第17話 利香の彼氏
悠馬は帰り支度を済ませて、教室を一瞥する。
放課後の教室では、クラスメイト達がそれぞれ雑談に興じていた。
各々放課後の予定を話し合ったり、部活前に他愛のない会話をして盛り上がっていたりと貴重な時間を使っている。
「悠馬ー悪いんだけど、この後暇か?」
すると、クラスメイトの拓也がこちらへ声を掛けてきた。
「おう、どうした拓也? 何かあったのか?」
「いや、実はさっき、教卓の前にある段ボールを資料室に片付けてくれって頼まれちまってよ」
拓也の視線に習って前を向けば、教壇の上にはいくつかの段ボール箱が無造作に置かれている。
「もしよかったら手伝ってくれね?」
手を合わせてお願いしてくる拓也に対して、悠馬は一つ息を吐く。
「貸し一つな!」
「おうよ!」
こうして、悠馬は拓也と一緒に段ボールに梱包された資料を二人で資料室まで運ぶことにした。
一方その頃、吹奏楽部の部室では――
「吉川」
「はい!」
利香は吹奏楽部の部室にて、部長である芝原颯に呼ばれていた。
芝原君は吹奏楽部の中でも利香と同じ弦楽器を演奏しており、グループのリーダーとしてよくミーティングなどを行う部活仲間である。
「店長からのLI○E見た?」
颯がスマホをかざしているのを見て、利香もスマホをブレザーのポケットから取り出してみると、店長からのメッセージが来ていて――
『悪いんだけど、バイトの子が飛んじゃって。誰か17時から入れる人いませんか?』
という緊急のSOSメッセージがグループチャットに届いていた。
「今日は自主練の日だし、俺はヘルプに行こうと思うんだけど、吉川はどうする?」
そして、颯は同じ吹奏楽部に所属していながら、同じアルバイト先で働いている仲間でもあるのだ。
「私も行こうかな。今日は元々あんまり人集まりそうになかったから」
自主練は基本自由参加のため、アルバイトのシフトを入れていたり、放課後の良い体を優先する人が多い。
今はコンテスト間近というわけでもないため、比較的部活動は落ち着いていて、自主練の日は部活に顔を出さない生徒が多かったりするのだ。
「それじゃ、店長の為にも急いで行こうか」
「だね」
今頃ワンオペで苦しんでヒーヒー火を吹いている店長を助けるべく、利香と颯は荷物をまとめて部室を後にする。
そのままの足で、二人並んで昇降口へと向かっていく。
「そう言えば、クリスマスはちゃんと誘えた?」
廊下を歩いている途中で、颯が何気なく尋ねてきた。
その問いに対して、利香は首を横に振る。
実は、颯には悠馬のことで色々と密かに相談に乗って貰っているのだ。
颯と悠馬は面識があまりあるわけではないけれど、的確な助言をくれて助かっている。
「早く誘わないとクリスマスの予定埋められちゃうよ」
「それ、柴乃にも言われた」
「そりゃそうだよ。もう二週間後なんだから、予定がないならアルバイトのシフト入れちゃうかもしれないし」
「だね……今日アルバイトが終わったら連絡してみるよ」
「バイト行く間にメッセ送ればいいのに」
「送るよ。けど、呼び出すだけで、デートに誘うのは直接本人に伝えた方がいいかなと思って」
「別にデートの誘いぐらいLI○Eでも平気だって。告白じゃないんだからさ」
颯はそういうものの、利香としては今日の帰りに家に送り届けてもらう約束を取り付けているので、その時に誘おうと考えているのだ。
「まっ、芝原君には分からないよーだ」
利香がプィっと顔を逸らすと、颯は咄嗟に反論を始める。
「んなっ……!? 俺だってこの前な――」
そこから、颯によるアピールタイムが始まったけれど、利香は右から左へと受け流すのであった。
一方その頃、悠馬はというと――
「悪い、助かったわ」
「いいって事よ。拓也はこの後部活か?」
「あぁ」
「んじゃ、先行ってていいよ。俺は倉庫の鍵職員室に持っていくから」
「いいのか?」
「これぐらいいいって」
「マジで助かる。今度何か奢るから」
「はいよー」
拓也は感謝の言葉を述べつつ、廊下を急ぎ足で教室へと戻って行き、部活へと向かって行った。
取り残された悠馬は、資料室の鍵を返しに行くため職員室へ向かって廊下を歩いていく。
鍵を手元で弄びながら廊下を歩いている時であった。
昇降口へと向かう廊下を、二人仲睦まじそうな様子で歩く利香と颯の姿を……。
颯が何やら饒舌そうに話しているのを、利香は軽くあしらうように受け流していた。
まるでそれは、長年付き合ってきた熟年カップルの用である。
廊下の角を二人が曲がって行ったところで、悠馬は力が抜けてしまい、手に持っていた鍵を床に落としてしまう。
それをゆっくり拾い上げながら、悠馬は深いため息を吐いた。
「何浮かれてんだよ俺……」
自分に言い聞かせるようにして、悠馬は拾い上げた鍵をぎゅっと掌で力一杯握りしめる。
何を隠そう、利香の彼氏は、同じ吹奏楽部に所属している芝原颯なのだから。
昨日の出来事は、単に利香が善意で泊めてくれたまでの事であり、悠馬の布団に利香が入ってきてしまったのも、寝ぼけていただけ。
きっと、いつもとなりに寝ているのが颯だから、悠馬が颯と勘違いして……。
そこまで考えたら、何だか胃が痛くなってきて、悠馬はぐちゃぐちゃになる感情を押し殺しながら、踵を返して職員室へと歩みを進めていくのであった、
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