第19話 帰り道の道中

 アルバイト先を後にして、新宿駅へと歩いていく道すがら。


「~♪ ~♪」


 隣を歩く由貴は、鼻歌を歌いながらステップを踏んでいた。


「ご機嫌ですね」

「だって、クリスマスボッチじゃないんだもん。これが嬉しくないわけないじゃない」

「そうですか」


 下着姿を見てしまった責任を取る形で、悠馬は由貴とクリスマスデートをする約束をしてしまったのである。


「なんだか不服そうな態度ね」

「そんなことないですよ。由貴先輩とのデート、楽しみだなぁー」

「棒読み辞めて!? こっちが虚しい気持ちになってくるから!」


 そう抗議する由貴を横目に、悠馬は複雑な表情を浮かべながら、夜の新宿の街を見渡していた。

 きっと、利香は彼氏である颯とクリスマスを過ごすはず。

 二人が仲睦まじい様子で微笑み合う様子を想像してしまうだけで、気分が落ち込んできてしまう。

 それを紛らわすのに、由貴から誘ってくれたのはむしろ良かったのかもしれない。

 家でパーティーを終えた後、一人部屋に戻って悶々と考えさせられる羽目になっていただろうから。

 そんなことを考えながら新宿駅の改札口をくぐりぬけ、山手線のホームへと向かっていく。


「あっ、丁度電車来たみたい」


 由貴が言う通り、ホームから大量のお客さんが降りてくる。

 つまり、電車が到着したということ。

 階段を上っている途中で、発車メロディーが鳴り響く。


『まもなく、内回り電車が発車いたします。締まるドアにご注意ください』

「ほら西野君、急いで急いで!」


 降車してきた乗客を避けながら階段を登って行き、ホームに停車していた渋谷・品川方面行きの電車へギリギリ乗り込む。

 扉が閉まり、電車に乗り込んだ悠馬と由貴がふぅっと息を吐く。


「ラッキーだったね」

「ですね。まあ次の電車3分後にあるんですけどね」

「この3分が命取りなんだよ。乗り換えで一本早い電車に乗れるかもしれないでしょ?」


 都会は1分刻みで綿密な時刻表が組まれているため、1本早い電車に乗れた場合、乗り換えの駅で1本、また1本と早い電車に乗ることが出来ると、最寄りの駅まで予定より10分早く到着することが出来ましたなんてことがざらにあったりする。

 たかが3分かもしれないが、都会に住む人間にとっては帰宅時間を減らすことは何よりも重要なことなのだ。

 電車がゆっくりと動き始める。

 悠馬は近くのつり革を掴み、由貴は一瞬バランスを崩したものの、すぐさま近くにあった手すりに手を掛けた。


「ふぅ、危ない危ない……」


 バランスを崩して、そのまま他の乗客にぶつかってしまったら迷惑が掛かってしまい、周りから白い目で見られてしまうのを回避した由貴は、ほっと安堵の息を吐き、手で額を拭う。

 そんな由貴を横目に、車内の様子を見渡せば、金曜日の夜ということもあり、車内は多くの人で混雑していた。


『本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。この電車は、山手線内回り、渋谷・品川方面行きです。次は、代々木、代々木、お出口は左側です』


 車内の自動音声アナウンスが、次の停車駅を案内し始める。

 由貴はこの先の渋谷駅で乗り換えとなる。


「それにしても、西野君は毎日1時間近く通ってて凄いよね。私だったら絶対に無理」

「まあ、慣れれば意外と楽ですよ。どの時間帯のどの車両が空いてるとか見つけちゃえば、毎日その電車に乗っちゃえばいいので」

「だとしてもだよ。あの朝ラッシュの人の多さは未だに慣れないわ。常時おしくらまんじゅうしてるみたいで嫌。よくみんなスマホ弄れるよね」

「慣れですよ慣れ」


 由貴は地方から都内の大学へ上京してきた身。

 悠馬は生まれも育ちも首都圏出身。

 通勤通学ラッシュを経験している差は大きい。

 そんな東京の朝ラッシュ事情を話している間に、山手線は原宿駅を出発。

 由貴の乗り換え駅である渋谷駅が近づいてくる。


『まもなく、渋谷、渋谷。お出口は右側です』


 乗り込んで十分もしないうちに、電車は由貴の乗換駅である渋谷駅へ到着しようとしていた。

 渋谷駅に入線する直前の高架から、シンボル的存在であるスクランブル交差点の様子が窺える。

 スクランブル交差点には、縦横無尽に行きかう人々の波がうじゃうじゃとしており、街の電飾は燦燦ときらめいていた。

 どうやら、渋谷の街が眠りにつくにはまだまだ早い時間帯らしい。

 電車がホームに入線して減速していく。

 ホームには、悠馬が乗っている電車に乗車しようとしているお客さんでごった返していた。

 電車が完全に停車して、ゆっくりと扉が開くと、ぞろぞろと人が降りていく。


「それじゃ、悠馬君お疲れー!」


 由貴がひらひらと手を振りながら、別れの挨拶を交わしてくる。


「はい、お疲れ様です」

「クリスマス楽しみにしてるよん♪」

「はいはい」

「『はい』は一回でよろしい」

「楽しみにしてます」

「よろしい」


 由貴は満足げに微笑むと、降車していくお客さんの流れに沿って電車を降りていった。

 降車が完了すると、今度はゾロゾロとお客さんが乗り込んでくる。

 その時だった。

 乗り込んでくるお客さんの中に、見覚えのある制服姿の女の子がいたのは――

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