第18話 先輩のお誘い
「ありがとうございましたー」
団体のお客さんを見送り終えて、悠馬はすぐさま踵を返す。
先ほどまでお客さんが居座っていたテーブルの上に散乱している、無造作に残されたビールジョッキや使用したお皿などを黙々と片付けていく。
「西野君。そろそろ時間だから、そこの片づけ終わったら今日はもう上がっていいよ」
「はい、分かりました」
店長に言われて、悠馬は団体席の片づけを終えたところで、アルバイトを終える。
「はぁ……」
しかし、アルバイトが終わったというのに、悠馬からはため息が漏れ出てしまう。
「俺、この後利香を家まで送る約束しちゃってるんだよな……」
そんな独り言を呟いてしまう悠馬。
利香に今朝家を出る際に言われた一言が、悠馬の悩みの種となっていた。
薄暗い夜道を女の子一人で歩かせるのが危ないことは十分承知している。
しかしそれ以上に、悠馬の中で颯という存在が利香を家まで送っていくという行為に罪悪感を駆り立てているのだ。
放課後、仲睦まじい様子で廊下を歩いていた二人を目撃して、悠馬は改めて自分が利香に異性として見てもらえるつけ入る余地がないことを再認識させられてしまったのである。
「約束しちゃったからには役目は果たさないとなぁ……。でも俺はどういう顔すればいいんだ?」
そんな悩みを呟きながら、着替えるために更衣室兼ロッカーヘと向かう。
扉を開いてロッカーのある角を曲がると、今まさに居酒屋の制服を脱ごうとしている女性に遭遇してしまう。
「うわっ、ごめんなさい!」
悠馬は咄嗟に謝りながら物陰へと姿を隠した。
「あっ、西野君お疲れー! もしかして荷物取りに来た感じ?」
見られたことも気にした様子もなく、気さくに声をかけてきたのは、アルバイト仲間の
都内の大学に通っており、和弥からすれば仕事の出来るお姉さん的存在だ。
女性の更衣室は別にあるものの、わざわざ行くのが面倒だったのか、由貴先輩は大胆にもロッカーで着替えていたらしい。
とはいえ、考え事をしていて更衣室に人がいることを確認しなかった悠馬が悪い。
「今大丈夫だから取ってっていいよー!」
「し、礼します」
悠馬がヘコヘコとお辞儀しながらロッカーへ戻ると、制服を手で掴み、前を隠した状態の由貴先輩が立っていた。
「いやーん。西野君のエッチ♡」
「……」
「ちょ、無言だけはやめて!?」
「逆にどう反応しろと!?」
悠馬はロッカーのカギ穴を差し込み、由貴先輩の方を見ないようにしながらさっさと荷物を取り出していく。
由貴先輩は都内の大学に通う女子大生で、悠馬と同じ居酒屋でアルバイトをしている仲間。
そして何より、わざとこうして悠馬のことをからかってくる余裕すら感じる大人の色気。
いくら利香のことが好きとはいえ、異性からエロスを放たれたら、こちらとしても気が気じゃなくなってしまうのが男の性というもの。
ロッカー前で衣服をはだけさせている先輩と二人きり。
沈黙に耐えられず、悠馬は思考を巡らせて口を開く。
「先輩も今日は上がりですか?」
「うん! この後の時間は予約も入ってないから、たまには早く上がっちゃってって店長が言ってくれたんだー」
「それは良かったですね」
労いの言葉を口にすると、由貴先輩は不貞腐れたように唇を尖らせた。
「ホント店長は私を酷使しすぎなんだよ。今日で10連勤だよ10連勤! 私が暇だって分かってるとはいえ酷いと思わない⁉」
「まあそうですね。シフトに入れない日をあえて作ってみては?」
「えーっ! 何もしないで一人家にいるのなんて寂しいじゃん! それならバイトに入ってお金稼いでた方がまだマシだよー!」
「そうっすか」
どうやら先輩にも色々と事情があるらしい。
「はぁ……今年のクリスマスもこのままだとフリーだし。誰か一緒に過ごしてくれる素敵な男性はいないかなぁー」
落ち込んだ様子でため息を吐いたかと思えば、ちらちらと悠馬の方へ意味深な視線を送ってくる由貴先輩。
