第23話 颯の彼女

 迎えた運命の月曜日。

 悠馬は重い足取りで学校へ向かうと、颯に指定された通り屋上へと向かった。

 階段を登って行き、屋上へと続く扉を開けると、ツーっと吹き荒れる冷たい風が突き刺さる。

 どんよりとした曇り空の下で、颯は屋上の手すりに寄り掛かりながら街の景色を眺めていた。

 扉の開く音でこちらに気が付き、ちらりと顔を向けてくる。


「よっ、悪いな。こんなところに呼び出して」

「い、いえ……大丈夫です」


 同学年なのに畏まった口調になってしまう悠馬。

 颯は真冬だというのにコートを羽織っておらずブレザー姿。

 そして、顔には絆創膏やガーゼが張られており、切り傷がいくつか見受けられる。


(あれってどう考えても喧嘩の痕だよね⁉)


 悠馬は颯の傷を見て、喧嘩慣れしていることを感じ取る。

 つまり、颯が屋上に呼び出したのも、悠馬とタイマンをしようと言うことなのだろう。

 悠馬は恐怖で身が震えあがる。



「こっちこいよ」

「はっ、はい……」


 そんな悠馬の様子を知ってか知らずか、颯は視線だけでこっちへ来るよう促してくる。

 身体を強張らせながら、悠馬は恐る恐る颯の元へと近づいていく。

 今の所、颯の表情は穏やかだ。

 けれど、いつ豹変して悠馬に殴りかかって来るか分かったものじゃない。

 悠馬は颯の彼女の家に泊まってしまうという、沸点越えの行為を行ってしまったのだから。

 いつ殴りかかろうかと、タイミングを見計らっているに違いない。

 恐怖心と警戒心が悠馬の足取りを鈍らせ、ついには途中で足が止まってしまう。


「ん、どした?」


 突然立ち止まった悠馬に対して、首を傾げる颯。

 悠馬は居ても立ってもいられなくなり、その場で大きく頭を下げて言い放った。


「本当にすいませんでした!」


 大声で謝る悠馬。

 しかし、颯から反応はない。


「俺が全部悪いんです。疲れてて寝過ごしちゃって、たまたま出くわした吉川さんに『泊っていく』って誘われたばかりに……。芝原君の彼女なのに、浮気と疑われてもおかしくないような行動をとってしまいました! 吉川さんは何も悪くないので、恨むなら俺を恨んでください! 気が済むまで何でもしますから!!」


 悠馬は少しでも颯の癇癪を収めようと、必死に言い訳をまくしたてる。


「待て待て待て! 何を言ってるんだお前は!? 一旦落ち着け、な!」


 颯は盛大な勘違いをしている悠馬を宥めようと、一旦落ち着かせるため肩に手を置いた。

 刹那、悠馬の身体がビクッと跳ね上がる。


「手ですね! 手を使えなくしたいんですね! そうですよね。彼女が他の男に触れた手なんてこの世から消し去りたいですよね。どうぞ、手が一生使えなくなるぐらいまで踏みつぶしてください!」

「さっきからどうしたんだよ? いいから一旦落ち着けって! 俺はお前に危害を加えたりもしないし、怒ってもねぇっての!」

「へっ……で、でも芝原君は、俺が吉川さんの家に泊まったことを知って俺を屋上に呼び出したんじゃ……」

「はぁ? 知らねぇよそんなの。初耳だっての。てか、別に俺は吉川と付き合ってなんかねぇぞ」

「……へっ?」


(今、何て言った!?)


 衝撃の事実が颯の口から飛び出して、悠馬はぽかんと開いた口が塞がらない。


「俺を屋上に呼び出したのって、吉川さんへの腹いせじゃなくて?」

「ちげぇって」

「殴り倒そうとしに来たんじゃないの?」

「そんなことしねぇっての。喧嘩っ早い性格に見えるか?」

「だってその傷跡、明らかに一戦交えてきた後だもん!」


 悠馬が颯の傷跡を指差しながら咎めると、颯はばつが悪そうな表情を浮かべた。


「これはその……あれだ。彼女に怒られて出来ただけだから気にするな」

「えっ……芝原君彼女いるの!?」


 知らない情報が次々と明らかになり、頭が混乱してくる悠馬。

 そんな悠馬をよそに、颯は驚いたような目を向けてくる。


「あれっ、聞いてないの? 俺が付き合ってるのって、寧々さんなんだけど……」

「……はい?」


(今何て?)


「だ、だから――」


 颯は頬を赤く染めながら、後ろ手で頭を掻きながら再び口にする。


「俺が付き合ってるのは、お前の姉ちゃんだっての」

「えぇぇぇぇぇぇぇー⁉⁉」


 刹那、校内に響き渡るほどの大声を悠馬は上げてしまうのであった。

 利香の彼氏だと思い込んでいた同級生は、悠馬の姉貴である寧々と付き合っている彼氏だったのだから。

 まさに、悠馬最大の勘違いが解消された瞬間であった。

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