第20話 すれ違う思惑
「えっ……」
乗車してくるお客さんの中に見知った顔を見付けて、悠馬は思わず声を上げてしまった。
すると、向こうもこちらの姿に気が付くと、パっと華やかな表情を浮かべながら悠馬の元へと近づいてくる。
「あっ、西野君お疲れー!」
「こんばんは吉川さん」
何と乗り込んできたのは利香だったのだ。
まさか、こんな偶然があるとは予想だにしていなかった悠馬は、何度も目を瞬かせてしまう。
「西野君もバイト終わり?」
「そうだよ。吉川さんも」
「うん。奇遇だねーこんなこともあるんだね」
「そ、そうだね……」
由貴と別れた直後、すぐに利香と遭遇したことで、やましいことをしているわけではないのに罪悪感を覚えてしまう悠馬。
まるで、浮気がバレた彼氏のような気分とはこのことを言うのだろう。
一方の利香は、内心ほくそ笑んでいた。
(本当は、西野君が乗り込んでくる電車を待ってたんだよねー!)
悠馬が昨日と同じ場所に乗っているのではないかという推測を立てた利香。
その予想が見事的中。
利香が待ち始めて3本目の電車で、悠馬の姿を見つけたため、偶然を装って乗り込んだというわけである。
これだけ聞くと、ストーカー気質のヤバい奴と言われても仕方ないだろう。
けれど、恋する乙女は好きな男の子と少しでも一緒に居れるのであれば、手段を厭わないのだ。
それよりも、利香は悠馬に見送らて渋谷駅に降りて行った女性の事が気になっていた。
(一体、西野君とどういう関係なのだろうか)
アルバイトの先輩だと信じたいけど、もしも悠馬の彼女だとしたら、利香は立ち直れる自信がなかった。
どう切り出して女性の正体を聞き出そうかと考えていると、突然ガタっと車内が揺れ、電車が動き出す。
「きゃっ!?」
吊革や手すりにつかまっていなかった利香は、バランスを崩してよろけてしまう。
刹那、ガシっと悠馬が利香の手を掴んでくれて、身体を引き寄せてくれる。
「大丈夫?」
「ご、ごめん。ありがとう……」
「どう致しまして」
悠馬が咄嗟に助けてくれたことによる嬉しさと、距離が近く触れあっているという事実にブワっと身体全身が熱を帯びてしまう利香。
その一方で、悠馬はというと、好きな人に触れてしまった高揚感と、彼氏がいるのに気安く触れてしまったという罪悪感が入り混じり、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
二人の間に沈黙が舞い降りるものの、それを嫌うようにして悠馬は声を上げる。
「そう言えばだけど、昨日は本当にありがとね。色々と助かったよ」
「平気だよ。西野君こそ、親御さん心配しなかった?」
「特に何も言われてないから大丈夫だよ」
手を横に振って取り繕う悠馬。
実の所、この後家に帰ったら事情を細かく説明しなければいけないことが確定していることは隠しておく。
これも、利香を心配させないための一種の優しさである。
そんな悠馬の事情などつゆ知らず、利香は安堵の笑みを湛えていた。
(よかった……。私のせいで西野君が怒られるとかだったら申し訳が立たないもん)
「そう言えば吉川さんってさ、芝原君とは最近どうなの?」
「へっ?」
ほっとしたのも束の間、悠馬が突然突拍子もない質問をしてきた。
呆けた声を上げる利香をよそに、悠馬は何やら落ち着かない様子で身体をモジモジとさせている。
どうして颯のことを悠馬が聞いてきたのか意図が分からず、利香は首を傾げてしまう。
「その……上手く言ってるのかなと思って」
つっかえつっかえ追加で言葉を連ねる悠馬。
利香はそこでようやく、悠馬が探り探り尋ねてくる意図を理解した。
(あぁ! もしかして、私が芝原君と同じアルバイト先だってことを知ってるからか!)
悠馬の意図を理解した(理解していない)利香は、柔らかい笑みを浮かべて返事を返す。
「うん、先輩にはいつもお世話になってて面倒良くして貰ってるし、いい付き合いをさせてもらってるつもりだけど」
「そっか……そうだよね」
利香が無難に答えると、心なしか悠馬は身体を丸めてどんよりしてしまったように見える。
顔にも覇気が無くなってしまったのは利香の思い違いだろうか?
