第16話 クリスマスの予定
4時間目授業が始まり、利香は教科書を広げて前を向いているものの、授業の内容は全く頭に入ってこず、上の空な状態で虚空を見上げていた。
原因はもちろん、昨夜突如として起こった悠馬との添い寝イベントである。
電車で会ったときからドキドキだったけど、まさかお互い寝てしまって終着駅で降ろされるとは夢にも思っていなかった。
悠馬は最初、利香が泊って行けばと声を掛けた時に戸惑っていた様子だったけれど、次第に慣れてきてくれたみたいで、最終的には悠馬の布団に忍び込んで同衾までしてしまい……。
(キャーッ! キャーッ! キャーッ! ヤバい、ヤバい、ヤバい! 思い出しただけでキュンキュンしちゃうんですけどー!!!)
利香は頬に手を当てて、顔を左右にぶんぶん揺らしてしまう。
その様子を見て、後ろや隣に座るクラスメイトから奇妙なものを見るような視線を向けられているような気がするけど、今の利香には全く効果がなかった。
(西野君が……私の部屋でしかも布団の中に……グヘヘ)
利香の頬は抑えていないとだらんと緩み切ってしまっていることだろう。
(まだ残り香が残ってるかな……帰ったら確かめてみよう)
そんな変態染みたことを考えながら、利香は授業の時間をほぼ妄想の時間に費やすのであった。
迎えた昼休み――
(また泊りに来てくれないかなぁ……)
頬杖を突きながら、利香はそんな願いを思いながら、友人の柴乃と一緒にお昼ご飯を取っていた。
「利香ー。利香ー?」
「えへっ。でへへっ……」
「あーダメだこれ。完全に浮かれ切ってる顔してるわ」
利香が妄想の世界に入り込んでしまっているのを見て、柴乃は盛大なため息を吐いてしまう。
「利香!」
バシンっと柴乃は手を叩き、利香の思考を無理やり現実へと引き戻させる。
「どうしたのー柴乃ちゃん?」
現実に戻って来ても、利香のご機嫌は最高潮。
「何があったのか知らないけど、相当いいことがあったみたいね」
「えへへっ、やっぱりそう見える?」
「逆にそうにしか見えないっての。もしかしてだけど、西野と何か進展でもした?」
「えーっ、それはどうかなぁー」
「うわっ、面倒くさっ! 私は聞かないでおくわ。利香は惚気話になると長いから」
「惚気ないってばー! もーっ!」
「現在進行形で惚気てるんだっつーの」
「そんなことないってばぁー」
利香はそう言い張るものの、周りから見れば、表情がふにゃふにゃと緩み切っており、完全に浮かれているのである。
「でもさ……浮かれてるところ悪いけど、ちゃんとクリスマスの約束は取り付けたわけ?」
「えぇ~っ? クリスマス~? ……はっ⁉」
柴乃の指摘に、利香は雷を打たれたかのようにはっとなる。
「その様子だと、忘れてたみたいね」
呆れ交じりのため息を吐く柴乃。
悠馬が家に泊まったことでハッピーな気持ちになり過ぎていて、一番重要なことを忘れてしまっていたのだ。
「ど、どどどどうしよう柴乃ちゃん!?」
利香は慌てた口調で柴乃に尋ねる。
「知らねぇよ。そんなの利香が誘うしかないでしょうに」
「で、でででででも! 家に送り届けてくれる約束を取り付けたばかりで、クリスマス一緒に二人で過ごそうなんて言ったら、完全にそういう意味だって捉えられちゃわない!?」
「なるほど、それで浮かれてたわけね。でも今さら何言ってんの? 逆にクリスマス二人きりで一緒に過ごそうって誘っておいて、察せれない奴なんていないっての」
柴乃の言う通り、付き合ってもいない男女が二人っきりで遊ぶなんて、普通に考えたらあり得ない事。
あるとしたら、クリスマスボッチの腹いせに、友達同士でカラオケに行ったりするのぐらいだろう。
「でも、西野君にもし気づかれちゃって、女豹みたいに思われちゃったらどうしよう!?」
「男って鈍いから、それぐらいしないと気づかないから平気平気。ってか、利香は呑気にしてる場合じゃないでしょ。クリスマスまでもう二週間ないんだよ? 意外とあぁ見えて、西野の事狙ってる女子って結構いるからね。もしかしたらすでに誰かとクリスマスに誘われてるかもしれないよ」
「そうかな? 西野君に限ってそれはないんじゃないかな」
「甘い! クリスマスケーキぐらい甘いよ利香!」
柴乃は鋭い口調でビジっと箸を利香に突き刺した。
気圧されて慄く利香をよそに、柴乃はさらに言葉を続ける。
「あぁ言う奴に限って意外とクリスマスはちゃっかり予定を抑えていたりするの! 想像してみなさい、アンタの大好きな西野が他の女と仲睦まじくクリスマスデートを楽しんでる姿を!」
柴乃に言われて、利香は頭の中で悠馬が他の見知らぬ女と手を繋ぎながらライトアップされた夜の街を笑いながら歩く姿を考えた。
~~~~~~~~~
楽しそうに微笑む悠馬。
しかし、その笑顔を向ける先にいるのは、利香ではなく見知らぬ美しい女性。
二人はまるでカップルのように街を歩いていて、そのまま女性の方が悠馬の腰に手を回して甘えた声を上げる。
「ねぇ悠馬……この後って時間ある?」
それに対して悠馬は
「あぁ、君のために、ちゃんと空けておいたよ」
と答える。
「なら、聖なる夜を過ごしましょう」
「あぁ、そうしようか」
悠馬も乗り気でその女の人と手を絡め合う。
二人はそのまま、夜の街へと消えていき――
~~~~~~~~~~~~~~~
「嫌だ……西野君が他の女の子と一緒に居るなんて絶対に嫌!」
気づけば、利香はそう言い切っていた。
「なら、早く西野とクリスマスデートの約束を取り付けなさいな」
「分かった……私頑張るね柴乃ちゃん!」
「はいはい、頑張れー恋する乙女」
棒読みで心が籠っていないように見えて、実の所陰ながら応援してくれているのが柴乃という友人なのだ。
「ありがとう柴乃ちゃん。私、勇気を振り絞って西野君をクリスマスデートに誘ってみるよ!」
「うん、そうしなさい」
利香は握りこぶしを作り、悠馬とクリスマスデートを取り付けることを心に決めた。
幸いなことに、今日のバイト終わりに悠馬が家まで送ってもらうことになっている。
その時にでも、悠馬にクリスマス誘ってみよう。
利香は、今は教室にいない悠馬の席へと視線を向ける。
(待っててね西野君。私と一緒にクリスマスを過ごそうね!)
利香が熱い視線と決意を抱く中――
「へくしょい!」
悠馬は悪寒を感じ取り、くしゃみをしてしまった。
「風邪か?」
隣でラーメンを啜っていた拓也に心配される。
「いや、違うと思うけど……」
(なんだろう。凄い嫌な予感がするのは気のせいだろうか)
悠馬は何か気のようなものを感じつつ、これ以上何もなく平穏に過ごせますようにと願いながら、午後の授業を受けるのであった。
そして、迎えた放課後――
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