第11話 勘違いしそうになる

「あのさ……手、握ってもいい?」

「……へっ⁉」


 利香から放たれたとんでもない発言に、悠馬はつい変な声を出してしまう。


「やっぱりダメかな?」


 悠馬の返事を否定と捉えたのか、利香がしょんぼりとした口調で尋ねてくる。


「ど、どうして手を握りたいの?」

「なんかね、西野君が隣にいるはずなのに、暗闇で見えないから、本当に隣にいるのか心配になっちゃって」

「ちゃんといるって」

「じゃあ確かめさせて」

「えぇ……」

「お願い」


 困惑する悠馬をよそに、甘えた声で懇願してくる利香。

 暗闇で表情を窺い見ることは出来ないけれど、きっと利香は目を潤わせてこちらを見据えているのだろうというのが容易に想像できてしまう。

 そんな表情を想像してしまったら、悠馬は胸がきゅんと締め付けられてきてしまった。


「分かったよ。ほら」


 最後は根負けして、悠馬は利香の方へ寝返りを打ち、布団から手を出して、彼女の方へと伸ばしていた。

 探り探り手を動かすと、利香が伸ばしていた手と触れ合う。

 お互い何度かモゾモゾと探り合ってから、手の感触を確かめてながらゆっくり手を繋いだ。

 すると、利香は一度手を離し、悠馬の指と絡め合うようにして握り締めてくる。


「ちょ、吉川さん!?」

「ん、どうしたの西野君?」

「流石に、この繋ぎ方はちょっと……」


 どう考えても、恋人繋ぎは彼氏持ちの女の子とするのはアウト。

 万が一、彼氏にバレて言い訳しようにも言い逃れが出来なくなってしまう。


「だって、この方が温かいでしょ」

「そうかもしれないけど……」

「やっぱり、私と恋人繋ぎするの嫌?」


 少し悲しむような声音で尋ねてくる利香。

 好意を持っている身として、悠馬は利香に甘えられてしまったら、断ることなど出来ない。

 これこそまさに、恋愛の誘惑マジックというもの。

 悠馬は一つため息を吐いてから口を開いた。


「もうこのままでいいよ」

「えへへっ、ありがと西野君」

「別に」

「ふふっ」


 悠馬がぶっきらぼうに答えると、利香は嬉しそうな声を上げる。

 これじゃあまるで、利香が悠馬のことが好きなんじゃないかと本当に勘違いしてしまいそうだ。

 けれど、それは絶対にありえない。

 何故なら利香には、彼氏がいるのだから。

 これはあくまで、悠馬がいるかどうかを確認するためであり、それ以上でもそれ以下でもないのである。

 とはいえ、悠馬は利香に好意を持っているので、ドキマギしてしまうのは仕方のない事。

 悠馬の意識は、利香と繋いでいる右手に集中してしまい、全く眠気が襲ってこない。

 元々、悠馬は利香の家で寝るつもりはなかったので、むしろ意識がはっきりしていた方が何事も起こらなくていいのではないかとすら思えてくる。


「ねぇ西野君」


 すると、利香がふにゃふにゃとした声で悠馬の名前を呼ぶ。


「ん、どうしたの吉川さん?」

「西野君って……ク……クリスマスの予定……って……あ……ぃ……」

「クリスマス?」

「……」


 クリスマスという単語が出て来たような気がして聞き返すものの、利香からの反応はない。


「吉川さん?」

「スゥー、スゥー」


 すると、穏やかな呼吸の音が一定のリズムで隣から聞こえてくる。

 どうやら利香は、眠気に抗えず眠りについてしまったらしい。

 悠馬はふぅっと大きなため息を吐いた。


「俺だけドキドキしてて、バカみたいじゃないか……」


(クリスマス、一緒にデートしない?)


 そんな淡い期待を抱いてしまうほどに、悠馬の心は乱されていて、全く眠気が襲ってこない。

 彼氏でもないただのクラスメイトの男子と一つ屋根の下、隣り合わせで寝転がりながら手を繋いでいるというのに、どうして眠ることが出来るのだろうか。

 利香の神経の図太さに感心すると同時に、心配すら覚えてしまう。

 ちらりと利香の方を見れば、暗闇に目が慣れてきて、彼女の寝顔がうっすらと窺える。

 スヤスヤと寝息を立てて眠る寝顔は、純粋無垢で美しい。


「いくらなんでも無防備すぎるだろ……」


 利香に彼氏がいる事が分かっているから、悠馬は理性を何とか保つことが出来ているとはいえ、もしこれが他の男だったらどうなってることやら……。

 それに、もし利香に彼氏がいなかったら、悠馬だって理性を保てていたかは分からない。


「ったくよ……」


 悠馬が恨みがましい視線を利香へ送る。

 心地よさそうに眠る彼女の寝顔は穏やかで、まるで女神が微笑んでるように見える。

 そんな彼女の寝顔を見て、悠馬はさらにドキドキさせられてしまう。


「あぁもう……! やめたやめた」


 悠馬は考えることを放棄して、視線を天井へと向ける。

 普通に起き上がったら頭がぶつかってしまう低い天井は、染み一つなく白々としていた。

 相変わらず右手は利香にぎゅっと握り締められており、離してくれる気配はない。


「始発の時間になったら帰ろう」


 悠馬はそう決意して身体を脱力させ、布団に委ねた。

 終電で大崎駅に辿り着き、利香の家へとやってきて、そこからシャワーを浴びたり色々としていたから、今は深夜3時前といったところだろうか。

 山手線の始発は5時からあるので、あと2時間ほどしたら帰ろう。

 それまでは少しだけ、寝転がりながらゆっくり身体を休めることにする。


 しかし、悠馬の意志とは裏腹に、身体はアルバイトの疲れが溜まっていたらしい。

 気づいた時には意識が無くなっており、開いていたはずの瞼も閉じられ、悠馬は深淵の奥深くへと導かれて行ってしまうのであった。


 そして、二人はそのまま朝を迎えることになってしまい――

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