謝ろう)


 そう決心して、悠馬は利香と一緒にクリスマスを過ごすことを約束したのである。

 しかし、悠馬の憶測は見積もりが甘かった。

 由貴がどれだけ悠馬とのクリスマスを楽しみにしていたかと言うことを……。

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