「でも、急に何で芝原君の事なんて聞いてきたの?」
利香が何の気なしに尋ねると、悠馬は手を胸に辺りまで上げて言い訳を述べる。
「いや、俺がちょっと色々確かめたいことがあっただけだから気にしないでくれ」
そう言って、悠馬はこの話は終わりだと言わんばかりに視線を下に落としてしまう。
誰かに颯と利香は部活仲間かつアルバイトの先輩として仲良くさせてもらっているけれど、悠馬と何の関係があったのだろうか?
利香の中に疑問は残ったものの、悠馬が納得した様子だったので、これ以上何も言わないことにする。
(そっか……やっぱり吉川さんは芝原君と……)
一方の悠馬は、利香からの返答を聞いて、改めて二人がカップルであるという現実を突きつけられた。
僅かに望んでいた可能性も消え去り、意気消沈してしまう。
身体に鉛が付いたかのようにどんよりと重い。
『まもなく、大崎、大崎。お出口は右側です』
すると、電車が大崎駅に到着するという車内アナウンスが流れた。
折角、電車の時間を合わせてまで悠馬と一緒になることが出来たというのに、こんなにも早くお別れになるのは寂しい。
好きな人とは、少しでも長く一緒に居たいというのが、乙女心というもの。
けれど、今日の朝方、利香は悠馬に家まで送ってもらう約束を取り付けてあるのだ。
もう少しだけ、好きな人と一緒に二人きりの時間を過ごすことが出来る。
「それじゃ、また来週学校でね」
しかし、利香の思惑とは裏腹に、悠馬が優しい笑みを浮かべながら手を挙げて別れの挨拶を交わしてきたのだ。
利香は唇を尖らせながら、悠馬の袖をクイっと掴む。
「……ヤダ」
「えっ?」
「忘れちゃったの? 家まで送ってくれるって約束したの」
鋭い視線を向けながら咎めると、悠馬はばつが悪そうに後ろ手で頭を掻く。
「いやだって……流石にまずいでしょ」
「何が?」
「何がって、そりゃ……」
ピコン、ピコン、ピコン。
電車が大崎駅へと到着して、車内のドアが開く音が聞こえてくる。
利香は悠馬へ潤んだ瞳を向けて言い放った。
「西野君は、私との約束、守ってくれないの?」
利香の言葉に、流石の悠馬も狼狽える。
「お願い。家まで送ってくれるだけでいいから」
追撃の懇願をすると、悠馬は視線を彷徨わせてしまう。
「いやっ、別に送るのは構わないんだけど……芝原君に怒られない?」
何故そこで悠馬から颯の名前が出てくるのか、利香には全く理解が出来なかった。
「別に関係なくない?」
「えっ、まあ利香がそう言うならいいんだけど……」
何処か納得がいってない様子で顎に手を当てる悠馬。
そんなやり取りをしていると、発車メロディーが鳴り終えてしまう。
『一番線、ドアが閉まります。ご注意ください』
「ほら、早く降りて!」
利香は半ば強引に悠馬の袖を引っ張り、急いで電車からホームへと降りていく。
二人がホームへと降り立った直後、電車の扉とホームドアが閉まった。
安全確認を終えて、電車はゆっくりと品川駅へと向かって動き出す。
電車が加速していき、ホームを駆け抜けていく。
遠ざかっていく電車の音が鳴り止むと、二人の間に沈黙が舞い降りた。
「ごめん、もしかして迷惑だったかな?」
利香が沈黙を破り、未だ納得しかねている悠馬へ尋ねると、彼は首を横に振った。
「いや、いいよ。行こうか」
悠馬は先ほどとは違い、覚悟を決めた様子で歩き始める。
「うん!」
利香は嬉しそうに微笑みながら、悠馬の後に続いて改札口へと向かっていく。
ひとまず、これでようやく悠馬と二人きりになれたことに安堵する利香。
しかし、本番はここから。
何故なら、利香は悠馬を……
クリスマスデートに誘わなければいけないのだから。
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