第21話 タイミングが悪い

 大崎駅の改札口を抜けて、悠馬ゆうま利香りかと隣り合わせで歩きながら、夜の住宅街を歩いていく。

 一緒に帰る約束を取り付けたとはいえ、はやてという彼氏がいるにもかかわらず、利香の考えが分からず困惑していた。

 先ほど電車の中で、利香は颯と付き合っていることを悠馬に公言している。

 颯にバレたら、最悪の場合修羅場になること間違いなしだというのに、どうして利香はこんなリスクを冒すようなことを頼み込んでくるのだろうか。

 そこで、悠馬の中に一つの考えがパっと思い浮かぶ。


(もしかして、さっきの良いお付き合いというのは上っ面の嘘で、本当は芝原しばはらとの関係が上手く行っていないのか?)


 利香と颯の関係を色々勘ぐってしまい、ちらちらと利香の様子を窺うものの、表情から読み取ることは出来ない。


(あぁもう! どういうことなんだってばよ)


 頭を抱える悠馬。

 その一方で利香はというと、そんな悠馬をちらちらと覗き見して、タイミングを窺っていた。

 もちろんタイミングというのは、クリスマスデートを取り付ける約束をいつするかということである。

 柴乃しのに言われた通り、もしかしたら悠馬は既に他の人とクリスマスデートの約束を取り付けている可能性だってあるのだ。

 だからこそ、一つ確認しておかなければいけないことがある。


「西野君さ、さっき私が渋谷駅で乗り込んでくる前、誰かと話してなかった?」

「うぇっ!?」


 利香が尋ねると、悠馬があからさまに挙動不審な反応を示す。

 その反応に、利香はより警戒心を高める。


「もしかして、悠馬君の彼女さんだったりするの?」

「違うよ! あの人はアルバイト先の先輩ってだけ! 今日はたまたま上がりの時間が一緒だったから、渋谷駅まで一緒に帰ってただけ!」

「そうなの? 本当にバイトの先輩ってだけ?」

「……本当だよ」


 謎の沈黙があったけれど、好きな人をこれ以上困らせたくはない。

 利香は悠馬を信じることにした。


(びっくりした……まさか利香に先輩とのやり取りを見られていたとは……)


 利香から突如由貴の質問をされたことに、悠馬は驚きと共にほっと息を吐いた。

 実を言えば、クリぼっちを回避するため、クリスマスデートの約束を取り付けてしまったものの、それを今言う必要性はないと思い口を閉ざしたのである。


「そっか……そうなんだ」


 利香は何やら顎に手を当てて黙り込んでしまう。

 どうしてそんなことを聞いてくるのだろうかと疑問に思いつつ、悠馬は別の質問を口にする。


「というか、家に送るのが俺なんかで良かったの? 俺より頼りがいがある人がいるんじゃない?」


 悠馬より頼りがいがある人物というのは、利香の彼氏である颯の事である。

 放課後、利香が颯と一緒に帰る姿を目撃しており、先ほど電車内でも確認と取ったことで、二人が交際関係にあることは確実となったからこそ、彼氏でもないただのクラスメイトの悠馬に送ってもらうより、颯の方が安心できるのではないかという意味も込めて質問した。。

 しかし、悠馬の予想とは裏腹に、利香はぶんぶんと大きく首を横に振った。


「そんなことないよ! 西野君が一番頼りがいがあって頼もしいもん!」

「そうか? まあ、それならいいんだけど……」


 利香がそう言うのであれば、気にしなくていいのだろうか。

 まあ、颯も颯で個々の予定がある。

 四六時中利香を見張り、毎日家に送り届けるというわけにはいかないということなのだろう。

 だとしたら、悠馬は好きな女の子をこうして護衛することが出来ているのは光栄なことである。

 と同時に、絶対に脈がない一方通行の恋が実ることもないという悲しい気持ちにもさせられてしまう。


「あっ、もう着いたね」


 そんなことを考えているうちに、利香の家に到着してしまう。

 好きな人と一緒に居る時間というのは、どうしてこうも短く感じてしまうのだろうか。


「ありがとう、送ってくれて」

「どう致しまして」

「……あのさ、西野君」

「ん? 何、吉川さん?」


 悠馬の名前を呼んできたので利香の顔を覗き込む。

 利香は視線を泳がせながら、遠慮がちに尋ねてくる。


「あのね……西野君ってさ、クリスマス――」


 ブーッ、ブーッ。

 とそこで、タイミング悪くスマホのバイブレーションが振動する。

 鳴り止まないことから、電話が来ているらしい。


「電話来てるみたいだよ」

「ごめん」


 利香に促されて、悠馬は一言断りを入れてからスマホをポケットから取り出すと、寧々からの着信だった。

 悠馬は大きく息を吐きながら着信ボタンをタップして、スマホを耳元へと近づけていく。


「もしもし?」

『もしもし悠馬! アンタ今どこにいるのよ?』

「どこって……家に帰る途中だけど?」

『早く帰ってきなさい! お母さんカンカンに怒ってるんだからね!?』

「えっ、マジ?」

『こんな時に嘘つくかっての。私がフォローしてあげるからとっとと家に帰ってきなさい』

「分かったってば、今すぐ帰りますから!」

『1時間以内に帰ってきな! それじゃ!』


 用件だけ言い終えて、寧々は電話を切ってしまう。

 無音になったスマホの画面を見つめながら青ざめる悠馬。


「どうしたの? 何かあったの?」


 そんな悠馬を見て、心配そうに尋ねてくる利香。


「ごめん吉川さん。急いで家に帰らないといけないみたいなんだ」

「あっ、そうなんだ。ごめんね、引き止めちゃって」

「平気だよ。それで、さっきはなんて言おうとしてたの?」

「ううん。何でもないよ。『送ってくれてありがとう』ってお礼を言いたかっただけ」

「そっか、なら悪いけど、俺はこの辺で失礼するね」

「うん、また来週学校でね」

「あぁ!」


 悠馬は手を挙げて、急いできた道を急ぎ足で大崎駅へと戻って走っていく。

 駆けていく悠馬の姿を家の前で見送った利香は、姿が見えなくなったところで大きなため息を吐いてしまう。


「何やってるんだろう私……」


 そんな独り言を零してしまう利香。

 ブーッ、ブーッ。

 とそこで、今度は利香のスマホが振動する。

 スマホを取り出して画面を見れば、颯からメッセージが届いていた。


『バイト先に忘れものしてたぞ。俺が代わりに持って帰ったから、月曜日に学校で渡すわ』


 文面と共に、画像が添付されて送られてくる。

 そこには、利香の筆記用具が添付されていた。

 シフトを提出する時に筆記用具を取り出したので、その際事務所の机の上に置きっぱなしにしてしまったのだろう。


『ありがとう……』


 利香は端的に感謝の言葉を返した。

 すると、すぐさま既読が付いて、颯から返信が返ってくる。


『どうした? なんか元気ないみたいだけど』


 最後に『……』を付けてしまったのが元気がないと思われてしまったらしい。

 こういう時に心情が文面に出てしまう癖は相変わらず見たいだ。

 正直、利香の心はぐちゃぐちゃにかき乱されている。


『実は――』


 誰かにこの気持ちを吐き出したい。

 そんな感情が利香を突き動かした。

 利香は、事の経緯を颯に文面で伝えていく。

 すると、スマホの画面が着信を知らせるものとなる。

 颯からの着信だった。

 利香は着信ボタンを押して、スマホをゆっくりと耳元へと近づけていく。


「もしもし……」

『吉川、あのな――』


 そして、颯は利香に言い放った。


『俺がどうにかしてやる』


 と。

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