「あと数週間で素敵な出会いがあるといいですね」
悠馬が適当にあしらうと、由貴先輩は不満げに唇を尖らせた。
「そこは、『悠馬と一緒に聖夜を過ごしませんか』ってカッコよく言う所でしょ!」
「言いませんよ。大体、俺高校生なんで、普通にクリスマスは家でパーティーしますよ」
「いいなぁー! 私実家遠いから、軽々と帰れないんだよねぇ」
「まああと一か月もしたら年末になりますし、帰省で家族にも会えますよ」
「もーっ、西野君は分かってないなぁー」
由貴さんが首を横に振り、人差し指を突き上げた。
「私はただ、クリスマスを一緒に過ごしてくれる異性の男の子が欲しいだけなの! 家族がいなくても、男がいれば毎日寂しさなんて埋め尽くしてくれるんだから」
「……」
「ちょっと、ノーリアクションは辛いから止めて⁉」
「いや、そうじゃなくてですね……その……服がはだけて」
「へっ? なっ⁉」
力説することに力が入ってしまい、何故手で服を抑えていたのか忘れてしまったのだろう。
服がはだけて、薄桃色のブラが露わになってしまっている。
由貴先輩は咄嗟に手をクロスさせて前を隠す。
頬を真っ赤に染め、軽く涙目になりながら身を屈めて悠馬を睨み付けてくる。
「もう、西野君に下着まで見られちゃって、私もうお嫁にいけない」
「大丈夫です。きっと先輩を魅力的に想ってくれてる人が見つかりますから」
「責任」
「はい?」
「私の下着を見た責任取ってよ」
「いや、そう言われましても……」
着替えている最中に荷物取って来ていいよって言ったのそっちなんですけど⁉
「えぇいそんなの関係ないやーい! 私の身体を見た時点でもう重罪なんだーい! 西野君には罰として私と一緒にクリスマスイブの夜を二人で過ごしてもらうから」
「ちょ、そんな横暴な⁉」
「だって、今家族と過ごす予定だって言ったよね? つまり西野君も、クリスマスは彼女のいない寂しい夜を過ごすって事でしょ?」
悠馬に彼女がいないことは事実だけど、改めて自分の口から言うと現実を突きつけられたような気がして惨めな気持ちになってくる。
「そりゃまあ、悪いすか?」
「な・ら・聖なる夜を寂しく過ごす幼気な先輩を助けると思って、クリスマス私とデートってことで!」
「待ってください。俺はまだ先輩とデートするなんて一言も――」
「下着、ブラ。谷間」
「うっ……」
それを言われてしまうと、こちらとしても罪悪感が湧いてくる。
見てしまったのは事実だし、クリスマスを一人で過ごす先輩のことを思ったら同情心も湧いてきてしまう。
「それとも、私と一緒じゃ嫌だ?」
先輩は瞳を潤ませながら、頬を染めてこちらへと近づいてくる。
「嫌……というわけではないですけど」
「お願い。私と一緒にクリスマス過ごそ?」
上目遣いで見つめられ、悠馬は狼狽えてしまう。
「何なら……西野君がデートしてくれたら、私のココ、触れさせてあげてもいいんだよ?」
由貴はわざとらしく、ちらりと腕で抱えた胸元を悠馬に見せつけてくる。
その妖艶さに、悠馬は思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ねぇ……ダメ?」
蕩けるような先輩の甘い声が悠馬の脳髄を刺激する。
カラカラになる口を懸命に開いて、悠馬はしがれた声を出す。
「わ、分かりました」
「ほんとにやったぁ!」
先輩は嬉しそうに飛び跳ねる。
見事にしてやられてた。
悠馬はなんて自分が色香に弱いチョロイ奴なんだと自己嫌悪に陥ってしまう。
まあ自業自得だし、根負けしたのも全部含めて悠馬だから、受け入れるしかないのだけれど。
こうして悠馬は、由貴先輩とクリスマスを過ごす羽目になってしまうのであった。
この後、別の人物に誘われる予定があることも知らずに……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。